外れスキル【帰宅】は役立たずだとばかり思っていた。そう絶望していたのだがこのスキルはどうやら異世界を行き来できる能力だったようで、俺はその世界で最強になり現実世界で無双する

大田 明

第1話 露木玲央と権田愛花

 俺のクラスでは、3種類の人間がいる。


 イジメを働く者。

 イジメられないようにイジメを見て見ぬふりする者。

 そしてもう一つは――


 俺。

 イジメられる者だ。


 クラスでの標的は俺ただ一人。

 そろいもそろって、俺をイジメてくる。


 俺は現在、屋上でパンツ一丁にされて殴る蹴るの暴行を受けていた。

 顔を殴ったらバレるからと腹を中心に殴られ、背中を蹴られる。


「な、何で俺をイジメるんだよ……俺が何かしたのか?」


 理由らしい理由は見当たらない。

 何故イジメられているのか皆目見当がつかない。

 俺は暴力の痛みにお腹を押さえながら、答えを知るために目の前にいる坊主頭の倭康太やまとこうたを見上げながらそう訊いた。


「別に。お前が痛がってるの面白いから」


 ドッと大笑いが起きる。

 ゲラゲラ皆が笑う中、俺はポカンと冷めた目で周囲を見渡した。


 暴力を愉しみ、人を傷つけ喜んでいる。

 俺はそんな彼らの姿が気持ち悪くなり、吐き気を催す。


「ガリレオ、何だその顔は?」

「は?」


 倭は俺を見下ろし、苛立った表情をしていた。


 ガリレオ――それは俺こと、露木玲央つゆきれおに付けられた不名誉なあだ名である。

 別に本物のガリレオのように科学や天文学で何かを成し遂げたから付けられたわけではない。

 レオと言う名に、もやしみたいなガリガリの体型。

 ガリガリのレオという意味でつけられたようだ。

 あまりにも不名誉過ぎて、肉を付けようと一時期暴食した時期がある。

 全然太らなかったけど。


 とにかく俺をガリレオと呼ぶ倭は俺の冷めた態度が気に入らなかったらしく、俺の顔面目掛けて蹴りを放つ。


「がぶっ!」

「なんだよがぶって!」

 

 鼻血を出す俺を笑う周囲の皆。

 だが数人の男が倭を止めに入る。


「おい康太。止めろ」


 ようやく暴力を止めてもらえるようだ。

 俺は止められている倭の顔を見上げ、ホッとする。


「やるなら腹にしろ。顔面はマズいって」


 暴力を止めるようなつもりは無かったらしい。

 ニヤニヤ笑いながら俺を見下ろ同級生たち。

 ホッとしたのも束の間、俺はゲッと顔を青くする。


「おいガリレオ。立て」

「え?」

「いいから立てよ!」

「は、はい!」


 倭の命令に、俺はサッと起き上がる。

 腕を後ろに回され、ゴクリと固唾を飲み込む。


 すると倭は手の中にバットを創り出した・・・・・

 それは【スキル】で創り上げられた、白く光るバット。

 重々しく見えるそれを大和はさも当然の如く創り、素振りを始めた。


「動くなよ……狙いが外れたら大変なことになるぜ?」


 何もしなけりゃ大変なことも起きないと思うが?

