第6話 主人公は愚痴りに愚痴る

 食堂にはメニュー表みたいなものはなく、すべて現場監督の監視のもと、給仕係の連中が給仕した配給の食事のみ口にすることが出来る。


 毎日毎日、お米にパン、もやしにシチューと言ったどれも味っ気のない物しか口に出来ない。



 今晩配給されたのは、ニンジンとじゃがいもをちょろりと入れた程度の具の少ないシチューだった。それにシチューのルーもまずい。まるでゴミのようだ。



 それをベルシュタインはもぐもぐしながら、グリアムスさんのたわいもない話に耳をかたむける。



「近頃、大雨が続いたでしょう?明日からはどうやらその大雨のせいで崩れた土砂の処理をさせられるみたいですよ」



「うそでしょ!?毎日嫌々でやらされているあれらの作業に飽き足らず、挙句の果てには自分たちに土砂も処理せよと」



「噂によると、丸三日は土砂処理に駆り出されるそうです」



「そんな・・・・」



「これまでは夜遅くまで、わたくしの自室にて、ベルシュタインさんとポーカーなりババ抜きをして、退屈を紛らわしていたものですが、おそらく明日以降は大変激務になるでしょう。今まで以上に。

 なのでこの期間が終わるまでの間、お互いに明日からの作業にむけて、睡眠を十分にとり、夜更かしをせず体を休めることに専念いたしましょう。備えあれば患いなしってやつです」



「了解しました。グリアムスさんがそうおっしゃるならば。自分はそれに付き従うまでです。だがしかし・・・・」



「ん?どうしましたか?ベルシュタインさん。急に物思いにふけた顔をなさってますけども・・・」



 ベルシュタインの表情が若干曇ったのをみて、グリアムスは心配して声をかける。



「しかしなんでもまあ、自分たちはこんな劣悪な環境へと押し込まれてしまったのでしょうか。あのセバスティアーノといった男。いくらなんでもひどすぎやしませんか?度が過ぎやしませんか?自分たちにあんな労働を強制させるなんて。人間を何たる者と思っているのでしょうか?

 今度会った時は思いっきり己おのれのグーパンチで奴をぶっ倒して、口から泡を吹かせてみたいものですね」



 突如、彼はセバスティアーノへの日々たまりにたまった不満のありったけの思いをグリアムスにぶつけてきた。



「あのセバスティアーノに対してそのようなことをなさる根性も甲斐性もあなたにはないでしょうに・・・・」



「いやありますよ!自分にだって!いざというときは、やる男、やれる男なんです!自分は。そう信じて疑わない」



 とベルシュタインの並々ならぬ思いに対して、少々小馬鹿にし、すかしてきたようなグリアムスの発言に、こちらも負けじと売り言葉に買い言葉のようなスタンスで応戦の構えを見せるベルシュタイン。



 確かに自分たちはセバスティアーノに謁見し、無能だと一言で片づけられ、議論と酌量の余地もなく、ここに行きついたものたちである。



 彼との謁見の際に有能であると評価された人たちは、自分たちとは別の役割が与えられ、コミュニティーにおける健康で文化的な最低限度の生活を保障されているだろう。



 不公平だ。不公平極まりない。



 以前有能生産者は主にどういった仕事を与えられてるのかとグリアムスさんにたずねたことがあった。  



 そのときのグリアムスさんは



「有能な人はスキルごとに割り振られた役職についているらしいです。力自慢の生産者の人を例に挙げると、彼らは壁外の警備なり、壁内部のパトロール、また状況判断に優れる人は、司令部をはじめとする幹部の要職などにつき、農業に知悉している人は、農作業の管理者などなどですね。今わたくしが思いつく限りは」



 とこう答えていた。



「でも自分はスキルの有無についてなにも聞かれることもなかった。もしかしたら自分にも何かしらのスキルや能力を有している可能性もあったはずなのに。


まあ実際はというと、特にこれといったスキルも能力もなにもないですが・・・・」



「・・・・それじゃあ論外ですね・・・・お話になりません」



「・・・ぬぬ!?」



 グリアムスさんのトゲのある一言に、感情をぐっと抑えつけるベルシュタイン。その彼の一言にあれこれと反論したい気持ちは山々だったが、今ここでそのことに対してカウンターを食らわせるのは得策ではないと判断してか、彼のそれらの発言に関し、ひとまず触れないでおいた彼であった。



