第105話 王都に到着
「お疲れ様。やっと着いたね」
「ここが王都か……」
関所を超えて門を潜ると、そこは巨大な都市になっていた。
目の前には大きな噴水があり、建物につけられた灯りが赤レンガの地面をほんのりと照らしている。
夜遅いのに街には人が多く出歩いていて、オルティアとはまた違った活気を感じる。初めての王都に、俺は思わずキョロキョロと辺りを見回してしまう。
王都・モントロリア。噂には聞いていたが、既にその圧倒的なスケールに飲まれている。人出が多く、まるでお祭りのような空気を肌で感じる。
「さてと、私はこのまま実家に帰るけど、アル君はどうする?」
広場にある大きな時計から音が鳴り、現在の時刻が20時であることを告げた。
旅にかなり時間がかかったので、もう遅い時間だ。解散にはいい頃合いだろう。
「俺はワープでオルティアに帰ります。登録だけしておけばいつでも来ることができますし」
「そっか、それは便利だね。じゃあ今日はここでお開きということで」
シエラさんは大きく伸びをして体の疲れを取る。長時間同じ姿勢だったから、俺も体がところどころ痛い。
「帰りはいつになりますか? ワープスライムなら一瞬ですし、お迎えしますよ」
「本当? じゃあ、とりあえず三日後の12時にこの噴水前に来てもらおうかな。お願いしてもいい?」
「もちろんです。なんならシエラさんを家まで送れば、そこをワープ地点にすることもできますよ?」
「あー……それは大丈夫かな。アル君も疲れてると思うし、ここから本当に近いから」
家に帰るまでが護衛というし、日中のミスもあったから、本当ならシエラさんを家まで送りたい気持ちはあったけど、彼女の意志をないがしろにするわけにはいかない。
俺がうなずくと、シエラさんは満足そうに笑った。
「今日はありがとう。じゃあ三日後、よろしくね」
「はい。今日はゆっくり休んでください」
シエラさんが俺に背を向け、王都の奥へと進んでいく。俺は彼女の背中をしばらくじっと見つめていたが、一分もしないうちに彼女は王都の中に吸い込まれて行ってしまった。
改めて、俺は辺りを見回す。広い王都で一人。そう思うと、突然世界が大きくなったような錯覚を感じる。
「さて、俺もそろそろ帰るか……」
ワープスライムの移動先に噴水前を登録し、俺はさっそくオルティアに帰る準備を始めた。
その時、ふと思い出す。
「そうだ……ライゼに頼まれてたんだった」
ライゼに王都へ行くことを伝えた日。俺はお遣いを頼まれていたんだった。
『モントロリアにはね、美味しいフィナンシェのお店があるの。門のすぐ近くにあって、遅くまでやってるから買ってきてくれる?』
普段クレープにしか興味を見せない彼女が食べたがるということは、よほど美味しい店なのだろう。
旅でかなり疲れてはいたが、手ぶらで帰って怒られるのも面倒だ。戻る前に買いに行こう。
「……とはいえ、ここまで広いとどこを探せばいいかわからないな」
王都は俺の想像の三倍は広かった。夜だというのに人も多いし、建物はかなり過密に立っていて、おまけに二階・三階と縦に伸びているパターンもある。
俺は迷子になった子犬のような気分で、見たこともない王都の街を歩き始める。通りに並んでいるお店の名前を一軒一軒目で追い、目当ての店がないか確認した。
店名はわかっている。俺はすぐにお店が見つかると思っていたし、ライゼもそうだと思っていたんだろう。
しかし、いくら歩いても店は見つからない。歩けば歩くほど噴水のあった広場から離れている気がする。
本当にこっちで合ってるのか? という気持ちでいっぱいになった。ため息を吐こうとしたとき。
「……うわっ!」
体に走る衝撃。上の空だったため突然の出来事に対応できず、俺はその場で尻もちをついた。
どうやら人とぶつかってしまったらしい。俺は体の痛みを押し殺し、すぐに顔を上げる。
「すみませんでした! 怪我は……」
俺とぶつかった人物――そこに立っていたのは、一人の金髪の少女だった。
建物の壁に取り付けられた灯りに照らされ、金髪は光の糸のように輝きを放っていた。エメラルドのような緑色の瞳が真っすぐにこちらを見据えている。
少女は俺を一点に捉えたまま、無表情を保っている。そこには感情が一切なく、機械的な印象を受けた。
「お姉ちゃーん! 買ってきたよ、フィナンシェ!」
呆気に取られていると、金髪の少女の後に続いてやってきたのは、水色のツインテールの少女だった。
金髪の少女よりも背が低く、幼い雰囲気のある彼女は、地面に尻もちをついている俺と金髪の少女の顔を交互に見る。
「お姉ちゃん!? 何してるの!? この人のこと倒しちゃったの!?」
「違います! 俺がぶつかっただけなんです!」
水色の髪の少女は姉と呼ぶ金髪の少女の方を掴むと、激しく揺らし始める。俺が訂正して、ようやくその動きを止めた。
「え――? じゃあお姉ちゃんが何かしたわけじゃないんですか?」
俺が素早くうなずくのを見て、水色の髪の少女はようやくホッと胸をなでおろした。
「なんだあ、よかった……おにーさん、怪我はなかったですか?」
「あ、はい。っていうかむしろ怪我させたのは俺だと思うんですけど……」
「お姉ちゃんなら大丈夫ですよ。あ、よかったらこれ食べてください! それじゃ!」
水色の髪の少女は紙袋の中から、フィナンシェが入った袋を取り出すと、俺の手のひらに握らせた。そして姉の手を引いて歩き出していく。
金髪の少女はその間、眉一つ動かさないでじっと俺のことを見つめていたが、妹に手を引かれると黙って一緒に歩き出していった。
感情の機微が読み取れない姉と、しっかり者の妹。ちぐはぐな印象を受けた二人は、路地の角を曲がって姿を消してしまった。
俺は呆然と地面に座りながら、手に握られたフィナンシェをじっと見つめていた。おそらくこれはライゼに頼まれていたものだが、そんなこと以上に衝撃を受けていたからだ。
「なんだったんだ、今のは……?」
しばらくして気を取り直すと、俺は立ち上がって土埃を払った。今さらフィナンシェの店を探す気にもならないし、ワープスライムを召喚して帰ろうとしたとき。俺は冷静になってある事実に気が付いた。
「あれ……? 俺、あの女の子に
あの金髪の少女は、俺よりも華奢な見た目をしていて、背も低かったはずだ。普通、俺と彼女がぶつかれば怪我をするのは彼女のはず。
でも、そうはならなかった。俺が注意散漫だったからだろうか。でも、あの二人の少女の独特な雰囲気を感じただけに、それだけのこととは思えなかった。
「……なんだったんだろう」
不思議な感覚を覚えながら、俺はオルティアへと帰った。
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