もうひとつの「てん」

@chloe55

あるところに「てん」があった。

小さな粒かと思えば雲のように漂ってもいる。

気まぐれに壁もすり抜ける。

ある人に「お前はとらえどころのないやつだ」と言われたらしい。

彼自身、いたずらが好きだからそれを褒め言葉と思っていたらしい。

彼は時々、嫌になって自分の居場所を飛び出す。

時々、そのまま囚われてどこかへ飛んでいってしまう。

迷子になって家に帰れなくなるときもある。

でも、彼には自慢にすることがあった。

それは足が速いということ。

ぶつかって迷惑をかけることもあるけれど、走ることが好きだった。

しかし、あるとき「てん」はなにかに引き寄せられるようにズルズルと連れられていった。

彼は生まれたばかりの幼い自慢の足でなんとか反抗しようとする。

でも、それでもやっぱり引きずられるだけ。

いつしか、何かが近づいて来るのに気がついた。

その子も何やら嫌がっているようだった。

ズルズル、ズルズル。

いよいよぶつかりそうになったとき。

眼の前が真っ暗になった。


ただ、


「おかえり」


そう言われた気がした。

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