第44話 動物園デート
蓬莱アニマルパーク。
それが、僕の住んでいる町から最も近い場所にある動物園の名前だ。駅二つ向こうという割と行きやすい場所であり、小学校の頃の遠足で何度か足を運んだ記憶がある。
もっとも、さすがに高校に上がってからは全く行っていないけれど。さすがに、一人で動物園に向かうほど僕は変人ではない。
だから、どんな風に動物たちがいるのか、僕は全く知らないのだけれど。
「おぉ、ここが、動物園……!」
「うん」
「さぁ、行きましょう。早く入りましょう。さぁ!」
「ちょ、そんな引っ張らないで!」
真里菜に手を引かれながら、僕も動物園の入り口に向かう。
休日とはいえ、それほど客入りは良くないらしい。チケット売り場に列は全くできておらず、そのまま購入することができた。しかも学生一人450円というお値段である。喫茶店に入ればコーヒー一杯分にしかならない値段で、一日中楽しませてくれる施設というのは他にないのではなかろうか。
もっとも、楽しいかどうかはまだ入っていないから分からないけど。来たのが昔すぎて、もう全く覚えてない。
「おぉ、武人、見てください!」
「うん?」
「鳥です!」
「フラミンゴかな」
普通の人は、フラミンゴを見て「鳥です!」とは言わない気がする。
そんな僕たちの前にいるのは、ピンク色の毛色が眩しいフラミンゴたちだ。水の中で片足を上げて立っているのが、最も有名なフラミンゴの姿だろう。長い首をくいくいと動かしつつ、時折動いている。
真里菜は、きらきらとした眼差しでフラミンゴたちを見ていた。
「綺麗ですね」
「そうだね」
動物園に来たことがないと言うのだから、多分フラミンゴを見るのも初めてではないのだろうか。
実際僕も、動物園以外でフラミンゴを見たことがない。そもそも日本に生息しているのかすら知らない。
「どうして片足を上げているのでしょうか?」
「僕もよく知らないけど、水の中にいると寒いから、とか聞いたことがあるよ」
「……何故水から出ないのでしょうか?」
「僕に聞かれても……」
確かにそう言われると、謎である。
多分、水の中に餌があるとかじゃないのだろうか。よく分からない。
「あ、なんかつついてますね」
一匹のフラミンゴが、足元をつついている。
何かを食べているのか水を飲んでいるのか分からないけれど、真里菜が嬉しそうな顔でそれを見つめていた。
放っておけば、いつまでも見ていそうだ。
できれば、そんな真里菜をずっと見ていたいけれど。
「そろそろ次行こっか」
「……そうですね」
僕の言葉に、真里菜は名残惜しそうにそこを離れて、次の動物のところへ向かう。
色々な動物がいて、そのたびに真里菜は食い気味に見ながら、目をきらきらさせていた。
動物園に初めて来たということだし、初めて見る動物が多いのだろう。
「武人、あれは何ですか!」
「ああ……あれは、サイかな」
「おぉ……大きいですね」
そんな真里菜の目線の先にいたのは、サイだった。
ずしん、ずしん、と地響きがするかのように歩き、小さな尻尾を振る。グレーの体の先端に生えるのは、巨大な角が二つ。
「凄い角だね」
「はい。やはり警戒すべきはあの角になるのでしょうね」
「……警戒?」
「ええ。野生の獣ということで、突進力は凄まじいものがあるでしょう。あの角がある以上受け止めることもできませんし、左右に回避するしかありません。ふむ……では後の先を取ってそのまま懐に入り、双手刈りで倒すという手も……」
「……なんで戦ってんの?」
シロサイを見て、どう戦うか考える女子高生って多分他にいないと思う。
しかし真里菜は真剣な表情で。
「いえ、ですが私も全国大会で、様々な敵と戦います。どのような敵を相手にしても戦えるように、応用力は身につけておかねばなりません」
「いや、応用力とかで片付く問題ではないと思うんだけど」
ちらり、と真里菜を見て。
そのまま、サイを見て。
この戦いは、果たして戦いになるのか、と疑問に思った。
だって目の前のサイ、四足なのに僕よりも大きいんだもの。
「……むぅ、どれだけ考えても勝てるヴィジョンが浮かびません」
「そうだろうね……」
むむむ、と眉間に皺を寄せながら悩む真里菜。
そんな姿も、微笑ましく思える。
「次に行こっか」
「そうですね。いいですかサイ、今度来るときには負けません」
「もう勝負終わってたの!?」
どうやら。
既に真里菜の中で、サイとの勝負は敗北に終わっているらしかった。
それから、色々な動物を見ながら真里菜は可愛い反応をしてくれた。
蛇がたくさんいるコーナーでは、意外と爬虫類は苦手だったのか真里菜が鳥肌を立たせたり。
何故かサイと同じく、ゾウを相手にどう戦えばいいか考えていたり。
ライオンを前にすると、それまで草食動物に勝てていなかったはずなのに、何故か真里菜に勝利のヴィジョンが浮かんだらしかったり。
そんな真里菜が、一つの檻の前で足を止める。
「か、可愛い……!」
「うん、そうだね」
そこにいたのは、ペンギンだった。
本来は鳥として空を飛ぶための翼はヒレのように退化し、胴体をまっすぐ立たせている。どうやら落ち着きがない連中らしく、忙しなく動き回っているのが分かった。
「フンボルトペンギンって言うらしいよ」
「……」
あ、駄目だ。聞いてない。
今、完全に真里菜の視界にはペンギン以外の何も入ってない。声すら聞こえてないだろう。
そこでふと、悪戯を思いついた。
真里菜と繋いでいた手を離し、懐から園内マップを取り出す。持ち歩きやすいように、三つ折りにされているそれを、僕は掲げて動かしながらゆっくりと歩いた。
すると、僕の影も当然動く。その影の先――園内マップの影があるのは、ペンギンの檻の中だ。
むむっ、と何かに反応したのか、ペンギンの一羽が僕の影を追ってきた。
それに追随するように、何だ何だ、と他のペンギンたちも追ってくる。
「なっ!?」
ほんの数秒で真里菜の前からペンギンはいなくなり、やや離れた僕の前へ。
「た、武人っ! そ、それは一体、何ですか!?」
「え、ただの園内マップだけど」
別に、ペンギンが好む何かを持っている、というわけではない。
僕には理由は分からないけれど、フンボルトペンギンは何故か、影に反応して動くのだ。それも割と鋭い影を。
多分、魚を捕まえるのに魚影で判断している習性からかもしれないが。
僕が再度マップを掲げて動くと、それに伴ってペンギンたちがついてくる。
逆に歩けば、ペンギンたちも逆へ。
そこで、がしっ、と肩が掴まれた。
「わ、私にも、やらせてください……!」
「……う、うん」
目、血走ってるよ。
園内マップを渡すと、僕の真似をして歩き始める。
真里菜が右へ歩くと、ペンギンたちも右へ。
真里菜が左へ歩くと、ペンギンたちも左へ。
「ああ……可愛い……!」
「うん。可愛いね」
完全に緩んだ顔で、そう叫ぶ真里菜。
僕はそんな風に可愛いと笑う真里菜を可愛いと思いながら、それを見つめていた。
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