chrono-13:成長力は、トード!やがて手が出る足も出るゥッの巻


「あ、目ぇ開きそう」


 浅い眠りから、ふ、と覚めたような、そんな気分。いや実際は鼻が詰まっていてフゴ、と覚めたのだけれども。周りのざわめきとか、打ち付ける水のにおい、吹き付けてくる風の感触とかが、徐々に無秩序に知覚されてくる。目に映るのはうっすら雲がなびいている水色ライトブルーな、空だった。在坂の炸裂した肘で気を失って、そして例のあの内部戦闘が勃発してたわけだけど、それほど現実世界での時間は経過していないようだ。


 そして今しがた声を発した主……の、ぱっと笑顔を咲かせた顔が視界に入ってくる……逆光気味で。さらには後頭部と首筋辺りにやわこいながらむち、とした感触が包んでいるけれど、僕はいま噴水の縁枠に寝そべっているわけだね……そして妹に膝枕をされている状態と。


 何とか戻ってこれたわけだ、あの混沌から。ホライズ先輩が出てきてからは一気に場がワケ分かんなくなってきていて、ここ最近ではだいぶカオス慣れしてきていた僕でも面食らうこと八面六臂が如く(意味はよく分からない)だったけども……とにかく、「日常」に帰還したこと、それを認知して僕はひとつ長い溜息のような呼気を緩く吐き出すのだけれど。


「……なんていうか、ワリぃ、かった」


 僕のそんな様子を見計らったかのようにかかった、ばつの悪そうな声は在坂か……首を右に倒してみると、泥つきの練習用ユニフォーム姿の御仁が、腕組みしながらその褐色の顔を微妙に僕の方から逸らしながらそう言葉を放つ姿があったわけで。よかった。あれは不可抗力、いやむしろ非は僕側? いや、そうなるようになったのは在坂の、ひいては明日奈の側? まあいいや、もういい。


 とりあえず身体を起こそうと首筋と腹筋に力を入れていく。いや結構横になってたのかな? 背中が硬い面に当たっていたのか起き上がる際にみしと少し痛む。


 そ、そんなに急に動いちゃだめだよぅ……という明日奈の声を持ち上げた後頭部辺りに感じながら、構わず僕は周囲に視線を走らせてから、殊更何でもない、といった感じで立ち上がる。穏やかな土曜昼下がりの公園の図……先ほどまで繰り広げられていた脳内空間インナースペースでのわやくちゃとは一目真逆に見える、思える。


 けど。


 改めて思考を走らせてみる。「元老」を牛耳っていた【アイス】を倒したことにより、その配下にいた「五人」も僕ら側についたようだ。「ついた」というか取り込まれたといった方がいいかもだけど。すなわち、


【注意力03】【分析力06】【活力15】【精力16】【筋力19】【説得力26】が新たに「僕」に付し備わった「能力」ということになる……そんな情報は脳内の適当な場所に軽くアクセスするくらいで出てくるようになっている僕がいることに驚きだけれど。何というか、脳の「考える領域」みたいなのの「面積」が拡がったような気がする。前の「七名」と連携した時もそうだったしね。あくまでイメージだけれども。それより、


 全部で「十五人」か……「分かたれし分身」ってファラオさんは言っていたけど、「三十一分割」された来野アシタカの記憶の「八十五パーセント(うち七十は根幹持ち)」、潜在能力の「四十五パーセント」を戻したことになる。記憶の方はあまり戻ったって実感は無いけど、「日をまたいだ」時に残る記憶がこれからは増えていくはずだ。それよりも「能力」……ヒト相手に発揮した場合、その相手を「ツンデレ化」させてしまうという珍妙なバフ(デバフ?)付きだけれども、日常生活でも使えることは確か。そして今までの手持ちは主に「観察」「集中」とかの脳的な系の奴だったけど、今回の「筋力」とか……なんか凄い外的に分かりやすそうな奴もあるから、例えばこれを使って体育の授業の時とかで今までおみそ扱いだった僕がヒーローとなれる時が来たのかも知れない……


 いや落ち着こう。そしてスケールが小さいな。そんな呑気に構えているのもアレな気もするし。


 差し当たって、「僕」が目指さなければいけないこととは何だ? 群雄割拠(というほどでも無いけど)のこの来野アシタカ天下を統一するという野望の実現なのだろうか。そうなった時、そこにいるのは「本当の来野アシタカ」なんだろうか。


 わからない。時は寝るに限る……けど、寝てる場合でも無い。


「おにいちゃん? どうしたの……?」


 心配そうな顔でこちらを見てくる明日奈。自分の顔をそっと右手指で触りさぐってみたら、どうやら鼻骨が折れるところまではいってなさそうでほっとした。詰まっているとは言え、においもほぼほぼ分かる。オッケーだ。そして、


 【【集中×観察】】は、【ダイブスカル】……ッ!!


