第36話 死神に魂を売りました。
俺はあの日、確かに死んだはずだった。
ジャイアントスプリガンの拳に叩き潰されて、俺の人生は幕を閉じた。あの時の感覚は今でも覚えている。
だと言うのに、俺の意識はまだある。俺は今、どこだかよくわからない空間にいる。辺りには何もなく、パレットに並べた絵の具をかき混ぜたみたいな汚い色だけが見える。
ひょっとしてここがあの世だろうか。だとしたら全てに納得がいく。
とはいえ、ここがあの世でもこの世でもどうだってよかった。
「おい、誰かいないのか!? 誰でもいいから返事をしろ!!」
辺りに呼びかけるが、声はまったく反響しない。広い空間だから洞窟みたいに響くのかと思ったが、実際はスポンジに囲まれたようだ。
「まさかこのまま放置じゃねえだろうな……なんなんだよ……」
どっちが上か下かもわからないような空間で浮かびながら、俺は頭を抱えた。
「くそっ、なんでこうなった……」
気づけば、俺は死んだときのことを思い出していた。
『断る。誰がお前の言うことなんか聞くか』
『そうねえ、地面に這いつくばってこれまでの私たちに対する無礼を謝罪してくれるかしら?』
真っ先に幻聴となって聞こえてきたのは、アルクスとライゼの言葉だった。
地面に這いつくばった自分を馬鹿にするような視線。
嘲笑の声。他の冒険者たちの視線。
ふざけるな。俺が一体何をした? なぜあんな目にあわされなくちゃいけない?
小さいころ、親父は言っていた。
『お前は圧倒的に強者だ。弱者は強者に利用される。お前はいつか誰よりも強者となり、全ての弱者を支配するのだ』
強さとはすなわち、権力だ。だから俺は強者としての立ち振る舞いをしてきた。弱者を利用してきた。
なのに。アルクスとライゼはその序列を崩したのだ。
弱者は強者に利用されるために生きている。特に女はそうだ。
俺が一言発すれば、どんな奴らも俺に屈した。
俺は自分の立場に見合ったことをしただけだ。それの何がいけない?
……とはいえ、俺は死んでしまった。あのデカブツに潰されたからな。
「ふざけるな!! 誰か俺をここから出せ!!」
『おいおい、死んだっていうのに元気だなあ?』
「誰だ!?」
『誰だっていいだろ、だが、呼び名がないと困るか。そうだな……死神とでも呼んでくれ』
老婆のようなしゃがれた声は、自らを死神と名乗った。趣味がいいとは言えない。
「ここはどこなんだ? 早く出してくれ」
『残念だがそれは出来ない。お前は死んだからな』
「そんなことわかってんだよ。じゃあ俺はこれからどうすればいいんだよ」
死んだ後の世界には金も、権力も、女も、俺が好きなものは何一つない。空虚だ。
そんな俺の心のうちを見透かしたように、死神は笑った。
『そんなお前に提案がある。もし、一つだけ生き返る手段があるとしたら?』
「生き返る……そんな方法があるのか!?」
『ヒヒッ、いい食いつきっぷりだな。その調子だ』
茶化されたようで少し腹が立つ。だが、そんな美味い話があるなら乗らない手はない。
『生き返るためにはな、この私を使うんだよ』
「お前を?」
『そうだ。私というスキル、<アンデッド>を使うのさ』
童話に出てくる悪い魔女のように、死神は笑い声を上げた。
「どういう意味だ? お前はスキルなのか?」
『私はスキルであり、こうしてお前と話すこともできる。言ってしまえば、寄生虫みたいなものさ』
「いい気分がしない喩えだと思うが」
『でも、悪い気もしないだろう?』
やはりこいつには心の内を見抜かれている。
死神の言う通り、俺はこいつの提案にすごく惹かれている。
どんな手段だとしても、元の世界に戻れるなら戻りたい。
俺が好きだったものは、どれもあの世には持っていけないものだった。だから俺は永遠に生きたいと本気で思っていた。
そして死んでしまった矢先にこんなチャンスが転がり込んできたというわけだ。願ってもない。
「つまり、お前――<アンデッド>を身につけろと?」
『話が早くて助かる』
「待てよ。一人につきスキルは1つまでだ。俺はもう<剛腕>を持っている」
何がおかしいのか、死神は俺の指摘を愉快そうに笑った。
『それはあくまで現世の話だ。お前には生者としての姿と死者としての姿がある』
「つまり、スキルを二つ持てると?」
『そうだ。ただしこんな試みは私でもやったことないからどうなるかはわからない』
死神は肯定した。
「でも、デメリットがないわけじゃないだろう?」
『ああ。<アンデッド>はその名の通り死を超越したスキル。お前が元の世界に戻った後にもう一度死ねば、それはもはや生者でも死者でもない。すなわち、永遠を無の中で彷徨うことになる。そして私も完全にこの世界から消滅するだろう』
なるほど、一応デメリットはあるんだな。
『怖気づいたか?』
「いいや、逆さ。安心したんだ」
無の中を彷徨おうが、この謎の空間で死神とともに過ごそうが、生きていないなら俺にとっては同じことだ。
俺は世界のすべてをむさぼりたい。領主になって楽な生活をするなんて甘っちょろいものじゃない。国を、世界を支配してすべてを手に入れたいのだ。
そのためなら、どんな苦痛でも受け入れよう。
「くれ。俺は現世に戻るためだったらなんでもする」
『……素晴らしい! やはり私の見立ては正しかった。お前の名前は?』
「ダン・オルテーゼ」
『ダンか。私はお前が気に入った。これ以上はもはや何も言うまい。スキルを存分に使ってくれ』
俺はステータスを開いた。
――
ダン・オルテーゼ 0歳 男
レベル0
スキル
<アンデッド>
『百鬼夜行』…死者をアンデッドモンスターに変え、使役する。
『死の舞踏』…半径1キロ以内のアンデッドモンスターの数に応じて能力が解放される。
――
いいスキルだ。この力で俺は世界を手に入れてやる。
しかし、その前にまずはアルクスとライゼを殺してやる。あの二人だけは、何よりも先に、死よりも辛い苦痛を与えてやる。
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