アボカドの花言葉は無い

@dekai3

第1話 ブルーアイズホワイトドラゴンパンツ丸見え子

「ブルーアイズホワイトドラゴン召喚!滅びのバーストストリーム!!ずごごごごばばーん!!私の勝利!!」

「ミラーフォースあるもんねー」

「ああああああ!!! それ私の時代だと禁止カードだからぁぁぁぁぁ!!!!」


 平日の夕方。商店街の一角にある私が働いているロールアイスの店外のベンチで、周りの客からの視線を全く気にせず小学生相手にカードゲームをする女性が居る。

 年齢は20代前半で、顔立ちはキリっとしている美人系。化粧は薄めだけど元がいいからそれだけで十分綺麗。服装はゆったりとしたニットに前合わせのスカート。それに大きな肩掛け鞄をベンチの脇に置いていて、小学生とお互いに長いベンチの端に座って真ん中にマットを置いてカードゲームをしている。

 女性は大学生じゃなくて社会人っぽいけど、会社帰りって様子ではないから普通の会社勤めじゃなさそうな感じ。小学生はランドセルじゃなくて手提げ鞄だから塾帰りかな? 二人の関係は塾の先生と生徒って感じでもなさそうだし、結構謎。

 そんな謎の社会人の女性が小学生男子相手にカードゲームをしているのはもしかしたら事案なのかもしれないけど、私は雇われのアルバイトなので特にそういった事を気にする必要は無いし、あれだけ仲良さそうにカードゲームをしているのなら知り合いの可能性もあるから声かけとかそういった事はしない。店長から『客じゃない人がベンチを使っていたらそれとなく注意して』とは言われているけど、一応二人とも店の商品のアイスかジュースは頼んでくれているのでそういう注意もしない。

 なので本当はこの二人がベンチで何をしていようが構わないのだけれど、流石にレジの真横のベンチでカードゲームをされながら叫び声を上げられるとどうしても視線はそっちにいってしまう。それに女性の方はスカートなのにベンチで胡坐をかいて座っているので小学生や通行人からはパンツが見えているっぽいし、その部分だけは注意した方がいいのかもしれない。見せたがりの人って居るけれど、ここでそういうのをされると私までそういう目で見られるかもしれないし、そういうお店と思われるかもしれないし。


「死者蘇生で相手の墓地のブルーアイズを召喚~」

「それも禁止ぃぃぃ!!!!!」


 と言う事で、先程から客足も途絶えて暇なのでカウンターから外に出て二人の座っているベンチに近付こうとした時、小学生の出したカードに反応して女性が再度叫びながら頭を抱えてオーバーリアクションでのけぞる。

 ここのベンチはおしゃれさを意識してか若干高い作りになっているし、背もたれがある訳じゃないのでそんなにのけぞると体制を崩してしまう可能性が…


「あ…」


 予想通り、女性はのけぞりすぎた影響で後ろに倒れ出す。普通に座っていれば踏ん張る事も出来ただろうが、彼女はベンチの上に胡坐をかいているのでそれは出来ない。

 女性はとっさに手を前に伸ばすがベンチ故手すりがあるわけではなく、伸ばした手は空を切り、そのまま放物線を描いてベンチから空中へと滑り落ちそうになって…


「危ない!」


バンッ!


 ギリギリだったけれど、女性の体が地面と平行になった所で私の右手が間に合い、背中を支える事に成功した。


「ふあっ! あ、店員さん?」

「お、重いので…起き上がって下さい……」

「ああ、すみません! …よっと!」


 流石に片手で人を一人押し戻すのは無理だったので、なんとか耐えている間に女性に起き上って貰う。この人、手を使わずに腹筋だけで起き上がるって事は結構鍛えてる?


「すみません、助かりました!」

「おねえちゃんあぶないよ~」

「ええ、危ないので出来ればちゃんと座って頂ければ…」


 起き上がってから私にお礼を言う女性にちょっとだけお願いをし、やれやれと右手を振りながらカウンターへと戻る私。

 女性は「すみませんでした」と謝りながら今度は足を開いて大股でベンチを挟むように座って、やっぱりパンツが見える状態でカードゲームを再開しようとする。ので、もう一度カウンターから出て女性の元へ行き、今度は耳打ちで「パンツ見えてますよ」と注意をする。


「え、あっ! そうだ、今は見えちゃダメな服だ! すみませんすみません!」


 女性は再度私に平謝りをしながらちゃんとベンチに座り直し、今度こそ小学生とのカードゲームを再開した。

 パンツが見えてもいい服というのが気になるけれど、ここから地下鉄で北に二駅も行けばそういう繁華街があるからそっちの人なのかもしれないなと思いながら私は新しく訪れたお客さんの対応をする。

 まだ春だというのに既に気温が20度を超えているのでアイスはよく売れる。どれだけ売れても私の時給は変わらないから売れなくても困らないのだけど、そうなるとまた職場を探さなくちゃいけなくなるからそれはそれで困る。その上、先程の女性の様にお店の評判が下がりそうな事は防がなくちゃいけないので大変だ。流石に飲食店でケガをした人が出たら変な噂が立っちゃうだろう。

 冬の間はずっと暇で楽な仕事だったけど、これからの季節は忙しくなってくるので気合を入れ直さないといけないかもしれない。ほら、一組来たと思ったらもう三組並び始めているし。


