易感染性恋心
恋心の化石が発見された。同僚がくだした同定に、わたしはついに彼の頭がやられたのかと心配になった。きれいにクリーニングされた断面には、QRコードみたいな複雑怪奇な文様がぎゅっと押し付けられている。不思議に思った同僚がスマホで読み込んでみたところ、なんとアイラブユーと表示されたらしい。そんなばかな。
第一発見者のわたしの元に返ってきた化石を、わたしはそっと指先でなでてみた。ゆびさきに付着した細かい砂をそっと嗅ぐと、焼き立てのパンのような、香ばしい香りがした。どうやらそれは恋心の一部のようで、こするたび、においは次々と変わっていった。干したふとんのようなにおい。青々と茂る緑のようなにおい。荒れる大波が打ち砕かれたときのにおい。こするたびに、においとともに、見たことのない情景が頭に浮かぶ。そのどれにも、黒い背中があった。たぶんあれが、この化石の思い人なんだろう。おもしろくなって、わたしは夢中で化石をこすりつづける。
そして最後のひとかけらを砕いて嗅いだとき、わたしは完璧にあの人に恋をしていた。なんてことだ。こんな罠がそっけない石のかけらにつまってるなんて、思いもしなかった。後悔してももう遅い。わたしは決して叶わない恋心を抱えたまま、たった一人で生きていくはめになる。
最近ちょっと気になるのは、職場の同僚が、やたらと絡んでくることだ。どことなくあの人の影に似た同僚が、やたらきらきらした目で見てくるし、それがうざったいはずなのに、なぜだか心臓がバクバク鳴る。なんだかとっても面白くないから、朝はパン派な彼のことは、しばらく無視しておくことに決めた。
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