第53話 一人ぼっちの戦い 第四話

 お母さんを殺したのが本当にみさきちゃんなのか確かめる必要があるのだけれど、みさきちゃんがこの町にいるかどうかもわからないんだよね。だって、あの悪魔と少しだけお話をしていたと思っていたんだけど、いつの間にか一週間も経っていたんだ。みんなはお母さんが死んだ悲しさでひきこもっていたと思われていたみたいなんだけど、そうではないんだよね。お母さんが死んで悲しいとは思うけど、それよりもみさきちゃんが本当にお母さんを殺しちゃったのかって事の方が気になるよね。悪魔の言うことを全面的に信じるつもりも無いんだけど、だからと言って嘘とも思えないくらいリアルな光景だったし、本当はどうなんだろうって思う。みさきちゃんの口から本当の事を聞かないとダメだと思うんだ。みさきちゃんを疑うのはそれからでも遅くないと思うよ。


 今この町にみさきちゃんはいないみたいなんだけど、いつもよりも町に活気が無いような気がしていた。それは気のせいではなくて、私が街を歩いていてもすれ違う人が極端に少ないし、みんなうつむいて元気が無いようだ。話しかけようと思って近付いてみると私の手を握って「元気を出してね」って言われてるんだけど、私よりもみんなの方が元気が無いように見えるんだよね。お母さんが亡くなったことで街のみんなも元気がなくなってしまったのかな。

 結局、私は行くところも無くて訓練場に行ってみたのだけれど、入り口は固く閉ざされてそこには誰もいなかった。いつもなら入口の所にある詰め所に警備の人達がいるはずなんだけれど、そこにも誰もいないみたいで中に入ることも出来なかった。

 おかしいなと思いつつも行けそうな場所に手あたり次第向かってみたのだけれど、行くところ行くところ全てが閉鎖されていた。

 こんなに閉鎖されているなんておかしいなと思いながらも、そのまま歩いていると顔は見たことがあるけど話をしたことが無い大人の男の人に話しかけられた。


「ちょっといいかな。君はフェリスさんの娘さんのヒカリさんだよね?」

「はいそうですけど、どちら様でしょうか?」

「私は魔法学で主に歴史を研究しているプロプと言うものなのだがね、君のお母さんには多くの事を学ばせてもらったんだよ。この度は何と言っていいかわからないけれど、心よりお悔やみを申し上げます。何か困ったことがあったら何でも私達を頼ってくれていいんだからね。我々は魔法が使えない代わりに魔法の知識を後世に残す研究をしているんだ。きっとこれからの君に役に立つ知識があると思うから、気が向いたら研究塔に来てくれたら歓迎するよ」

「ありがとうございます。その申し出はありがたいのですが、私はお母さんみたいに上手に魔法が使えないんです。それで、知識を得てもみんなの役には立てないかもしれないし、それを活かすことも出来ないと思いますから」

「何を言っているんだね。そんな事は気にしなくて良いんだよ。我々研究者はみんな男で魔法は使えないんだよ。それでも研究することに意味はあるんだ。私達が使えない知識だとしても、君のお母さんはそれを応用して多くの魔法を作り出すことに成功しているんだ。今の君は魔法をうまく使えないかもしれないけれど、我々よりも魔法そのものに多く触れてきているはずだよね。そんな君が新しい知識を得たことによって今よりも何倍も何十倍も素晴らしい力を得る可能性だってあるんだよ。我々はただの研究者なので実際に魔法を使うことは出来ないけれど、君は魔法使いであるんだから我々よりも素晴らしい発見があるのかもしれないんだからね。それに、君のお母さんだって小さい頃は上手に魔法を使えなかったって言っていたからね」

「そうなんですか。私でも役に立てることがあるんですね。それなら、今度お邪魔させてもらいますね。お母さんも小さい頃は上手に魔法を使えなかったなんて知らなかったな」

「我々はいつでもヒカリさん、君を歓迎するからね。もちろん、我々の研究に何か助言をくれることも期待しているよ」

「私が助言できることなんてあるかはわかりませんが、お邪魔する時は精一杯頑張って何かを発見できるようにしますね」

「頼もしいね。我々はヒカリさんと最強の魔導士の二人から多くの知識を得たいと思っているからね」

「最強の魔導士って、お母さんはもういないですよね?」

「おや、最強の魔導士は君のお母さんではなくて、佐藤みさき君の恋人の前田正樹君の事だったんだが、ご存じなかったのかな?」

「直接は会ったことないですけど、名前だけは聞いたことがあります。それに、本当に最強の魔導士なんですか?」

「どうなんだろうね。今はその魔力が封印されているみたいなんで確認のしようは無いが、佐藤みさき君の言うところでは他の世界を何度も破壊するくらいの魔力はもっているそうだよ。それにね、我々も君のお母さんも知らなかった魔法の知識をたくさん持っているんだ。もちろん、それらは残っていた魔導士たちが実際に使って試しているからね。今も残っている魔導士たちが佐藤みさき君と一緒に残党狩りに出かけていると思うよ。おそらく、明日か明後日には帰ってくると思うんだけど、今回はみんな無事だといいんだけどね」

