第25話 彼女は頑な

「では武人、これで私は女子力が向上したものだと考えても良いのでしょうか?」


「いや……まぁ、どうなんだろう?」


 結局。

 午後はある程度、家事を教えることにした。料理などは基本的な家事は母親任せになるだろうけれど、せめて自分の部屋の整理整頓、掃除といった身の回りのことはするべきだと思ったのだ。

 そこで僕の部屋を軽く掃除し、その際に服や小道具の収納などについても教えておいた。もっとも、教えることと実践することは別だけれど。自分に『部屋を綺麗にしよう』という思いがない限り、部屋というのは片付かないものである。今リビングでゲームをしている誰かのように。


「ひとまず、どのような格好で外に出るべきかは分かりました。早速、この格好で帰りたいと思います」


「あ、うん。構わないよ」


「ですが一点、気になる点がありまして」


「どうしたの?」


 とりあえず、服装だけきっちりしておけば問題ないだろう。ジャージでも人目を惹く容姿なのだから、着飾ればそれこそ芸能人レベルだと思う。

 あとはメイクについては、軽く顔に添える程度のナチュラルメイクでいいだろう。さすがに、化粧品は僕から提供するわけにいかないので、お姉さんに借りてもらうことになると思うけど。


「ええ。私は基本的に、外出をしないのです」


「……え、そうなの?」


「以前も言ったと思いますが、毎日夜七時まで学校で練習があります。月水金は警察署での夜間練習に参加して、火木は柔道場での夜間練習があります。ですので、私の予定が空いているのは土曜日の夜七時以降か日曜日のみです」


「あ、うん……」


 過密すぎるスケジュールだと思うけど。体壊したりしないのだろうか。

 でも、練習を一日休むと取り戻すのに三日かかるって言うし、やっぱりアスリートだから継続することが必要なのだろう。

 本人がそれを苦痛に感じているのなら、拷問になるだろうけど。


「逆に武人に聞きますが」


「うん?」


「もしも武人が同じことをやって、日曜日に外出する気力が残っていると思いますか?」


「………………ないね」


「ええ、そういうことです」


 もしも僕が、毎日夜遅くまで練習をし続けて、週末を迎えた場合。

 間違いなく、一日中家にいるだろう。疲れ果てた体を休ませることに必死になるはずだ。


「まぁ、私は割と慣れましたので、今日のように外出することも可能ではありますが……極力、家から出たくないというのが本音ではあります。朝練の後にシャワーを浴びて、そのままベッドで横になるのが毎週のことです」


「……」


 いかんいかん、ちょっとシャワーの場面を想像してしまった。

 そんな目で見ちゃいけないというのは分かってる。分かってるんだけど、僕の部屋でいきなり脱ぎ始めるような女の子がいたら、僕だって落ち着けるはずがないじゃないか。そもそも思春期だよ僕。


「じゃあ、ほとんど出かけないんだ?」


「ええ。警察署に行くのも制服ですし、柔道場は我が家に併設されているものですし」


「んー……確かにそれだと、服は必要ないね」


「ですので、両親からも服を買ってもらったことはありません。あ、いえ。柔道着はたくさん持っています。そちらは勿論、両親に購入してもらっています」


「……それは服を買ってもらうにカウントしていいのかな」


 むしろそれは、スポーツの備品を買ってもらう形ではないのだろうか。野球少年にグローブを与えるみたいな。


「ですが私も、このように服をいただいたことは嬉しく思っていますし、何かお礼をしたいと考えています。お小遣いは貯めていますし、何か必要なものがありましたら、是非」


「ああ、いや……別にいいよ。服だって姉さんが置いてったものだからタダだし」


「それ以外にも、美味しいクッキーや親子丼をご馳走になってしまいました」


「料理は僕の趣味だしね。お菓子作りもそう。そんなに気にしなくていいよ」


「いえ、私にも通すべき筋があります」


 真里菜は頑なに、そう背筋をぴんと伸ばす。

 この頑なさが、出来れば加奈子にも欲しいところだけど。僕は加奈子に対してだけは、弁当代を請求してもいいんじゃないかと思ってる。

 まぁ、そんな加奈子のためにちょっと多めにお弁当を作る僕も僕なんだけど。随分前に、加奈子が風邪を引いて休んだとき、僕一人でお弁当を食べきれなかったくらいだし。僕は食が細いんです。


「それに加えて、折角服を見繕っていただいたのです。私も有効活用すべきかと存じます」


「うん……うん?」


 有効活用?

 いや、存分に有効活用してくれて構わないのだけれど。

 なんだか、話がよく分からなくなってきた。


「と、いうわけで武人」


「いや、どういうわけ……」


「来週の日曜日、一緒に遊びましょう」


「……」


 ……。

 …………。

 ………………え?


「ああ、勿論遊ぶといっても、公園で遊具を用いるわけではありません。私はその認識が正しくなかったことを理解しています。街に行って一緒にお買い物をするとか、映画を見るとか、そういう行為であることを把握しています」


「……」


「その上で、私が武人に返すことのできるものは……その、お恥ずかしながら金銭面しかなく、かといってお金をそのまま差し上げるというのもどうかと考えました。ですので、武人が欲しいものを私がお小遣いで購入することこそが、恩を返すことになるのではないかと思っております。ただ、私は武人が欲しいものが何なのか分かりません。ですので、実際にそのお店に一緒に行けばいいのではないかと考えました。いかがでしょうか?」


「……」


 え。

 え、何それ。

 僕は確かに服とかお菓子とかあげたけど、別にそれはお礼を求めてのことじゃない。

 むしろ、服に関してはそろそろ処分しようかと思っていたくらいだ。亜由美、いつまで経っても大きくならないし。


 ただ、真里菜の気持ちも分からないでもない。

 一方的に何かを貰い続けるというのは、確かに心苦しいものだ。それに対して自分が返すことのできるものがない場合、単純に金銭面で貢献する、という気持ちは確かに間違っていないと思う。


「ええと、真里菜さん、さ」


「はい?」


 ただ……ただ、ね。

 年頃の男女が一緒に出かけることが、どういう意味を持つのか、知ってるのかな?


「デート、って、知ってる?」


「でーと?」


 僕の言葉に対して、こてん、と真里菜が首を傾げる。

 そんな仕草に対して、僕の思ったことは一つだ。


 ああ、やっぱり。

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