夢屋

 「人の望む夢を売る」なんてファンタジックな商売してるくせに、店長は超がつくほどのリアリストだ。「しょせん嘘っぱちなのに、ばかな奴らだ」お客様を見送ったとたん、営業スマイルを消して吐き捨てる。こんな性悪のくせに商品の評判だけは良くって、唯一のバイトの俺は日々こき使われている。働くのはいいけど、もう少し時給をあげてほしい。

 なんでこの仕事してんですか、という俺のまっとうな質問に、「儲かるから」と一言答えた店長は今日も、夢の種を売り続ける。現実では決してできない、いけ好かない相手をボコボコにする夢。意中の人と本懐を遂げる夢。二度と会えない人ともう一度だけ会える夢。はじめは嬉しそうだった人たちの半分くらいは、やがてげっそりと痩せて、目だけをぎらぎら光らせながら通うようになる。半年も経てば、店長がどうしてあんな態度なのか、少しだけ分かった。クモの糸を渡しながらも、店長は深い依存に陥っていく客をなんとか引き上げようと、よく頭を掻きむしっていた。薬は過ぎれば毒に違いなくって、効果を徐々に弱めたり、それとなく医者を紹介したりとしていたけれど、夢を求める瞳からあやしい光を消すことはできなかった。

「そんなに悩むなら、辞めたらいいじゃないですか」今月5人目が矯正施設に送られた話を聞いて、黙りこくった店長に俺は言う。店長はうつむいたまま答えない。もう何度したかわからない押し問答は、今回もおなじ結果なのだろう。呆れた俺は帰り支度をととのえると、手のひらを店長に向けた。じっと待っていると、二つの小瓶が乗せられる。「中身、減ってないっすか?」俺は宙に掲げて、きらきら光る夢の種を検分する。こんな店で働かせているくせに、店長は隙あらば、給料代わりの種を減らそうとするから油断ならない。「要らねえなら捨てろ」つめたく言い捨てる店長を置いて、俺は走って家に帰ると、風呂にも入らずベッドに飛びこむ。震える手で栓を抜いて、貰ったばかりの種を飲みほすと、特有の浮遊感が全身を襲う。『おかえりなさい』とやさしく微笑む今日の夢は、どうやら幸せなホームドラマ仕立てらしい。相も変わらず、死にたがりの俺を引き留めようと必死だな、と思いながらも店長の夢はすばらしくて、ついつい次の種ほしさに生きてしまう。まったく悪趣味な事この上ない。けれどまあ、傷ついてもなお諦めない店長の姿はなんだか悪くないから、せめてこの種の感想を伝えるまでは、生きてみようか。

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