chrono-12:努力は、メタル……あたかも鋼を一枚一枚身に纏いしが如く(かなぁ?)の巻


 落下衝撃による痛みを何とか呼吸を整えつついなしていく……けどそれより何より、何で? 「僕ら」以外のヒトがこの世界に……存在しているんだっ?


 例のオレンジ防寒服に戻った【アイス】が余裕顔で腕組みしつつ見下ろしてくる、のの右側、何度まばたきしてもそこにいる。ホライズ先輩パイセン……クールビューティと表現するとしっくりくる佇まい、いつも誰にでも見せるアンニュイながらあまり他者に興味ないような目線は、確かにこの僕を捉えてはいるものの、そこにはあまり感情らしきものは宿ってないように見受けられた。


 能力が作り出した偽者、あるいは幻、そう考えるのが、いや考えた方がいいのだろうか……他者の意識が僕のに「入り込む」なんてことは流石に無いよね……?


「俺らが主導を握れる日ももちろん今まで何日もあった。せっかくの能力だ。それを最大限活用しねえ手は無い、よなぁ……? 【分析力】ッ!! 他人の思考回路を全部トレースすることが出来たとして、それを一分のズレも無く再現できたのならよぉ……それはもう『本人』と呼べる『思考体』ってことにならねえかな……?」


 【アイス】のもったいぶり口調にはいい加減うんざりだけれど、そののたまってる内容もだいぶ振り切れてんな……じゃあ何だ? 「現実の」ホライズ先輩に能力使って、その「人格」をコピーしたとでも言うの? そんな……そんなことが出来るわけないだろっ。


「【観察】はスカルッ!!」


 四つん這いになった姿勢のままだったけど、そこから能力を発現させる。中空にポムと間抜けに現れたのは、手のひらサイズのぺらっとした「シール」。かわいくデフォルメされたドクロが描かれているけど、うん何となくイメージが固まってきたかな……


「……」


 しかしてホライズ先輩は何の感情も見せないまま、それに向けてすっとその細い右腕を伸ばすと、その指先から先ほど僕の能力を「無力化」させた「水」のようなものをいやに容易く顕現させてくるのだけれど。ちょっと威力のある水鉄砲くらいの水圧(?)で放たれたそれは僕のドクロ目掛けて一直線に浴びせかけられ、あえなくそのぺらぺらシールはひらひらと地面に舞い落ちていってしまう。なかなか……やるッ!!


 けど。


「!!」


 そうやってくることは予測していた。だから「シール」は二枚重ねにしておいたよ。喰らった表面の奴の裏から瞬時に剥がれた「二枚目」がふわり舞い上がると、弧を描く軌道でホライズ先輩の寸分の隙も無く綺麗に整えられた黒髪のてっぺんにぺた、とお間抜けにも貼り付いた。うんよしッ、正体を、見極めろぉッ!!


 しかし、だった……


洞渡ホラワタリ イズミ:2010年6月10日生まれ(15歳9か月):長野県松本市出身:163cm49kg:B70W49H72:彼氏いない:右乳首の脇に蝶の形のアザあり:12歳1か月時に初潮:初めて男の子とキスした時入れられた相手の舌を噛み切ろうとした経緯あり……>


 ちょっと待ったァーッ!! 「正体」ってそういうことじゃあないよッ!! やめやめーッ!!


 とんでもない個人情報を開示させてしまい、泡食った僕に再びビシャと「水流」がぶっかけられてしまう。くっ……これ喰らうと能力が無効化されてしまうんだよ……迂闊……ッ!!


 でも、ここにいる先輩は、確かに先輩……らしさを有しているッ!! 「思考を全部トレースしたらそれはもうその人格」って……本当にそんなことになるのか?


「どうよ? もう本人以上に『本人』かも知れないぜ? そして俺はもうよぉ……『外界』で生きていくことの意味すら無いように感じてるわけよ……必要な情報だけをトレースしきっちまったのなら!! あとは自分の中で『再生』するだけで事足りるんじゃあねえか? 自分の思うがままにッ!! あるいは時には少しそれを裏切られつつッ!! 適度な刺激をもって『自給』できるんじゃあねえか……? そうした時、七面倒くせえ外界に通じている身体……肉体とかってもう不要なんじゃあねえか?」


 完全にイカれた言の葉を紡ぎ出しつつ、【アイス】はその右手を軽く振ると、そこから指向性のある「氷の矢」みたいなのを撃ち出してきた。瞬間それは四つに分かれると、僕の四肢に絡みつくようにして固まり、そして僕の体は何も無い空中にはりつけられてしまう。


「だからもうお前らも『俺ら』のもとにくだれよ……苦痛もしがらみも無い世界でのんびりとハーレムでも築きながら『生きて』いこうぜ……それがここ数か月考えた俺らの結論よぉ……なかなかに、魅力的だろ?」