 そう考えるが俺は何も言えなかった。

 悔しく思う気持ちはあるが、多勢に無勢。

 多くの敵を前にして、俺は何も言えない。

 いや、たとえ相手が倭一人だったとしても言えないだろうけど。

 だって俺はもやしみたいな体型で……とにかく弱いのだ。


 倭はニヤリと笑い、俺の前で光るバットを振るう。


「うぶっ!」


 激しい痛みに俺は胃液を吐き出し、その場に膝をつく。


「ホームラン! ってか!」


 また周囲で大爆笑が起きる。

 本当に俺が何をしたって言うんだよ……

 グツグツと腹が煮えたぎるが、俺と取り囲むチャラチャラした男、屈強な体育会系の男たちを見て視線をまた下に向ける。


「おいこいつ、震えてるぞ!」


 一番体のデカい、ラグビー部の神崎洋平かんざきようへいが俺が怯えているのを見て楽しそうに足蹴にする。

 この角刈りが……と怒りを覚えるも、何も言えない。


 さらに神崎と同じように俺を足蹴にする山下恵一やましたけいいち

 こいつはとにかく調子乗りで、今も神崎に便乗して俺の背中に足を乗せているのだろう。


「うえーい! これとかどうよ?」

「んぎっ!!」


 山下は俺の肛門目掛けて、つま先で蹴り上げてきた。

 俺は痛みにお尻を押さえながら周囲を走り回る。


 やはり周囲では大爆笑が起き、痛がる俺を楽しんでいた。

 こいつら、いつか絶対仕返ししてやるからな。

 まあ、できないんだろうけど。


「あはは! ねえねえ、ちょっとガリレオ押さえててくんない?」


 そう言うのは学校一の美女と名高い、下柳玲しもやなぎれい

 腰まで伸びる黒髪に整った容姿。

 教師からは真面目で模範的な生徒と評判の下柳ではあるが、その実態はただのクソである。

 こうして倭たちと一緒に俺をイジメているのだから、クソ以外の何物でもない。

 教師たちも見る目ないなぁ。


「ちょ、何? 何するつもり?」


 俺を羽交い絞めにする神崎。

 すると下柳に耳打ちをされた山下が、ニヤリと笑い俺に近づいてくる。


「や、山下……くん。何するんだよ?」

「何って、こうするんだよ――うえーい!!」


 バッと俺のパンツを引き下ろす山下。

 むき出しになる俺の下腹部。

 あられもない姿となった俺を見てまたゲラゲラと皆は笑い出す。


 顔を歪め、しかし愉しそうに下柳は携帯で俺の全身を写真に収める。

 俺の裸の写真が欲しかったのかい?

 そんなことあるわけないよな。

 分かってる。ただイジメの材料が欲しいだけだろう。


「これバラされたくなかったら、あんた一生私の奴隷な!」

「え、いや……」

「奴隷――な!」

「がはっ!」


 神崎に羽交い絞めにされている俺に、躊躇なく飛び蹴りを放つ下柳。

 飛んだ時に赤いパンツが見えたが興奮はしない。

 ただ腹に走る痛みに、俺はまた膝をついた。


「女にやられるとか、雑魚にも程があるだろ!」


 腹を抱えて笑う神崎は、俺の顔に鍔を吐く。

 それを見た山下も俺の顔に鍔を吐いた。


「また明日もよろしくな、ガリレオ」


 倭も唾を吐き、気分よく俺を見下ろしている。

 そして下柳が俺の顔にダラーっと唾を垂らす。


 唾液でベトベトになる俺の顔。

 下柳はふんと鼻で笑い、口を開く。


「学校一の美少女のツバとか嬉しいでしょ? お礼ぐらい言ったらどうなの?」


 だれがお前の唾液で興奮するか。

 と言うか、神崎たちがいなかったらお前みたいな奴に負けるかよ。

 俺は下柳に抵抗するように睨み付けた。


「……ガリレオ。お礼は?」


 ギロリと俺を睨み返す下柳。

 だから俺はお前には負けねえから。


「……ありがとうございました」

「マジでお礼とか言ってるぜ、ガリレオ! キモイキモイ!」


 大爆笑しながら屋上を後にする下柳たち。

 俺は疲れと羞恥心から起き上がれなくなり、その場にうつ伏せに寝そべった。


「…………」


 毎日毎日……何なんだよ。


「クソッ! クソッ! クソッ!」


 誰もいない屋上で、一人声を荒げる俺。

 不平不満を言ったところで意味はないことぐらい分かっている。

 だけど文句の一つぐらいは言いたくなるってもんだろ。

 誰かに届くわけでも、誰かが助けてくれるわけでもない。


 学校には俺をイジメる奴と傍観する奴しかいないのだから。

 寂しい限りだ。

 辞めたい……そして死にたい。


 怒りと悲しみで胸を染め上げ、俺は拳を握り締める。


「レオ」

「…………」


 いや、一人だけイジメも傍観もしない奴がいた。

 

 権田愛花ごんだあいか

 

 彼女だけは俺を対等に見てくれる。

 彼女だけは俺のことを分かってくれる。

 彼女だけは俺を傷つけない良い奴なのである。


 ショートカットの赤い頭髪にクリクリとした瞳。

 身長は高く、俺と同じで170センチ。

 手足も長く、良い匂いがする俺の同級生だ。


「レオ」

「…………」


 バリボリバリボリ、彼女はボテチを食べながら屋上へとやって来たようだ。

 彼女はとにかく食べるのが大好きらしく、常に何かを口にしている。

 その所為か、体重は120キロをオーバーしているとか本人の口から聞いた記憶があるな。


 彼女はボテチを食べる手を止めず、震える俺を見下ろしていた。


「……そんなところで寝てたら風邪引くぞ」

「寝てねえわ! こんなところで寝るわけないだろ! 泣いてたんだよ、察しろ!」

「察してる。オレの前では遠慮しなくていいんだぞ」


 俺は権田――ゴンに背を向けて天を仰ぐ。


「これ以上カッコ悪いところ見せたくないんだよ」

「カッコ悪くないだろ」

「カッコ悪いだろ」

「カッコ悪いのはイジメてる奴らだ。お前はただの被害者。カッコ悪いとかそんなことない」


 ボテチを喰わなかったらここで感動でもするところなんだけど、バリボリ音がして、少し冷める自分がいた。

 もう少し気を使ってくれた方が嬉しいな、俺。


「オレもイジメられてるから人の言えないしな」

「……そうだろうけどさ」

 