 明日奈の言葉に答えるふりをして僕はその背後に例の「魚雷」を現出させている。その弾頭部に、例の「ドクロシール」をはっつけた奴を。そしてそのままその後頭部へと直進させるものの、ん? みたいに小首を傾げられて紙一重で交わされてしまうけれど。


 はっきりした。


「……?」


 まだ、こちらをいつものトロそうな微笑で窺っている明日奈……の姿をした「何か」に、僕の頭の中の警報機がガンガン鳴ってきている。危ない。気づいたのは、


「においが変わってない……シャンプーかリンス、今朝から変わってたはず……キミは一体、誰だ」


 そう、におい。そして「五感」はちゃんとあるものの、それが脳に直でもたらされている可能性は全然否定できないわけで。だから、今のこの「場」は、


「……なぁんだ、割と鋭いんだぁ」


 まだ「脳内空間」の中だッ!! 瞬間、見たこともないくらいの「悪意」に満ちた妹の顔と間近で対峙させられてしまい、戸惑い半分/憤り半分のままならない思考のままだったけれど、とにかく後ろに飛びすさって間合いを取る。とまでは華麗に決められず、石畳で右足首をぐねと捻ってしまうけど。それを少し離れたところで見ていた在坂の顔も、本人だったら絶対しなさそうなニヤリ感のある笑みを貼り付かせているよ、くそ……


「ずいぶん、手の込んだやり方だね。『戦い』の、終わった瞬間を狙われるとは、思わなかったよ」


 とりあえずの時間稼ぎ的な適当な言葉を紡ぎ出していくけど、なに油断してたんだよ僕は……ッ!! 


「……なんか結構厄介なのがいるな、って気にはなってたんだ。ボクは【女子力】の【タップ30サーティ】。いちばん使えない能力……だけど使いようはもちろんあるわけで。今日のところは宣戦布告にとどめておくよ。能力は無限……ボクら『永劫党』が、この身体の支配権を得る『三月十七日』まであと三日……せいぜいあがくんだね、『サーティーンくん』……」


 明日奈の姿で言われる違和感に身体も思考も固まってしまったけれど、幸い、というかなんというか、「タップサーティ」と名乗ったそいつと在坂の姿をした何者かは、瞬時に姿をかき消した。と同時に、今まで視えていた「世界」も、ありがちだけど「ぐんにゃり」と曲がって滲んで、そして白い闇、みたいな感覚が僕の全身に襲い掛かってきて今度こそ意識は飛


……


「お、気が付いた」


 自分でもわかるくらいぴくぴくしていた瞼を何とか開けると、そこにあったのは、在坂の、たぶん本物の、ほっとしたような表情で上から見下ろしている褐色に艶めいた顔であったわけで。戻った……のかな、本当に。よかった。でも、思わぬ至近距離までその魅力的に過ぎる微笑が迫っていたことにびびった僕が、あ、あわわわと本当に口から出してしまった意味不明の声と共に、びく、と腹筋を縮こめさせてしまった。


 それが、いけなかった……


 直前まで【筋力】のことを考えていたのがあかんかったのか、予想以上に収縮した僕の腹筋が、予想以上の速度と力強さをもってして、僕の上体を跳ね上げさせてしまったのであって……


 まったく狙ってなかった、というのがまったく言い訳にならないのは本能で理解していたけれど、真っすぐで素っ気ないゆえに反応不能な挙動が、僕の半開きの口と、同じく「え?」のかたちをしていた在坂の艶めく唇を刹那、同座標に引き寄せて、触れ合わせてしまったわけでェ……


「……ッ!!」


 無言で耳まで真っ赤になった御仁が左手指で自分の唇を抑え、同時に振りかぶられた右肘が今度は僕の口元を狙って鋭く落とされて来たのを無駄に鋭くなった意識の狭間で感知はできたものの、さすがの能力でもそれを交わす/防ぐことなど全然無理であって。


「……」


 本日何度目になるかわからない、そしてこの意識は本当にどこを揺蕩っているのだろう的命題を抱えたままで、またも僕の意識は癖になってんじゃないのくらいに容易く失われていくわけで。

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