第2話 いきなりレベルアップしました
パーティ追放から一夜明け、いつもとは少しだけ違う朝がやってきた。
昨日はダンに暴力を振るわれた痛みで何もすることができなかった。その代わり、いろいろと考えたのだ。
結論。俺は強くならなければいけない。
理由一つ目。強くなることをあきらめて今まで通りの仕事をしていても、絶対に続かないから。
冒険者という仕事に就いていて、戦闘能力がないということは、生殺与奪の権を握られていることに等しい。
報酬が倒したモンスターの数に依存している以上、収入は他人任せになってしまう。弱い人間はリストラ対象なので、いつ首を切られて収入が0になるかわからない。
東の国では、とある歴戦の剣士が少年に『生殺与奪の権は自分で持て』と説教したという話がある。おそらく、その剣士もモンスター退治を仕事にしているんだろう。
理由二つ目。ダンに復讐するため。
これまで監視役として仲間にしてくれたことに関しては感謝しているが、あいつの行動は目に余る。
思えばクエスト中もそうだった。あいつは常に俺を見下し、汚れ仕事ばかりを押し付けてきた。罵倒も日常茶飯事。
大衆の目の前で見世物にされたんだ。せめてそのお返しくらいはしたい。
とにかく、俺は強くなる。今日は新しい始まりの日なのだ。
「ステータスオープン」
まずは、現状を把握しよう。俺の強さを表すステータス欄はこんな感じ。
――
アルクス・セイラント 17歳 男
レベル4
スキル
<スライム>
『擬態』……自身の体をスライムに変化させることができる。
『分裂』……擬態した体を分裂させることができる。最大は8。
――
<スライム>には能力が二つある。例えるなら、タンスの一段目、二段目の引き出しのようなものだろうか。
『擬態』はその名の通り、スライムになることができるというものだ。この時、俺は思考することはできるが、喋ることはできない。
出せるのはせいぜいが『ピキー』とか、『キュー』とか、ハムスターみたいな声くらいだ。これは、野生のスライムと大差ない。
そして、『擬態』を使うと、力はスライムと同等になる。
人間の腕力のままスライムの姿で戦うことはできない。
人間とスライムの姿にはそれぞれ利点がある。
人間の姿の時は言葉を喋ることができて、腕力が強くなる。武器も持つことができる。
逆に、スライムの姿の時は素早さが高く、攻撃を回避しやすい。分裂ができるのもいいところだ。
ちなみに、分裂するとスライムの数が増えるわけだが、これは人形を操作するイメージに近い。頭の中でスライムの軌道をイメージすると、その通りに分身たちが動いてくれる。状況によって、分身の視界を共有することもできる。
この能力を買われて俺は監視役をやっていたわけだが……正直言ってハズレスキルもいいところだ。
「改めて考えると、やっぱ弱いな俺のスキル……」
ダンをはじめとする他の冒険者は、だいたいが身体能力を底上げするか、戦闘で役立つスキルを持っている。
例えばダンは<剛腕>スキルを持っていて、腕力が成長しやすく、もともと強い。
それに比べて、<スライム>にはそんなものはない。戦闘向けのスキルじゃないし、かと言ってそのほかの職業に向いているわけでもない。
「いや、卑屈になるな。とにかく行動しないと」
千里の道も一歩から。強くなるためには、モンスターと戦うのが一番だ。
とは言っても、俺が戦えるのは雑魚モンスターだけ。このあたりで言えば、草原エリアの野生のスライムくらいだろう。
「よし、絶対に強くなってダンを見返すぞ!!」
俺は身支度を整えると、宿から出てギルドへ向かった。
*
しばらくして、草原にたどり着いた。
俺が暮らす街、オルティアから一番近い、雑魚モンスターしか出ないエリア。眩しい日差しが緑色の地平線を照らしている。
今日受注したクエストは、スライム討伐。
その名の通り、スライムを10匹倒すだけのクエストだ。
これが一番の初心者向けのクエストと言ってもいい。1年間も冒険者をやってきて、こんなルーキー向けのクエストをやっているのは少し恥ずかしさもある。
「キュー!!」
その時、ネズミのような高い鳴き声が聞こえてきた。スライムだ。
「よし、さっそく行くぞ!」
俺は腰に差した短剣を引き抜いて、スライムに飛び掛かる。
スライムはビックリしたような声を上げて逃げ出そうとするが、もう遅い。
「えいっ!」
短剣を突き刺すと、スライムの肉まんのような緑色のボディが溶け出し、中からさくらんぼほどの大きさの球体が出てきた。
スライムを倒すと、このように核を手に入れることができる。正直言って、あまり高いものじゃない。これだけではとても生活ができない。
さて、スライムを一匹倒したわけだけど……本当にこんなことで強くなれるのかな?
自分の強さではこのクエストが妥当なのはわかっている。だけど、他の冒険者たちに追いつくには、もっと効率的にレベル上げをしなくちゃいけないんじゃないのか?
「――そうだ!」
いいことを思いついた。今までやったことはなかったが、試してみる価値はある。
まずは<スライム>で『擬態』。そして『分裂』を使って8匹に数を増やす。
スライム討伐のクエストなんだから、知能があるぶん俺が負けるわけがない。
だったら、8匹で手分けして倒せば8分の1の時間で済むじゃん!
よーし、俺の分身たち! スライムを倒すんだ!
「「「「「「「ピキー!」」」」」」」
俺の指示に返答するように、分身たちが鳴き声を上げた。各自でバラバラにスライムを倒しに走った。
結果から言うと、これが大成功。2匹倒す時間で16匹倒すことができたんだから。
ものの20分で合計17匹のスライムを倒した俺は満足して人間の姿に戻った。
「すごい! このまま続ければ一日で100匹、いや、200匹は倒せるんじゃないか!?」
嬉しくなって騒いでいると、頭の中に声が聞こえてくる。
――
レベルが5になりました。
――
「え?」
俺は思わず声を漏らす。
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