第49話 和泉梨央奈という人

「わざわざ、ありがとうございます」


「いいわよー。運転は好きだからねー」


 結局、お姉さん――梨央奈さんの車の助手席に乗せてもらって、送ってもらうことになった。

 いや、別に送ってもらうほどの距離ってわけじゃないんだけど、ちょっとだけ興味があったのだ。僕だって男の子なわけで、車にはそれなりに興味がある。しかも左ハンドルの高そうなスポーツカーだし。

 真里菜に別れを告げると共に、梨央奈さんと共に出発した。

 右側の助手席に座るって、物凄い違和感だ。


 そして今、やや暗くなった公道を、制限速度くらいで走っている。

 僕の家まで、十分とかからずに到着するだろう。車って早いよね。


「それで、武人くんはさ」


「はい?」


「真里菜の彼氏なのかな?」


「……まぁ、はい。そうです」


 運転中ということで、横に並んだままで梨央奈さんと言葉を交わす。

 初めて会う人の助手席ではあるけれど、どことなく緊張しないのはこの空気感だろうか。物腰も柔らかいし。

 そして、彼氏だということを否定しない。どうせ、真里菜から全部聞いてるだろうし。加えて、さっきも別れ際に思い切りキスされたし。お姉さんの目の前で。

 人前は勘弁して欲しい、って言ったはずなんだけど。


「いいわねー。青春よねぇ。わたしも高校生に戻りたいわー」


「あの……お姉さんはお仕事、何をされてるんですか?」


「え、わたし? 無職よー」


「……」


 聞いちゃいけない話題だったみたいだ。

 大人だからって働いてるとか思わない方がいいのかもしれない。というか、無職ってそんなにあっさり言っていいものなのだろうか。

 でも、この車物凄く高そうなんだけど、どうやって買ったんだろう。家を見た限り、そんなにお金持ちには見えなかった。


「……この車、すごいですね」


「ええ、すごいでしょー? 色々拘ってるんだよねー」


「そうなんですか?」


「うん。色々改造しててー、全部合わせたら多分五千万くらいはかかってるかなー」


「ぶっ――!」


 思わず、噴き出す。

 五千万とか、桁が違うんだけど。高そうだとは思ってたけど、まさかそんなにするなんて。

 というか、お姉さん若いよね。それで無職で、なんで五千万の車とか買えるの?

 真里菜曰く、和泉家は中流家庭とのことだったけど。


「な、なんでそんなに、高い車を……?」


「わたし、車が好きでねー。もー、この子見て一目で気に入っちゃってさ。もーその場で買っちゃった。衝動買いってあるよねー」


「五千万円の衝動買い!?」


 いや、衝動買いって確かにあるけど、明らかに衝動買いのレベルじゃない。

 五千万円を衝動買いできるとか、その裏にある財力の理由を知りたいんだけど。ほら、豪邸の訪問とかである何百万の時計とか、そういうの買う人のレベルってこと?


「え……あ、あの、なんで……?」


「ん、何が?」


「そ、そんなに、お金持ちなんですか……?」


「あ、うん。貯金が割とあるから」


 いや、貯金あるからで済まされる問題じゃないと思う。

 うちだって貯金はあるよ。でも衝動買いできるのなんて、近所のスーパーの特売品くらいだよ。まだ玉ねぎ冷蔵庫に3個残ってるけど、安売りしてたら買っちゃうとかそんなレベルだよ。

 貯金の額とか聞くのはさすがに失礼だよね。でも、それだけの財力を持ってる理由は気になる。


「二年前かな。大学四年生の頃にね」


「え、ええ……」


「宝くじ当たったのよ。具体的には十二億円くらい」


「ぶーっ!」


「サッカーの成績を当てるくじだったんだけどねー。てきとーにぽちぽち押してただけなのに、当たっちゃったんだよねー。てへ」


「そんなのでお金持ちになれるんですか!?」


「当たった瞬間に思っちゃったよねー。わたし一生働かなくていいわー、って」


 ダメ人間の発想だった。

 何か参考にでもなればと思ったけど、普通に高額のあぶく銭が入ったから遊んで暮らしてるだけの人である。何か全く新しいインターネットのシステムを開発したとか、株とかFXとかで稼いでる人だとか、そういうのを期待してたんだけど。


「だから将来、もしもお金に困ったら言ってねー。わたし遊んで暮らしてるけど、家でパソコンとネットがあって時々ドライブできたら満足の人生だから、正直お金使わないんだよねー」