 ゴンはその体型とと苗字から、『デブゴン』なんて揶揄されているようだ。

 こいつもクラスは違うが、イジメを受けているようで、たまにその現場に遭遇したこともある。


 だけどこいつの場合は陰湿なイジメ……物を隠されたりトイレに入っている時に水をかけられたりとしたような内容だが。

 でもイジメは良くない! 

 良くないが、しかしゴンはそんなイジメに抵抗するわけでも無ければ反応も示さないのだ。

 また性格の悪い女子たち……特に下柳みたいだが、そんなゴンの困る顔を見る為に躍起になり、イジメを続けているらしい。


『反応したら負けだろ?』


 なんて達観したことをゴンは言っていたが、反応しなかったらしなかったで、イジメはエスカレートするような気もする。

 俺は結局敏感肌ぐらい相手に反応を示し、そして今日に至るというわけだ。


 ちなみにではあるが、『グリとグラ』をもじって、イジメられている俺たちを『ガリとブタ』なんて呼ぶ奴もいたりする。

 本気で傷つくから止めろよな、本当に。


「悔しいよな……毎日毎日こんな目に遭って。あいつらは楽しいかも知れないけど、こっちは地獄だ。まさに生き地獄。今すぐにでも学校辞めたいよ」

「じゃあ、辞めるか?」

「……辞めないかなぁ」


 学校を辞めるような勇気もない。

 いずれここを去れば、いつかこんな毎日も思い出になるのかも知れないし。

 

「じゃあ、転校するか?」

「転校……したいけど、親にこの事実を知られるのはちょっと」


 親にイジメを知られるのは、何故か恥ずかしいし、知られたくないと考える。

 気分いいわけないよな。息子がイジメられてるのを知るのは。

 そんな両親の気持ちを考え、転校を言い出すこともできない。


「…………」


 先生にも相談はできないし、結局俺にできるのは、ゴンに愚痴を言うぐらいのものだ。

 耐えるしかないのだ。

 これ以外の道はどこにもありはしないのだ。


「クソみたいな毎日だ……もう少し強かったら、人生変わるんだろうか」

「だったら変わるか?」

「変わりたいよ……できるなら、変わりてえよ」


 俺はゴンの方に視線を移し、涙を流す。


「ゴン。変わりたいよ。イジメなんてされないぐらいには強くなりたいよな」

「だったら、強くなるか?」


 ポテチの袋をひっくり返し、残りカスを全て口に放り込むゴン。

 俺は乾いた笑い声を出し、彼女に言う。


「どうやって強くなるんだよ」

「【武活動】」

「ぶ、武活動って……」


 この世界では【スキル】と【ダンジョン】という物が存在している。


 【スキル】は超能力のように特別な力を行使することができる能力。

 ほとんどの人が学生時代にその能力を開花させる。

 やり方は至って簡単。

 学校の地下に設置されている『宝玉』という物に触れれば習得することができる。

 簡単なんてものじゃない。

 電子レンジを使う方が難しいと言われるぐらい簡単だ。


 ただし、これに触れていいのは運動部や文化部。

 どれでもいいので武活動をやっていること。

 それ以外の、俺たちのような帰宅部には触れることは許されていない。

 まぁ、俺たちみたいな人間が触れても特に生活に変化は無いし、触れる必要もないからな。


 『宝玉』に触れる前に、運動部ならその武活の基礎を積む。

 そうすることによって、武活毎に違う【スキル】を習得できるのだ。


 倭の場合は野球部なので、バットを創り出したりする力を持っている。

 と、このように積み上げてきたもので入手できるスキルが変化するので、習得するのに躊躇する者もいたりするのだ。


 野球のスキルを入手するとその後は野球をせざるを得なくなるから。

 後からスキルの変更はできないので、高校まではスキルを習得できなくなっている。

 高校に上がるまでは悩み続けろということだろう。

 

