第97話 怪物の死と再起への一歩
光が収まって視界が開けると、俺の正面で膝をついているのは赤髪の少年だった。
経験値を枯らし切った……というよりは、俺の魔法が彼の防御を上回ったという印象だ。少年は荒く呼吸をしながらも俺を睨み据えている。
少年はかなり疲弊している様子で、さっきまでのように急に襲い掛かってこない。むしろさっきの規模の攻撃を食らって耐えている方が不思議なくらいだ。
……これでようやく話ができる。
「君、名前は?」
戦いを通じて、感じたことがある。この少年には何か事情があるのではないか、ということだ。
少年は戸惑った様子でしばらく黙った後、ようやく口を開いた。
「……ゴーレム」
「そうじゃない。君の本当の名前だ」
少年は返答に窮しているようで、困った顔をしたまま黙っている。
この少年に名前はない。ゴーレムという名前を付けたのは、おそらくマシューだ。
「君は人間を殺したくないと言った。でも、人間を殺した。それはなぜだ? 命令されたからか?」
「……経験値を得るためだ。経験値のために人を殺した。たくさん」
少年の拳に力が入る。悔しそうに歯噛みする彼の表情からは、その思いに嘘がないことを感じさせられる。
だが、だとすれば疑問が残る。
「経験値を得るため。だとしたら、なぜ相手を限定にしたんだ? モンスターを相手にすることもできたのに」
「……モンスターを倒しても、経験値が手に入る!? それは本当か!?」
「そうだ。知らなかったのか?」
少年は目を見開き、俺に本当なのかと訴えかける。この態度を見て、俺の中で確信が生まれた。
この少年は、命令されて人間を殺していた。それは<ゴーレム>の能力に使う経験値のために。そして命令していたのは、おそらくマシューだ。
少年は俺の首肯を直視すると、そのままうなだれてしまった。人殺しに抵抗を持っている彼がその反応をするのは当然だった。
「……だとしたら、俺はどうすればいい。たくさんの人間を殺した。そんな俺が、今さらどうすれば……」
「変われるさ」
少年が顔を上げた。俺は確信を強めて、『変われる』と繰り返す。
「君は、俺が今まで戦ってきたどの相手よりも強かった。だから、奪ってきた命のぶん、他の誰かを助けるんだ」
「そんなこと、できるわけ……」
「できる。『人間を経験値にした怪物』は、さっきの俺の攻撃で倒したから」
俺は少年に歩み寄り、手を伸ばした。
この少年は変われる。マシューの呪縛から解き放てば――
「何をやってるんですかこの愚図!!」
「アルクス様!」
シノの声が響く。その時、目の前で小規模な爆発が起こり、黒い煙が一気に広がった。
一緒に聞こえたのはマシューの声。これは、彼が使った煙玉だ!
「絆されてる場合ですか! まったく、アナタのせいで計画が台無しですよ! 覚えておきなさい!」
「待て!」
視界は遮られているが、マシューは近くにいるはず! 雷魔法で広く攻撃すれば、足止めくらいはできるはず――
「……ッッ!」
魔力を練ろうとした瞬間、全身に激痛が走った。先の戦いでダメージを受けすぎたらしい。
しばらくその場にうずくまっていると、煙がすっかり晴れてしまい、その場には俺たち以外誰もいなくなっていた。
「アルクス様!」
「大丈夫だ、でも……」
三人のスライムたちが駆け寄ってくる。背中はまだ痛むが、それより少年を再びマシューに奪われてしまったことの方が問題だ。
あの少年は変われる。マシューの支配から解放してやりたかったけど、それは敵わなかった。
……いや、あるいは、あの少年なら自分の力で変われるだろうか。
以前の俺は、変わりたいという思いで新たな道を歩き始めた。あの少年の目を見たとき、その時の俺の気持ちと近いものを感じたのだ。
「まだ近くにいるはずです。私が追いましょう」
「……いや、いいよ。シノもだいぶ疲れているだろうから。三人ともお疲れ様」
チアによる強化の時間もとっくに過ぎている。俺は珍しく慌てた様子のシノを制止した。
信じよう。あの少年に渡せるものは渡した。あとは彼がどうするかだ。
「……そうだ! バリー!」
俺はスライムアーチャーに肩を借りて、すっかり忘れていたバリーが倒れている場所に駆け付けた。
彼は木の幹に激突した後、ぐったりとその場に倒れている。全身は完全に脱力していて、それはまるで――死んでいるようだ。
「バリー! バリー!」
治癒スライムで回復しながら、バリーの体を揺さぶった。彼は目を閉じてぐったりとしており、声をかけても反応がない。
しばらく揺すっていたその時、かすかに彼の唇が動くのがわかった。
「……うるせえよ、三下。いちいち騒ぐな」
よかった、生きてる。少なくとも軽口を叩くくらいの気力はあるらしい。
俺はほっと胸をなでおろし、その場に座り込んだ。
「……ああ、なんだってこんなことしちまったんだろうな。バカだな、本当に俺は……」
「無理して喋るなよ、すぐに良くなるから。そしたらいくらでも話を聞くよ」
バリーは光が眩しかったのか、手を空高く伸ばし始めた。
「……飛べる気がしたんだ」
「何の話だ?」
「もう一度だけ、飛べるんじゃないかって思ったんだよ。……自分でもどんな計算だって思うんだけどよ」
掠れた声で言うバリーを見て、俺はなぜか笑ってしまった。
「飛べるよ。何度だって、諦めなければ」
彼が手を伸ばした先の空を見ると、そこには輝かしいほどの太陽があった。
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