持続性熱上昇症候群

 体温が50度を超えて、いよいよわたしの寿命も折り返しにさしかかる。持続性上昇熱病の原因はいまだに全然分からなくて、苦肉の策で、わたしは20度に保たれたプールに漬けられる。もちろん、わたし専用のプールつき病室なんて、そんな医療費は払えないので、今の自室はスイミングスクールのプールの一角だ。黄色い水泳帽の平泳ぎを見届けながら、わたしは水中で先生の買ってきてくれたチーズバーガーを食べる。給料日前の先生は、セットじゃなくて単品とポテトSでごまかそうとするから、わたしはしっかり文句を言う。

 体温ゼロ度で生まれたわたしは、幼い頃からベッドの上より恒温プールで過ごす時間の方が長かった。泳ぎ方を教えてくれたのはスイミングスクールで働いていた先生で、中二になったわたしは今や、クロールで世界を狙えるスイマーに成長した。大会で、いい成績を取ったときだけ買ってきてくれるハンバーガーを求めてがむしゃらに泳いでいたから、わたしはにんじんに釣られる馬を笑えない。

 タイムを伸ばしていくに比例して、わたしの体温も上がっていく。80度を超えたあたりで、温度調節が追いつかないと、わたしは広いプールを追い出され、冬の海に突き落とされる。全然寒くないわたしに、ダウンを着込んだ先生は、ボート上からクラムチャウダーを渡してくれる。わたしは定番のチーズバーガーセットがいいのに、期間限定に弱い先生は、こうして販売戦略に乗せられては、いらないものを買ってくる。大会のときだけ鋼鉄の網で引き上げられ、わたしは世界新記録を更新しては、てりたまチーズバーガーを手に入れる。

 ついに体温は100度を突破し、さすがに耐えきれなくなった体が海水と一緒に蒸発を始める。湯気と塩の結晶で白く濁る視界の向こうから、黒い影が近寄ってくる。わたしの目はもう溶けて何も見えないけれど、大好きな酸化した油のにおいが近づいてきて、けむりとなったわたしをぎゅっとつつむのだけはわかる。

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