第18話 逃げるな!ベルシュタイン!
「ベルシュタインさん・・・」
グリアムスさんがテントの陰に隠れながら、ささやき声のトーンで自分に近づいてきた。忍び足で、ゆっくりと足音を鳴らさぬよう慎重に慎重に歩いてやってきた。
「ひょっとしてあれが銃声を鳴り響かせた諸悪の根源ってやつですか?」
「かもしれません。おそらく奴が食いちぎっている肉は・・・・・おそらくわたくしたち作業者の仲間の1人でしょうね。ほらあの蛍光色に輝いたベストがちらりとあの口から見えるのがわかりますか?」
キメラ生物の口からは若干ではあるが、そのベストがまろびでていたのがここからでもしっかり見えた。
「はやくここから立ち去りましょうよ。ぐずぐずしている間に奴がここまで来て、匂いを嗅ぎつけられかねませんよ」
焦燥にかられたベルシュタインは早く逃げるようにと、グリアムスに催促する。
「う~~ん、しかしながらですね~ベルシュタインさん」
また先程のサイコロステーキ弁当の一件と同じく、ここにきてもなお消極的な態度を見せてきた。
「いやいやいや!グリアムスさん。ここは四の五の抜かさず、すぐ逃げるのが筋ってもんでしょうに。早く逃げないと、自分たちはまもなくあやつのごちそうとされてしまいます」
「わたくしたちはこのように痩せ焦げていて、肉付きもあまりよくないものですから、大したごちそうにはならないとは思いますがね」
「自分たちが極上の肉かそうでないかなんて、この際どうでもよいです!ほら早く!グリアムスさん」
変な屁理屈ばかり述べ立てるグリアムスさんに辟易する。うんざりすることこの上ない。いい加減にしないと口をセメダインで開けられないようにしてやろうかと思ったベルシュタイン。
「まあともかく、今ここから逃げ出すのはあまり得策ではありませんよ、ベルシュタインさん」
「どういうことですか!?グリアムスさん!ここから逃げ出す以外に何の得策があるというのですか?」
この期に及んでもまたとぼけたことを言う。ベルシュタインは何振り構わず、グリアムスさんの腕をつかんで、今いるテントを出ようとする。
「冷静になってください、ベルシュタインさん。」
グリアムスはベルシュタインに一度引っ張られた手を振り払った。その際、引っ張ったはずの手が振りほどかれたものだから、勢い余って地面に強く尻餅をついてしまった。
「いててて・・・・どういうおつもりですか、グリアムスさん。」
地面に打たれた尻を手で押さえながら言う。
「自分たちの足の速さでは、到底あのキメラにかないっこありません。そのこと理解しておいでですか?」
「そうですね・・・。足の速さに加えて持久力もありません・・・」
「その通りです。あなたは元引きこもりのニート、そしてわたしはリストラされたごく普通のサラリーマン。こんなメンツでどう奴とのかけっこに勝つおつもりですか?」
「たしかに・・・言うまでもないですね」
「奴に勝てるものがいるとすれば、それはバリバリのアスリート気質の人間でなければなりません」
「そんなもんでしょうか」
「そういうものです。ましてそんなアスリート気質な人間であっても、奴に勝てるかは怪しいです」
そうしている間にキメラ生物は開けた川沿いに降り立ち、刻一刻とキャンプ場に近づいてきた。
「じゃあ逃げずにどういったことをして、奴を撒くおつもりです?」
「わたくしらからわざわざアクションを起こす必要はありません。ひとまずじっと隠れて待つのみです。奴が通り過ぎるまで。」
「そんなのとてもじゃないが耐えられない。きっと自分は大声を出して悲鳴をあげてしまうに決まっています。自分のせいで奴に我々の居場所を教えてしまう事になるに違いない」
グリアムスさんがここまで自分を引き留めるものだから、なにか秘策でもあるんじゃなかろうかと思ったが、残念ながらそんなフラッシュアイディアはなかった。ただの無策だ。
「やっぱ逃げましょうよ。グリアムスさん」
「逃げたらおしまいです。もう時間がない。ここで息を潜めてやり過ごすのです」
キメラもすでにキャンプ場近くまで忍び寄っているので、逃げるといった退路は断たれてしまった。グリアムスさんの考えにまんまと乗せられる羽目となった。
キメラ生物はしきりに周りをうかがっているように思えた。
まるで自分の獲物を探るかのように。
その動向をテントの破れた部分から、まるでのぞき穴で隣人の部屋を覗き見るようにして伺った。
ただキメラ生物がこの場を立ち去るのを切に願うばかりであった。
足音が近づいてくる。それは彼らに迫りくるように距離を近づけていった。
「もうだめだ、おしまいだぁ」
ベルシュタインは迫る死の恐怖とキメラに食い物にされるかもしれないといった絶望感で今にもヒステリーを起こさんとしていた。
「落ち着いてください。あなたに今叫ばれようものなら、こっちこそおしまいだ」
なんとかなだめてはいるものの、ベルシュタインの精神は今にもはちきれそうだった。両者とも不安になるなか、キメラ生物がついに二人のテントのすぐ横まで来ていた。
そこでふと足が止まる。
「!?」
二人の場所を勘付かれたのであろうか。一向にキメラ生物はそこから微動だにしない。キメラの鼻息も少々荒くなってきた。
「もうだめだ。・・・恐怖のあまり絶叫したい・・・」
ベルシュタインは自分たちが奴の食い物にされる事が定められた運命だと解釈し、その事実を受け止め開き直ったのか、体の震えもピタリとやんでいた。その様子を見て、グリアムスにも一層の焦りが心の中に募ってきた。
「あなたがあきらめてしまったら、おしまいです。ここはもう神にすがる以外に方法はありません。最後まであきらめないでください。」
さきほど、自分は無神論者だ!とかなんだか言ってた気もするが、もうこの際どうでもいい。
奴にはすでに勘づかれたのであろう。獲物のありかを。
もうどうしようもない。
さあ、遺書でも走馬燈でもどんと来い!といった様子で、自らの最期を覚悟し目をつぶっていたベルシュタインだった。
そしてここにきて、キメラ生物の足が再び動き出した。
「うわ!もうだめだ!こっちに来る!」
そう身構えていた彼。しかしよくよく耳を澄ませてみると、どうやら2人のいるテントから足音がみるみるうちに遠ざかっていくようだった。
「あれま、なんだか離れていきましたよ。どうしたことでしょう」
テントの中に立ち入って来るとばかり思っていた両者であったが、しかし予想に反しキメラ生物はどこかへ立ち去っていった。
ベルシュタインはテントの外へ少し顔を出して、様子を確認する。
「ちょっとベルシュタインさん!あなたなにをしておいでですか!ここから離れたからと言って、再びこっちに引き返してくる可能性が・・・・」
「ああ、その心配は無用のようです。やつは山の中へ帰っていきましたよ。」
「ほ・・・ほんとですか?」
こうして無事二人は、なんとかこのテントでキメラの追跡をかいくぐり、生きながらえることが出来た。めでたし、めでたし。
戦っても勝てぬなら、隠れてやり過ごす。
グリアムスの提案通り、彼らはあのクジャクキメラに生きたまま食われることはこの時点ではなくなったのである。
「外に出てもよろしいでしょうか?グリアムスさん」
「まあ危機は去ったと判断してよさそうですので、そうしましょう」
2人は外に出た。
「ごめ~~ん!!2人に食料と水を渡すの忘れちゃったから戻って来ちゃったよ~」
外に出てまもなくして、ペトラルカと彼女の後を追った武装班の男連中が、このキャンプ地に引き返してきたのであった。
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