「それにしてもですよ。何の話し合いの場すら設けられず、開口一番に無能だと突きつけられ、ここに来させられた。これは平等ではない。自分はそう思います。」



 せめて一言でも二言でもあのとき、弁解の余地があれば状況の挽回もあったかもしれない。そう思っていた。



 しかしその彼の言い分に対して、グリアムスさんはしっかりと彼のその主張にくぎを刺していた。



 そして今回もこのベルシュタインの「自分はいざやれるときはやれる男なんです」といった主張に対し、以前と同様の指摘を彼にしてきたのである。



「それは前にもあなたに言ったことだと思いますが、はっきり言わせていただきます。それはただの思い上がりっていうやつです。ベルシュタインさん」



「どういうことです?」



 今回も自分の考えに対して真っ向から否定するそぶりを見せてくる。グリアムスさんがはっきりそうだと言い切ってきたのはこれで2度目の事だと思われる。そしてそのときのベルシュタインの眉間の皺はピクピクと動いていたのを彼自身は感じていた。



「見る人が見たらわかるんです。わたくしもかつてリストラされた先の会社で面接官をしていたことがあったのでその感覚がなんとなしに理解できます。言葉を交わさずとも、その人が使える人間か、そうでない人間なのか、一目で見ればだいたいわかってしまうのが現状です。

 その直感を頼りにセバスティアーノは、あなたを役立たずの使えない能無し人間だと判断して、この豚小屋へと追いやったのでしょう。かくいうわたくしもその1人ですがね・・・」



「・・・・たしかにグリアムスさんは前もそういって、自分に指摘した。確かにその通りで、自分は使えない能無し人間なのかもしれません。認めたくはありませんが・・・

 実際問題、自分がそういう能無しなのかと考えてしまうと、どうにも情けなさを感じてしまうのです。無能だからと言って、自分はあたかも存在価値がないとまで突きつけられたような気がして、くやしくてたまらないのです。陽キャラが陰キャラを見下し、ブツブツブツ・・・。自分は陽キャラに馬鹿にされていいほど、雑魚な人間ではないのに・・ブツブツブツ・・・・こう考えてしまうのです」



「あなたのその主張もわたくしとて痛いほどわかる。あなたの言われた通り、わたくし自身もこのようなことを言ってて、情けなく思います。しかしですねベルシュタインさん。いくら自分に実力がある、もっと自分には隠された能力がある!と思ったとて、他人は今ある事実、現実しか見ないのです。

 もっと自分のなかに秘められた能力の深奥をのぞいて、向き合ってくれと切に願っても、他人からしてみれば、ありのままのあなたの姿があなた自身の客観的な評価になってしまうのです。」



「・・・・・はい・・・前にも言ってましたよね・・・」



「この世には能力のある人間、能力のない人間とこの2つの判断基準しかない。わたくしたちは残念ながら、周りからすると無能力な人間だった。少なくともセバスティアーノにそう判断され、一蹴された。それだけです。

 この戦乱の世で生きたければ、今は自分の境遇に関して不平不満を言わず、ぐっとこらえてこのコミュニティーの方針に従って生きていくほかありません」



 反論しようにも反論するための言葉が、彼には何も思いつかず言い返すことができなかった。



 自己評価が高くとも、他人からの評価が低ければ意味がない。そんな言い分に腹立たしさを思いながらも、この思いのたけをどこにも発散できないのが歯がゆい。



 現実を突きつけられたところで、食事にスプーンをただ運び、それからはお互いに一言も言葉を交わすことなく、飯を平らげたのち、シチューの入った皿を返却口に返した。



 皿を返すと2人はそれぞれの寝床場へとむかい、おやすみなさいとお互い言葉を交わすこともなく、その日は別れた。



 深夜の1時すぎの出来事であった。

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