 そしてこの【スキル】というものは、世界に革命をもたらした。

 分かりやすいところで言えばスポーツ。


 今までのスポーツと比べて圧倒的な記録を撃ち出していった。


 野球での打球の飛距離、180メートルほどが限界だったのが、1キロまで伸びたり、卓球なんかは打つ玉の威力が強すぎて、特殊なラケットと卓球台が用意されたほどだ。

 とにかく、【スキル】が登場してからこれまでとは世界が大きく変わってしまったのだ。


 そして【ダンジョン】というものも世界とルールを変えた要因の一つであろう。

 【ダンジョン】は学校の地下、『宝玉』が設置されているさらに階下に出現した迷宮である。

 『ダンジョン】ではモンスターが出現し、それらを倒すことによって基礎体力などが上昇していく。

 現在武活は、グラウンドで練習などはせず、地下の【ダンジョン】に潜りモンスターと戦うのが主流となっている。

 練習をしているより訓練を積んだようが効率よく成長できるからだ。


 部活の力を使って戦うから【武活動】。

 いつから誰が言い出したのかは定かでは無いが、現在日本ではどの学校でも【武活動】という言葉を使用している。


「でも俺たちが武活動って、どこにも所属してないし……いや、所属したらしたらでイジメられるだろ」

「だろうな」

「だったら無理だよね!?」


 昔から周囲の人と馴染めない俺は、武活に所属したことがない。

 それが圧倒的不利なアドバンテージを生み出していることも分かっているが……

 いや、怖くて武活なんて所属できねえよ。

 小学生の頃からそうだ

 どこにだって俺をイジメようとする奴がいる。

 武活を始めたところで、同じぐらいの力を持ったところで、結局のところ、俺はまたイジメられるのであろう。

 うん。絶望しかないな。

 

 これはやっても意味はない。

 やるだけ無駄なのだ。


「ま、俺たちには無理だし、やったところで何も変わらないよ」

「何かやる前から諦めんのかよ」


 そう言ってゴンはまたどこからか新しいポテチの袋を取り出した。

 え? どこから出てきたの、それ?


「諦めるのが俺たちの人生じゃない? 何やっても無駄だろ」

「変わりたくないのか?」

「変わりたいよ! 変わりたいに決まってるだろ!」


 俺は涙を流しながらゴンを睨み付ける。


「だったらさ、一回やるだけやってみないか?」

「武活になんて所属できないよ、俺は」

「オレも無理だな。お前と一緒でコミュニケーション能力が欠落してるから」

「だから無理だよね!? 俺たちには」


 ポテチを食べながらゴンは言う。


「別に、武活に所属する必要無くね?」

「いや、所属してなかったら『宝玉』に触れされてもらえないんだぞ……」


 それは生徒の将来の事を考えてのことらしい。

 無駄な【スキル】を習得するより、有意義な人生を送れるように、言うならば手に職を付けるような感覚だろう。

 これからの人生のことを考え、政治家の連中が決めたことらしい。

 とにかく何かしら方向性を決めてからスキルを習得するようにと、何もしていない連中には『宝玉』には触れさせてもらえないのだ。


 だからゴンが言っている意味が、俺には理解できなかった。

 武活動をしていないのに、どうやってあれに触れさせてもらうというのだ?

 無茶ばかり言っちゃいけんですよ。


「……夜中に忍び込む」

「……マジ?」

「マジも大マジ。オレはお前がやるならやろうと思ってるけど……どうする?」


 あまり感情の籠ってない声でそう聞いてくるゴン。 

 もっと気持ちがこもってたら俺も話に乗るところだけど。


「…………」


 だけど……変わりたいという気持ちに嘘はない。

 このまま酷い学校生活が続くのなら、いっそのこと、無駄でも【スキル】を習得してみたい気持ちをはある。

 何も変わらないのかも知れないけど、何もしなければ何も変わらない。


「変わりたいよな……たとえ何も変わらなかったとしても、せめて何か抵抗ぐらいはしたいよ」

「おう。だからやるなら付き合うぜ」


 俺は涙を腕で拭い、ゴンに向かって力一杯頷いた。


「やってみるか」

「オッケー」

「軽いな! もう少し、こう感動的なやりとりをだな……」


 ボリボリ無言でポテチを口に運ぶゴンを見て、俺は呆れる。

 呆れるが、何か胸が熱い。

 あんなバカみたいな暴力を受け続ける毎日なんてもう嫌だ。

 何かを変えたい。

 そう考えない限りは変わらないのだから。


 俺は胸に決意を抱き、一歩ゴンに近づく。


「やれるだけのことはやってみようぜ」

「おお。オレもそのつもりだ」


 頷き合う俺たち。

 そしてゴンは感情の乏しい声で言う。


「後、服着ろ」

「こんな時に言う!? もう少し後の方がしまりがいいんだけどな……」


 こちらの様子を窺うこともなく、ゴンはポテチを食べている。

 俺は決意を胸に、落ちている服を着ていくのであった。

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