「みんな無事だといいって、どういうことですか?」

「エンリ国の生き残りを探して捕虜にするか抵抗してきた場合は殺しているみたいだよ。向こうが仕掛けてきた事とはいえ、ちょっとやりすぎな感も否めないが、我々が平和に暮らすためには仕方ない話だからね。それにしても、新しい魔法が出来たのでさっそく試しに使って欲しいのだけれど、この町に残っている魔導士たちはどこに行ったんだろうね?」

「あの、家からここに来るまでにも感じてたんですけど、この町って一週間前よりも人が少なくなっていませんか?」

「それについてはちょっとわからないな。いつも研究塔にこもっているので人が多い時間帯に出歩くことは無いんで比べようが無いんだけど、そう言われてみるとこの辺も人通りがほとんど無いように思えるね。そうだ、すっかり忘れていたんだけど、前田正樹君が君と話がしたいって言っていたのを伝えないとね。最近は魔法の研究以外の事は忘れっぽいので思い出せてよかったよ。じゃあ、前田正樹君に会いに行ってみるといいよ。彼は地下にいると思うよ。ヒカリさんなら通してもらえると思うから、出来るだけ早く行ってもらえると助かるからさ」


 そう言うとプロプさんは商店街の方へと消えていった。彼が私の前に現れたのは偶然じゃないような気もしていたんだけど、そんな事は気にしないで置くことにしよう。正樹さんがいる地下はきっとあそこだと思うのだけれど、あんなに警備が厳重なところに本当に入ることが出来るのだろうか。そもそも、そんなところに正樹さんがいる理由が私には全く分からなかった。それでも、私はそこに向かうことにした。


 いつもなら中に入ることの出来ない地下施設なのだが、警備の人が私の顔を確認するとすんなりと中に入ることが出来たのだ。正樹さんから私が来たら通すように言われていたそうなのだが、それならもっと早くにここに来ればよかったと思ったよ。

 初めて入る地下は噂で聞いていたよりもずっと神秘的で、息をするのを忘れてしまうくらい美しかった。ただ、その中央にあるひときわ綺麗に輝く石はそれらを凌駕するくらい美しく光り輝いていた。

 その石に隠れるようにして立っていたのか、私の足音を聞いて顔を出して私を見ている人は、その石の何百倍も美しく魅力的に見えて仕方が無かった。


「やあ、待っていたよ。君がフェリスさんの娘さんのヒカリさんだね。君が来るのはもっと先だと思っていたけれど、僕の予想よりも早く来てくれて良かったよ。さあ、こっちにおいで」


 私はその声に導かれるようにその人の傍に駆け寄ってしまった。駆けだすなんてはしたないというのは理解しているのだけれど、あの顔と声で話しかけられてしまったら駆けださずにはいられなかった。

 私は全く無意識のうちに抱き着いてしまっていたのだけれど、抱き着くだけではなく足も絡めてしまっていたようだった。思わぬ展開になってしまっていたが、この人はそんな私をちゃんと受け止めて支えてくれたのだ。


「あはは、なんて積極的な女の子なんだ君は。なかなか面白いけど、もう少し感情を抑えた方がいいよ。入口から怖いお姉さんが君を睨んでいるからね」


 私はその言葉を聞いて入口を見てみたのだけれど、そこには怖い顔で立っているみさきちゃんがいた。でも、あの悪魔に魅せられたみさきちゃんの顔の方が怖かったような気がするからこのままで良いかな。私は今を大切にしようと思う。


「ねえ、まー君が魅力的なのはわかるんだけどさ、あんまりベタベタしないでくれるかな?」


 みさきちゃんは私をまー君から引き離すと、私の代わりに抱き着いていた。そうか、この人が正樹さんなんだ。みさきちゃんの言っていた通りに素敵な人なんだね。何か耳打ちしているみたいだけれど、あんなに近づいて羨ましいな。


「ヒカリさん。君にとってもいいお知らせがあるんだけど、そこで聞いてもらってもいいかな?」

「はい、何ですか?」

「おめでとう。君はこの国で最強の魔導士になったよ」

「え、どういうことですか?」


 正樹さんの言葉は何なのか意味を理解することは出来なかったのだけれど、私はその言葉を聞くだけで幸せになっていた。出来ることなら、みさきちゃんのいる場所と交換してもらいたいなと思っていた。


 最強になったってどういう事なんだろう?

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