第81話 決勝戦開幕!

「勝者、アルクス・セイラント!!」


 大会二日目。俺は相変わらず一撃で敵を沈め、勝利を重ねていた。

 準決勝の相手はダンとよくつるんでいた冒険者だった。ギルドのカースト上位ということもあってかなりレベルが高かったが、俺にはあまり関係がないことだった。


 昨日と同じように罵声を浴びながら、俺は舞台を降りる。ゲートをくぐったころに、司会の男がアナウンスをした。


「それでは準決勝、第二試合を開始します!」


 反対方向から入場のために歩いてきたのは、バリーとエルゲン。俺のことを睨みつけている。


「おい三下。逃げるなら今のうちだぞ」


「逃げない。ここまでやった意味がないじゃないか」


「まさかまだあの臆病な鍛冶師のことを信じてるのか? あんな腰抜け、もう逃げてるに決まってるだろ」


「イレーナはそんなことしない。……それより、さっきの言葉、そのまま返すぜ。お前も逃げるなら今のうちだ」


 バリーの目がキッと吊り上がる。今にも殴りかかってきそうな気迫だ。

 しかし、エルゲンが彼の脇腹をつついたことで緊張感は霧散した。ここで喧嘩をしている時間はないのだ。

 バリーは気に入らないといった様子で舌打ちをすると、入場を再開した。俺は二人の背中を見つめた後、ゆっくりと控室へ歩き出した。


 おそらく、決勝に上がってくるのはあの二人組だ。傍から見ていてもバリーのS級の実力は伊達じゃない。

 次は絶対に勝ってやる。そんな思いがこみ上げてくると同時に、俺の心には一抹の不安が渦巻いていた。


 イレーナ、絶対に間に合ってくれよ……!



「それではただいまより決勝戦を始めます!」


 準決勝の後、1時間の休憩を挟んで決勝へ。上がってきたのはもちろん、バリーとエルゲンだ。


「バリー、やっちまえ!!」


「あのワンパン野郎を叩きのめせ!」


 決勝ということもあって、会場の熱狂は今日一番を見せている。とはいえ、例年とは盛り上がり方が違うのも確かだ。

 俺は完全に悪役ヒール。観客たちはバリーが俺を倒すのを望んでいる。


 舞台に上がり、バリーと相対する。何度か会った程度なのに記憶に深く刻みつけられるような目つきの悪さ。

 改めて対峙すると伝わってくる圧迫感。これがS級冒険者。


「忠告に従っておけばよかったのに、どんだけ馬鹿なんだ?」


 親指を立て、首を掻き切る動作。司会が緊張から唾を飲み込む。


「それでは決勝戦を始めます! レディー、ゴー!!」


 司会が試合開始を宣言した瞬間、黄色い声援と男たちの叫び声が爆発する。


「てめえがどんだけ悪あがきをしようが、栄光を手に入れるのは俺たちなんだよ!!」


 バリーの接近。鬼気迫る表情で剣を握った彼は、舞台を蹴って猛獣のように俺に飛び掛かってきた。

 ――速い! 今まで戦ってきたどの対戦者より、圧倒的だ。これが彼が持つスキル<疾風>の力。

 レベルは俺の方が上だが、速さだけで言えば俺と互角かそれ以上だろう。


「早々に終わらせてやるよ!」


 暴風のような豪快な一撃。俺の肩をめがけた袈裟斬りは、風を切って瞬く間に襲い掛かってくる。


「くっ!」


 斬撃は目で追える。俺は負けじと飛びのいて、なんとかもろに攻撃を食らうのだけは避けた。

 ――しかし。


「……はははは。ははははははは!!」


 バリーは俺の顔を見て愉快そうに笑った。

 俺の頬に切り傷ができたのだ。かまいたちにやられたような一本の傷から、ツーと血が溢れ出し、重力に従って垂れる。


「いいぞバリー!! やっちまえ!!」


 会場が湧きたつ。俺は息を整えながら思考を巡らせた。

 何と言っても相手の脅威は<疾風>による超スピード。その速度はレベルが上がった俺をもしのぐ。


 そしてさらに厄介なのがあの剣。エルゲンはいい腕の鍛冶師なんだろう。バリーの強みでもある速度をさらに活かして、リーチを長く設定している。

 バリーの素早さと剣のリーチの長さ。このコンボから生み出される攻撃の速度と範囲は他の追随をゆるさない。

 それは、俺が回避に失敗したことで明らかだ。


 他の選手なら、武器を使って攻撃を弾き、隙をつくこともできるだろう。

 だが、俺にその手段はない。今の俺にできることはひたすら回避することだけ。


「まだ終わりじゃねえぞ!」


 最も恐ろしいのが――今のはただの攻撃だということ。


 迫りくるバリー。俺は再び神経を研ぎ澄まし、剣の軌道を目で追った。


「ッッ!」


 接近してからの横一閃。ゴーレムが腕を薙ぎ払ったようなインパクトがある一撃を、俺はしゃがんで回避した。


「まだだって言ってんだろ!」


 次の瞬間、バリーは体勢を整えて剣を両手で握った。

 そのフォームは刺突。かがんで姿勢が低くなった俺を、突き刺そうとしてくる。


 そう。あくまでこれは普通の攻撃。その気になれば連撃だって可能なのだ。


「くそっ!」


 俺は地面を転がって、蜂の針のように鋭利な剣先を回避する。突き刺さることはなかったが、立ち上がった瞬間肩に違和感が生まれた。

 木の枝にやられたように、服の肩部分が斬られている。刃が体にも達しているようで、服が破れた先でうっすらと血がにじんでいるのが見えた。


「お前は計算を間違えた。だからお前は三下なんだよ!」


 バリーは休むことなくさらに攻撃を仕掛けてくる。まだまだ集中力を切らすわけにはない。

 イレーナ、俺はまだ信じてる。絶対に来てくれ――!!

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