自販機人生

 みんな忘れちゃってるけど、あたしたちは生まれる前に、どんな人生を生きるか自分で決めている。っていっても自販機のボタンを押すみたいに、見た目と雰囲気と簡単な情報だけで、どういう人生を歩むのか選ぶのだ。サイダーみたいな甘くも痛い人生か、野菜ジュースみたいな苦くて濃くて栄養のある人生か、はたまた田舎の自販機で見かけるような、それほんとに飲み物ですか? って聞きたくなるロシアンルーレットみたいな人生か。

 あたしは生まれる前から堅実だったから、選んだのは水だった。誰からも必要とされて、誰の一番にもなれない、フツーで無難な人生。悪くない選択だったと、生まれた今でも思っている。そんでもって幼なじみのこいつは、いわゆるロシアンルーレットを選んだ人間だ。二人の母親の間に生まれて、勉強はできるけど逆上がりすらできなくて、天才過ぎてクラスで浮きまくって友達はゼロ。最年少でなんとか賞を獲った翌日に、地震でそのデータをぜんぶ吹っ飛ばすし、それでもけらけら笑って人生を爆走している姿は、なんというか、なるべくして選んだんだなあ、という感想しか出てこない。

 ジェットコースターのように最悪と最高を繰り返すヤツの人生も、大人になって久しい最近は、いい所で安定しているらしい。喜ばしいことだ。その一方で、あたしの人生はなんだか不穏な気配を見せていた。三十目前、このまま結婚だろうなと思っていた相手の突然の裏切りから始まって、リストラ、就職難、親の病気に家の火事。厄年か? って思うほどのついてないフルコースに、あたしは動揺した。いいこともない代わりに、悪いこともないはずのあたしの人生は、一体どうしてしまったんだろう。

 家を追われたあたしはしぶしぶ実家に帰ってきた。キャリーケースを引く道すがらで、たまたまあいつとすれ違う。「久しぶり」と喜ぶあいつはあたしを公園に誘った。中学生のころ、しょっちゅう通った公園は全然変わっていなくって、駅から重たい荷物を引いてきたあたしに、あいつは自販機で飲み物を奢ってくれる。大変だったみたいだね、と渡されたのは透明な水だった。「あたしの人生、もっと平穏なはずだったんだけどねえ」ため息をつきながら、ペットボトルを傾けて、むせた。透明なボトルの表面には、ちいさく「コーヒー味」なんて書かれている。「水って思ってた?」夕日に照らされた幼なじみが、悪魔みたいににんまり笑う。悔しいことに、予想外の甘い味は、思ったより悪くない。

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