「……」


「あ、でも真里菜と結婚するのが条件だからねー。わたしも、赤の他人にお金渡すほど人がいいわけじゃないから」


「そう、ですね……」


 なんか、どっと疲れた。

 真里菜と僕が結婚することを前提に話をされているのも困るし、お姉さんのキャラクターもまた僕にとっては衝撃だった。

 多分、我が家だと亜由美あたりが落ちそうな人生である。あいつには宝くじを買わないように言っておこう。


「それで、武人くん」


「……はい?」


「今日は、早く帰らなきゃだめ? 少し、わたしとお話とかできる?」


「え……」


 時刻は、既に七時前だ。

 我が家では欠食児童(亜由美)が待っているだろうけれど、梨央奈さんは真里菜のお姉さんである。その誘いを、家でご飯作らなきゃいけないんで、と断るのは失礼だろうか。

 こんな風に改めて言うってことは、何か僕に聞きたい話とかあるのかもしれないし。


「いえ……大丈夫です。お話というのは、一体……?」


「じゃ、少しお姉さんとドライブしよっか」


「は、はぁ……」


「話なら、運転しながらでもできるしね。むしろ、真正面からさぁお話をしましょう、みたいな面接形式だと、武人くんも緊張しちゃうだろーからね」


「まぁ、そうですね」


 確かに、真正面に座られるよりは、こうして肩を並べて話をする方が気楽だ。

 一体、何を言われるのかはさっぱり分からないけど。北村みたいに、別れろとか言ってくるのだろうか。物腰も柔らかいし、そんな風に言ってくるとは思えないけど――。


「わたし、武人くんの話は色々聞いてるのよ」


「はぁ……」


「お料理とか上手なんでしょ? お菓子作りも得意だって聞いたわ」


「僕、将来の夢がパティシエなんです。高校を卒業した後は、専門学校に通いたいと思ってます」


「最高ねー。おうちでお菓子ができるなんて、いい環境だわー」


「まぁ、はい」


 別に、お菓子の本とか買えば誰でも作れると思うんだけど。

 でも、真里菜のお姉さんだし、家事に関してはどうなのだろう。


「なんか、家のことも全部やってるんだって? お掃除とか、お洗濯とか」


「あ、はい。うちは母さんがいないので、そういうのは僕が代わりに全部やっています」


「お姉さんとかいないの?」


「姉はいますけど、家事は壊滅的な人でしたから。なんか自然と、僕がそういうの全部やってくことになったんです」


「なるほどなるほど」


 ふむふむ、と何故か頷いている梨央奈さん。

 一体、この会話から何を探ろうとしているのだろう。僕、何か値踏みされてるのだろうか。


「真里菜ちゃんね」


「はい」


「柔道、凄いじゃない? あの娘、多分世界一になるわよー。それに加えて、可愛いし。きっとテレビとか引っ張りだこよね」


「まぁ、そうですね……」


「そうなると、結婚した後も真里菜ちゃんには家のこと任せられないわよね。そのあたり、武人くんなら全部してくれるみたいだから、良かったわ。あの娘、そういうの全然できないから」


「はぁ……」


 いや、僕と真里菜、まだ結婚とか考えるの早いと思うんだけど。

 かといって、別れるビジョンも思い浮かばない。むしろ僕と真里菜って、何があったら別れることになるんだろう。喧嘩とかしそうにないし。

 あれ、僕このまま結婚しちゃうんじゃない?


「それでね、武人くん」


「はい」


「わたしはね、生活のこと全部お母さんに任せてるの。でも、いつまでもお母さんに頼るわけにはいかないわよね」


「はぁ……」


「いつかはお母さんだって腰も悪くなるだろうし、極論を言うならわたしよりも早く死ぬのよね。そうなると、わたしの面倒を見てくれる人が誰もいなくなっちゃうのよね」


「……」


「でも、わたしがゲームをやる時間を削るわけにはいかないじゃない? お昼寝の時間を失うわけにはいかないじゃない?」


「……」


「でもね、わたし気付いたのよ。真里菜ちゃんと武人くんが結婚してくれたら、わたしの生活の面倒を武人くんに任せることができるわよね。そうすれば、わたし今のパラダイスを永遠に過ごせるってことじゃない? しかも手作りのお菓子付きよ。超テンション上がるわよね!」


 何故、あれだけストイックな妹に対して、この自堕落な姉がいるのだろう。

 真里菜に対して「あなたは女子力が足りない」と言い放った人だとは思えない。


 まさかの。

 結婚した場合、コブつきだということが発覚した。

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