 能力使えない状態でのこの拘束……手首足首に刺すような冷たさを与えてきながら厳然たる力で抑え込まれている……ッ!! こ、これは万事休す……


 でも。これだけは言っておかなくちゃあいけない。たとえ僕がこの場で消滅、あるいは吸収されるのだとしても、これだけは。


「や、やっぱりキミは間違っているよ……外界から隔絶された世界に閉じこもって自給自足? そんなのほぼほぼ死んでるような状態じゃあないか……ッ!! キミの気持ちも分かる。外界が、『世間』が『世界』が僕らに厳しいのは僕にだってイヤになるくらい分かり切ってるよ……でも、でもそれで人生を諦めて逃げてしまうのは間違っているって言い切れる。言い切れるんだッ!!」


 自ら周りに、「外界」に何らかを働きかけることで、確かに何らかは変化する。それを僕はこの二日間くらいで理解し始めている。恐れずに、いや恐れてもいいし間違ったっていいから、行動を起こさなきゃ、何も変わらないと、思うから。


 変わることを恐れていることが、いちばん怖いことだとも、思えてきてるから。


「……ご高説どうもだが、そんな恰好で言われても格好はつかねえよなあ……? どのみちお前の、お前らの思考はこれから霧散され、埋没していくことになんだ。それに明日明後日……『14日15日』は俺らの『管轄』……外界情報を喰えるだけ喰って、以降シャットしておさらばしちまうってのもありかもなぁ……こんな、屑のような世界から、至高の思考世界へ!! ってかぁ? あばよ、兄弟ども」


 届かなかった。僕は僕に向けてすら、働きかけ変えることも出来ないのか……ッ。


「……」


 【アイス】が軽く顎で傍らのヒトに促すと、ホライズ先輩は上に向けた掌から、水流をまた現出させる。あたかも噴水のように水芸のように……先輩が能力じみたものを使えたのは何でだったんだろう……そこは気になるけれど、そんな思考も挟ませずそこに為される【アイス】の「氷」。えらく長い氷の「槍」ができたね。うん、それで僕を貫いてとどめを刺そうとそういうことだろうねえ……無造作につかんだその手を後ろへと引き絞った【アイス】が僕に向けて不敵な笑みみたいなのを浮かべてみせたけど、なんだかその表情はなんかの諦め、みたいなものを纏わせているみたいに、僕には見えた。


<諦めるんじゃないってば!! 君だけの、君だけの能力があったはずだろうサーティーンッ!?>


 ファイブが、このどうともならない土壇場にても、そんな前向きな、僕を鼓舞するかのような言葉を内からかけてくれる。そうだよ僕はひとりじゃあない。でも僕だけの能力言われてもねえ……例の「関わる相手すべてをツンデレ化」させてしまう珍妙な奴しかなかったような……そうこう考えているうちに、割とサマになってるやり投げの投擲のようなフォームから、あまり乗ってほしくなかった力と速度が如実に【アイス】の腕から手先を伝って「氷槍」に回転をも加えられつつこちらのどてっぱら向けて撃ち出されてきたぁぁぁぁぁあああ……終わった……!!


 刹那、だった……


「……!!」


 中空囚われ状態の僕の眼前にするりと滑りこんでくる影。その挙動と同時にもたらされてきた香りは、これは僕が先ほど嗅いだ香り……ッ!! その人影は、極めてスムースに「打撃姿勢」へと移行すると、ど真ん中に投げ放たれてきていた「槍」の真芯を、手にして構えていた木製とおぼしき「バット」を思い切り振り抜いてぶち当てていたのであった……!!


「ガッ……ッ!? て、てめえも『召喚』カマしてんじゃねえか……だまし……やがったな……ッ」


 いくつかの氷の破片と砕かれながら、「槍」は凄まじい勢いで打ち返されていた。そしてまばたき一瞬の間に、その鋭利な切っ先は、投げ終わり姿勢のまま残心状態の【アイス】の胸元にいくつも深く刺さっていたわけで。うぅん……見た目自分のこんな光景……やっぱ気分は良くはないね……いやそれより。


「ぼ、僕も知らなったんだ本当だよぉッ!!」


 なんでかは分からないけど誤解は解いておいた方が良いような気がしたのでそう叫んでみるけど。でもその声に被せるようにして、


「……『土』の守護精霊、ルイーダニス=アリサッカー、け、見参なんだからねッ!!」


 そんな言葉がポカンとしたような空間に響き染みわたっていくよェ……いやいや。現れたのは見知った顔かたちなれど、その全身に黄土色した「土」っぽい、それは「土」っぽい質感の中世騎士の鎧のようなものを纏った、そして精神がなんかピーキーな方にふれてしまっている御大なのであったけれど。


「う、嘘つけ……設定が俺より盛り盛りじゃあねえかよ……だ、だが俺のま、負けだ……諸々含めて、完全……敗北……」


 そんな【アイス】の何か誤解したままの断末魔じみた呻き声と共に、僕の方を振り向いて何か唇を尖らせた何とも言えない表情を醸した在坂の、いや在坂っぽいどなたかの何でかしとどに潤んどる視線を浴びながら。


「……」


 思考がスパーキング&バーニングした僕は、静かに白目へと移行したかと自覚するやいなや、潜在意識の中で意識を失いかけるという、摩訶不思議な感覚にざんぶと飲み込

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