chrono-07:読解力は、バブル……泡沫なる言の葉の群れたちよ!(誰)の巻


 快と不快と羞恥と恥辱と何らかの意味不明な超越感とあと何か、を寝起きの冴えない顔に滲ませながら、風呂場で自分の分身に塗れたパンツとスエット下をしゃがみこんで水洗いしているという最悪四天王の一角と言い切れるほどの一日のスタートに、自嘲を超えた清々しい笑いが心の最奥から込み上げて来るのを最早堪え切ることなんて出来やしないよアーハッハッハッハェ……


 昇天の間際放った僕の制止の叫び声に、静止した時の中で共鳴するかのように放たれた僕をいたわるあまりに予想以上に凛と響いてしまった起き抜けの妹の叫び声に、何事かと駆け込んで来た両親が見た光景は多分に烏合の精氏衆たちが放出される刹那のことであったわけで、これにて僕の生死は確定した。


 しかして久しぶりに一家四人が揃った朝餉の場において、そのことに触れられる素振りはいっさい無かったわけで。ごめんね的に僕の隣でちらちらこちらのデスマスクのような能面を窺ってくる明日奈も流石に言葉は無く、忍び笑いを隠しきれていない両親の悪意ある沈黙にキレかけながらもここでこちらから反応をしてはダメだとの鋼の意志でさっさと朝食をカッ込んで学校に行こうとする僕の咀嚼音だけが響く。それにしても何で僕だけとろろごはんなんだよ、よく大和芋のストックがあったな!! と、


「私も怪我とか全然平気だから、今日学校行くね」


 努めて明るく振る舞う妹に内心感謝しながらも、いやいやお前は休んでいいんだよ体は良くても心がねぇ……との粘着質ないたわりをいちいち見せてくる父親にイラつきながらも。


 瞬間、僕の中でまたがちゃり、と「能力」の発動OK、みたいな意識の切り替わりが為される。何だ? ほんとに現実世界でもこんなことが起こるなんて……


「明日奈は休んどけよ。大事な大事な『ひとり娘』なんだから」


 ぽつり言い置いた僕の発言に、食卓の空気が今までとは違う氷のような空白に一瞬支配された。そう、【発言力】は【ドリル】が如く、場にいる人間を貫き抉らなくちゃあ意味が無いってことを僕は学びつつある。あれ? 何だこの感覚……?


 な、なーに言ってますかデスネー、とチェコ出身の母親がたどたどしい日本語ながら場を取り成すように言ってくれるけど。もちろん僕だって悪意がすべてじゃないことくらいは分かっている。けど、


「アシタカサンも、大事大事ネー」

「おうぉぅ、あまり朝から厨二イズムを振りかざすもんじゃあないぞ? キノゥヤッタが困ってるじゃあないか、ええ?」


 殊更に余裕ぶった大人の態度に、ワケも分からず反発したい衝動は、どうしようもないくらいに僕の内に燻っているわけで。あ、と思う間もなく螺旋のように回転する言葉の刃が声帯を震わせてしまっていた。


「……どうせ僕は望まれて生まれた子じゃないんだろ?」


 キサマぁいい加減にそのクソ厨設定に溺れるのを自制しろぉぉぉッ、と大人げなく卓越しに僕の制服の襟元を掴み上げて来た父親に冷めた視線を送ってやる。怒りに彩られて見えるそのバタくさい髭面も、ポーズなんだろ?


「だったら何で『明日香』と書いて『アシタカ』なんて名前読みなんだよおかしいだろそこからぁぁぁあッ!! どうせかわいい双子の女の子が欲しかったんだろうがッ!! 実際物心つくまでお揃いのピンクいフリフリの服着せられてたしなァッ!! 」


 臆せず「発言」。やっぱり自分から動かないと何も変わらない。なんか自分の中で何かが掛け違えられてられていくような感覚も受け取っているけど、反抗期ゆえの無尽蔵などうしようもない燻り感も味方につけて、僕は今まであまり出したことのない剣幕にて噛みつき返す。これも「能力」の為せるわざだと……いうの?


 しかし、狼狽を激昂で上書いたと思しき父親の、亀井の旦那も名は体あらわさネームで政界を渡り歩いてきたであろうがぁぁああああッという完全に意味の分からない妄言に反発して発言することの無意味さを感じて一瞬躊躇してしまったのが誤算で、次の瞬間、僕に遺伝することの無かった一八五センチ九〇キロの恵体に食卓越しに両脇の下辺りを掴まれて椅子から引っこ抜かれると、そのままの流れで後ろのソファに向けてブレーンバスターを綺麗に決められてしまい、とろろがゆ化した胃の内容物が逆向きになった口元から無駄に淫靡にひとすじ滴ったのであった……


「待ってよぅ、おにいちゃぁん」


 きのうからの密度の濃すぎる諸々の出来事に胸焼け以上のもういい感を全身に募らせながらも、家にいるだけで疲れるから学校へと、とぼとぼ登校し始めた僕のあとを、ぱたぱたと駆け寄ってくる明日奈にももう食傷気味という、度し難い最悪メンタルまで追い込まれている自分を俯瞰しているように見ている「自分たち」……も感じたりで。


「……」


 脳がオーバーヒートしているようだった。そして肉親にこの「能力」はほぼ効かないという厳然たる事実を突きつけられ、やっぱりこれ日常生活では無意味なんじゃないのという諦観が脳の全域に染みわたっていくようでもあって。まあ、


