第52話 騒々しい朝
当然、僕がマスコミを相手にすることはなく、裏門から学校に入った。
一体、どういう経緯で何があった結果、こんな風にマスコミの皆さんがうちの学校に集まっているのだろう。
教室に入り、そのまま窓際の自分の席に座ると、グラウンドを超えた校門にその人だかりが見える。ざっくり、二十人くらいはいるだろうか。
そして、そんな風に席に座った僕を見ながら、ひそひそと周りの連中が話している声が聞こえる。
「……あれ、千葉くんのことだよね?」
「……うちのクラスにいる、って言ったらあたしもテレビ出れるのかな?」
「……ってか、いくら真里菜さんが有名人でも、プライベートすぎない?」
「……あれかな。芸能人の熱愛発覚みたいな」
「……でも、和泉さん芸能人じゃなくね?」
まぁ、明らかに僕のことだよね。自覚はある。
でも、わざわざ僕からマスコミの皆様に協力する義理はどこにもない。というか、本来高校生の恋愛事情って秘匿するべきものだと思うんだ。
そして、周りの連中もわざわざ僕をマスコミに引きずり出そうとするつもりもないらしく、僕の日常は極めて普通に過ぎるわけだ。どれほどマスコミがいたところで、僕には何の関係もないしね。
一体、どこから情報が流れたのだろう。いや、別に僕と真里菜が付き合っていること自体は、秘密にしているわけじゃないけどさ。
「千葉っ!」
「ああ、加奈子。おはよう」
そして、今日も今日とて朝練を終えたのであろう加奈子が、息を切らして教室へと入ってきた。
恐らく練習を終えて、すぐに着替えて走ってきたのだろう。額には玉の汗が輝いている。普段ならば予鈴が鳴るまで来ないというのに、今日は随分と早い。
まぁ、うん。加奈子の要件は大体分かるけど。
「どういうこと!?」
「まず主語と述語と目的語をくれないかな」
「え、ええと……あ、あんたとコーチの間に、何があったの!? ほら、うちのコーチ! 北村コーチ! 知ってるでしょ!」
「え……」
ええと。
なんで、ここで北村の話が出てくるんだろう。
僕にしてみれば、思い出すだけで不快な相手だから、できれば思い出したくないのだけれど。
でも加奈子は、その背中に背負った学生鞄の中から、一冊の雑誌を取り出す。よくテレビなどで◯◯砲、と称されている有名雑誌だ。僕、病院の待合室とかそういう場所くらいでしか見たことないんだけど。
加奈子はぺらぺらと雑誌を捲り、やっと目的のページを探り出したらしく、思い切り僕へとつきつけてきた。
「……」
『元メダリスト柔道コーチ北村正輝(42)、和泉真里菜(16)への行き過ぎた指導!』
その見出しと共に書かれている記事は、ざっくり言えば僕へと北村が行った恫喝の全てだった。文面の中ではA少年と書かれているが、北村が自分の立場をもって僕と真里菜の交際に対して、別れるように恫喝したことが掲載されている。その際に僕に対して『暴力団員の息子』と侮辱し、また真里菜のスポーツ特待生としての立場を盾に別れることを強要した、など、まるでその場にいたかのような文面だ。
そして次のページには、『美少女柔道選手、和泉真里菜(16)のハートを射止めたプリンス!』という見出しで、主に僕と真里菜の関係についての記事が掲載されている。写真までは掲載されていないものの、『同じ学校の同級生』と限りなくプライバシーに抵触しそうな記事だ。
……え。
なんで僕のこと、記事になっちゃってんの?
「千葉っ!」
「う、うん……?」
「どういうこと!?」
「いや、僕に聞かれても……」
この記事の内容を書けるとするのなら、一緒にいた高橋先生くらいのものだと思うのだけれど。
でも、高橋先生がそんな風に生徒の個人情報を雑誌に売るはずがないよね。じゃあ、誰が僕の個人情報を雑誌に売ったのさ。
意味が分からない。
「おはようございます、武人」
「あ、ああ、真里菜さん、おはよう」
「外は随分な騒ぎのようですね」
そして、続いて真里菜もようやく教室へやってきた。
真里菜の方は随分と落ち着いており、雑誌に掲載されている、ということに対してもそれほど何も感じていないらしい。もっとも、窓の外にいる人だかりに、若干ながら眉根を寄せていたが。
「それはそうと、武人」
「う、うん?」
そして僕は、加奈子の持ってきた雑誌を熟読することに必死だ。
何をどう弁明しても、このA少年が僕であることに何の変わりもない。そして、北村との会話について知っているのは、僕と真里菜と北村と高橋先生。それ以外に、誰も――。
あ。
ボイスレコーダー……!
「おはよう、武人」
「いや、さっきも聞いたよ。真里菜さん、それより……」
ぐっ、と。
雑誌に向いていた僕の顔が、思い切り真里菜の方へ向けられて。
そのまま、ちゅっ、と――僕と真里菜の唇が重なった。
「――っ!?」
「ちょ……ちょ、いずみん!? 何やってんの!?」
「ん……」
慌てて、離れる。
思い切りクラス中の全員が注目してくれている中で、突然のキスだった。人前ではやめて、って僕言ったのに。言ったはずなのに!
クラスの喧騒が沈黙に変わり、その代わりに視線の暴力が襲いかかってくる。
僕、どうしてこうなってんのさ。意味が分からなくてもう涙出そう。
「真里菜さん!?」
「いえ、恋人同士はおはようのキスを交わすものだと姉に教わりまして」
「梨央奈さんいい加減にして!」
それ、朝起きた瞬間とかそういうのだから!
学校の教室でやっていいことじゃないから!
「ちょ、い、いずみん……」
「ふふん。江藤、最早あなたに入る余地などどこにもないのです」
「ぐ、ぐっ……!」
そして何故、火花を散らしてんのさ加奈子。
というか、色々話が逸れたけど、とりあえず僕が雑誌に載っている、その元凶が誰なのか分かった。
父さんだ。
僕が録音していたボイスレコーダーの音源を、雑誌社の誰かに渡したんだ。息子が脅迫を受けた、とか。
「あー……朝からいちゃついてるとこ悪いんだが、千葉」
「え……」
すると。
そんな僕の教室の入り口で、どことなく呆れた顔をした高橋先生が僕へと声をかけてきた。
真里菜も同じく振り返り、高橋先生と目を合わせる。
「ちょっと来てくれ。今すぐだ」
「え、でも、ホームルームが……」
「欠席してもいい。とりあえず来い。和泉もだ」
「はぁ……」
「はい」
要件は、恐らく雑誌の件だろう。
どこに連れられるのかは分からないけれど、高橋先生は信用できる先生だ。
呆然としたままで僕たちを見送る加奈子を残して、真里菜と二人で教室の外に出る。
「知ってるだろうが、今回の件を色々と聞きたいらしい。校長室に行くぞ」
「はい……」
「分かりました」
「ああ、それから」
言いにくそうに高橋先生は頰を掻きながら。
小さく嘆息して、言った。
「……教室で、あまりそういうことはするな。不純異性交遊は、一応校則違反だからな」
「……」
「……?」
どうやら。
高橋先生にも、僕と真里菜のキスを見られてしまっていたらしい。
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