「いらっしゃいませー。まずはベースのアイスを選んでいただき、次にアイスに混ぜるトッピングを選んで下さいー」


 これはちょっと気合を入れ直した方がいいかも。閉店まで忙しくなりそう。





「ありがとうございました~」


 その後、長蛇の列は出来なくとも常に二、三組は待っているという微妙に忙しい状態のまま19時のラストオーダーを迎えた。

 後は閉店作業と掃除をして、20時になったら外のベンチを入れてゴミ出しをするだけだ。今日もよく働いたなと自分を褒めてあげたい。


「あ、店員さん、お疲れ様です!」


 とりあえずレジを締めて今日の売り上げレシートを出していると、夕方に小学生とカードゲームをしていた女性が話しかけてきた。

 確かあの後少ししてカードゲームの対戦が終わったのか小学生と別れて何処かへ行ってしまったはずだったけど、また戻って来たのだろうか。


「はい、ありがとうございます」


 一応はまだ営業時間なので女性に向けて営業スマイルをしつつ、早く閉店作業をしたいから帰ってくれないかなーと考えて相槌をする。ここはビルの一階のテナントなので、閉店時間を守らないとビル側からちょっとした嫌味を言われるのだ。


「お陰で助かりました! 今度背中が出る衣装なので怪我してるとカッコ付かなかったので!」


 背中が出る衣装を着るという事はやはりそっち系のお仕事の方なんだろうかと考え、そういう職業を差別したりはしないけど、それで小学生男子を相手にして遊んでいるのはどうなんだろうと思ってしまう。

 まあ、小学生男子が歪んだ性癖を身に付けようが私には関係無いんだけど。


「それで店員さん、プロレスって興味ないですか!?」

「はい?」


 流石に予想していなかった問いが飛んできたので、思わず素の返事をしてしまった。もう接客をする時間は過ぎているのだからいいと言えばいいんだけど、店長に聞かれていたら注意されるんだろうなぁ。

 で、なんで急にプロレス? プロレスって言われても毎週インターネット上で超人プロレスの感想が話題になってる事ぐらいしか知らないんだけど。


「これ! 今度私が出るので良かったら見に来てください! 今日のお詫びです!!」


 そう言い、女性は恐らくチケットが入っているのだろう封筒を差し出してきた。

 プロレスに出るという事はこの女性はそっち系のお仕事の方ではなく、女子プロレスラーという事なのだろう。だから鍛えているだろう体をしていて、背中が出る衣装を着るという事か。そしてパンツも見られ慣れていると。

 そうしていくつかの疑問が解消された所で、流石にこれを断るのは悪いだろうと封筒を受け取る。特にプロレスに興味無いから貰っても困るんだけどね。


「とりあえず頂きますけれど、バイトのシフトの都合で見に行けないかもしれませんよ?」

「全然大丈夫です! その時はチケット屋に売るなりしてください!!」


 それは出場者としてどうなんだと思いながらも、プロレスのチケットを譲る友人の心当たりもないので捨てるよりはマシだろうと考えて封筒をエプロンのポケットに仕舞う。

 女性はそれを見て満足したのか、もう一度「先程はありがとうございました!」と元気良く言いながら商店街へと消えて行った。あの声の大きさと元気の良さもプロレスラーだからなのだろうか。だとしたら私とは全然大違いだ。


「あんな綺麗な人がプロレスでぼこぼこにされるのって、やっぱ需要があるんだろうなぁ」


 自分でも最低だと思う事を呟きながらレジの締め作業の続きを行い、丁度よい時間になったのでベンチの片付けとゴミの片付けを始める。

 美人でコミュ力もあって人前に出る仕事をしている人に比べたら、背高のっぽで全然可愛く無くてマスクで顔を隠せれるのと接客だからという事でかろうじて人と会話出来る、『まるでアボカドの種みたいに邪魔な存在』と言われている私なんてこのアイスのカップのゴミみたいな物だよなーと自虐をしながらゴミ袋を縛り、お店のシャッターを閉める。

 後は日報をメールで送ってゴミを出してお仕事は終わり。タイムカードは既に閉店時間と共に押してあり、細かい作業が残っていてもそれはサービス残業。別に帰りながらゴミを捨てるだけだからいいんだけどね。

 そしてビルの裏口から外に出ると夕方までは賑やかだった商店街は夜を迎えた事で静かになっており、道にはこの商店街で働いている人がちらほらと歩いている程度だ。

 その中の何割かは帰る前にお店で夕飯を食べたりお酒を飲んだりするのだろうが、しがないアルバイターでしかない私はそんな贅沢は出来ない。せいぜい一人で寂しい晩酌をする為にストロングなお酒を買って帰るぐらいだ。私程度の人間には9%の炭酸アルコールで酔える幸せが適量という事だろう。


「しかし、プロレスねぇ」


 店を出る前にチケットの日付とバイトのシフトを確認したところ、偶然にもその日は昼で上がって翌日は休みだったのでプロレスを見に行く事が可能だった。

 ちょっと倒れるのを助けてあげただけで数千円はするチケットを貰ったのは悪い気がするし、わざわざチケットを貰った上で休みだと分かってしまった状態で行かないという選択肢を取るのも悪い気がするし、とりあえずは見に行く予定にしておこう。

 出来ればルールぐらいは確認しておいた方がいいんだろうなぁ。ボクシングみたいに何ラウンドとかするのだろうか。それとも休み無しで勝つまで戦うとか?

 行くとしても最初からじゃなくてあの女性が出る時だけでもいいだろうし、とりあえずはご飯食べてから調べてみるとしますか。今日は暑かったしそろそろそうめんを解禁しよう。そうしよう。去年纏め買いしたのが残ってるはずだしね。

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