 僕は僕で、さえないままなんだろう、きっと。そんなすぐに人間変われたら苦労しないって、ねえ。


「おにいちゃんっ、待ってってば」


 妹が追いついてきたのがちょうど昨日の交差点であったものの、現場にはもう特に痕跡らしきものは残っていなく、せいぜいガソリンスタンドの仕切り壁が削れてる部分があるな、くらいしか思わず。明日奈の方も特に何も引きずっていないようで。それはそれで良かったけど。右隣からふわりと香ってきた花のような匂いにつられてそちらに目をやる。と、


「?」


 きょとんとした顔には、愛らしさ以外のなにものも宿っておらず。今朝の惨事も殊更意識されてはいないようで取り敢えずほっとする。けど、


「……シャンプーかリンス、変えたか?」


 香りがほんの少し違うような気がした。僕はいつも皮脂アブラを強力に排除するメントール系のしか使ってないけど、明日奈はいろいろ試しているようで、しょっちゅう纏う匂いが違う。昨晩はそんなこと感じなかったから朝、髪だけまた洗ったりでもしたのだろうか……ご苦労なことで。それとも朝一で僕の迸る汚物を目の当たりにしたから空気感染を疑って消毒の意味で風呂に入ったのかも知れないねハハハハ……とか自分の【観察力】、確かに意識すると上がるのかもなあ、とかぼんやりと思いながら信号が変わるのを待っていた、


 刹那、だった……


「べ、べつにおにいちゃんのために変えたわけじゃないしっ」


 え? てっきり、えへへそうなのーとか喜んでくれる反応を予期していた僕は、妹の、その初めて見る、顔を真っ赤にしてむくれるという表情に、はからずもどきりとさせられたわけで。何とも言えない時空間に、一陣の涼しい風が吹きつける。


 何かが変わろうとしている……? いや、妹に新属性ツンデレを突き付けられただけに過ぎないわけだけど、それでも何だ? 何か目に映る、肌で感じる世界が、何かどこか少しだけ変わって来ているように思えた。昨日からの記憶、それがある。それはたったの「一パーセント」に過ぎないと言われたけれども。さらに【14】の記憶がそこに加わることで、今まで分断されていてまるで意味を為さないと思っていた事象のパーツ同士がくっついて何かを思い出せそうな……? いや分からない。とは言えそれが何なのかも分からないわけで、さらにはそこに考えを至らせようとすると頭の後ろあたりに鋭いような鈍いような痛みが走りもするわけで。


 ま、まあいいや、明日奈もお年頃になったのだろう、いつまでも兄妹べったりはあかんしね。いい傾向いい傾向……と釈然とはしなかったけど何とか流して、僕は歩き始める。そしてもう今日は底の底までに落とされたメンタル状態だから、


 ヒトに優しくあろう……何なら「能力」も駆使してね……へへへへ……


 という、マイナスに振り切れた挙句、意味不明なテンションになるというのはいつもの事だったので、その衝動に素直に従おうと心に決めたのであった……


 が、だった……


 土曜半日の間じゅう、しょうもない自分ルールに忠実に依怙地につき従い、会う人会う人にどうでもいい以上のうざいカラみを続け通した僕だったものの、


【集中力】……

在坂ありさか、さっきのスプリットチェンジ? 何かいろいろ工夫してんなぁ」

「う、うるせー、てめえの為に投げてんじゃねえんだよッ!!」


【魅力】……

杜条もりじょうのいいところはさ、誰の話でもちゃんと聞こうとする姿勢にあると思うな」

「あれぇ、何かキメてんの? 心底キモいから、秒で即であっち行ってぇー的な?」


【コミュ力】……

「ホライズ先輩って、他のかしましい輩と違って、何ていうか、『孤高感』? みたいなのありますよね?」

「……消えろ(どきどき)」


【協力】……

銀鈴インリィン、未然、連用、終止、連体、已然、命令はとにかく覚えてしまうことが重要って言ってた。一緒にやってみよっか」

「あいやー、いつになく積極的なアシタカは不気味極まりないあるね……わ、私のカラダ目当てか?」


【発言力】……

灰炉ハイロの上段回し蹴りはモーションが取りづらぐふっ」

「素人が聞いたような口を利くと、怪我するぞ(モーション……そんなものだろうか)」


【統率力】……

朋有トモアリ先生、結果はともかく、僕らは先生の授業を一年間通して受けられたことに、感謝します」

「来野くん、おべんちゃら言う暇あったらもう少しまともな点数取ってね、ら、来年は受験なんだし(なに私こんな子供の言葉にきゅんとしてんだろ……)」


 まあ、いつも通りのすげないリアクションをカマされただけだった。でも何かいいな、こうやって後先考えずに人とカラむってのは何かキツいを通り越して清々しさを感じるよ……これが【気力】の恩恵なのやも知れぬ……とかそんな、おそらく間違った充足感を得て帰宅の途についた僕だったけれど。


<サーティーン、大変なことがわかった>


 頭の中に響くのは、僕(13)との連絡役、みたいな立ち位置に収まったファイブの声。もしかしてまた新手の「刺客」……?


<キミが能力を使うと、もれなく相手を『ツンデレ化』させてしまうという、問答無用のバフが発生することが判明した。それにより何がどうなるということも未だ分からないけれど。キミの【成長力】はほんといったいどこへ向かおうとしているのだろう……>


 と問われても。バフなのかデバフなのかも分からないし、うぅん、それ以前にまったくもって言ってる意味が分からないのだけれ↑ど→。

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