5-2:新米婦警の尾行

神無月巡査にとって、弱きを助けることは当然のことであった。


困っている子供がいれば手を引いてあげ、道に迷う人がいたら案内し、弱い者いじめに出くわせば虐める側を叩きのめす。

正義の味方、それがシンプルな彼女の憧れであった。


キッカケは小さい頃に見た特撮ヒーローだと思う。

刑事をモチーフにしたヒーローが、正義の名の下に悪の怪人達をバッサバッサと薙ぎ倒して捕らえていく姿に、強烈に憧れを抱いたのだ。

自分もいつか、悪と戦うヒーローになりたい。

そこを疑うことはなかったのだ。


その想いは歳を重ねても薄れるどころかますます強くなり、本気で警官になることを決意。

そしてこの春、ついに念願であった警官服に袖を通すことになったのだった。


日々のパトロールは苦にならないし、この街の人々もいい人ばかりだし、時折住民のトラブルに遭遇しても難なく解決してきた。

警官としての仕事に、やり甲斐は確かに感じている。


だが、不満が無いわけではない。


(むむむ……今日も悪人の姿はナシ。平和なのは良いことですが…)


なんせこの街は平和なのだ。

自分が憧れた、悪人達を捕まえるようなシチュエーションはまず起こらないのである。


悪人がいないわけではない。

犯罪者がいないわけではない。

しかしこの街では、雅警部をはじめとする捜査官のエリート達が率先して、事件をあっという間に解決してしまうのである。


新米である自分はせいぜい、彼女らの後始末であったり、彼女らが守った平和を維持するためにパトロールをするのが精一杯。

それも大事な仕事であると理解しているが、やはり自分が目指しているのは、悪人を捕らえるための最前線。

捜査官として、エリート達と共に捜査に出向く。

そんな領域に行きたい。

それが、現在の神無月が心に抱えている欲求であった。


なんとか上に行く実績を積みたいところではあるが、だからといって適当な仕事でノルマを上積みするのは、彼女のポリシーが許さなかった。

なので結局、彼女は熱心に街をパトロールするのだった。


「まー、そんなに悪人がゴロゴロいる街も困るですけど………お?」


せめて街中の小さな悪事も見逃さないよう、目を凝らしてパトロールすることが日課になっていた神無月の目が、とある人物を捉えた。


少し背の高い女子校生と、それよりも背が高くて胸の大きな女性。

間違いない、昨日公園で殴り合いをしていた2人組だ。


市街地を仲良く歩いているところを見ると、今日は喧嘩してるわけではないようだ。



だがしかし、神無月の勘が告げていた。

何かある、と。



彼女達は自分達を格闘家だと言った。

だが神無月は、あの2人の身体能力が只者ではないと考えていたのである。

そして、昨日のうちにこの辺りの格闘家を調べまくったのだ。


爆乳の大柄女性の方は辛うじて、小さなプロレス団体所属のヒールレスラーであることは突き止めていた。

しかし彼女はこの数ヶ月は試合に出ておらず、近々試合をする予定も無いようだ。

一方、もう一人の女子校生の方は何も情報が出てこない。

あちらはまだデビュー前の新米だろうか。

それにしては、一瞬見せた足運びはかなり洗練されていたように思う。


(試合が近いと言っていたのに、実際に試合を組まれてることはない……

おまけにあの実力…………ハッ!?)


神無月の中で閃きがあった。


(……まさか、闇の闘技場!?

どこぞの地下組織が、殺し合い上等の試合とか組んだりしてるですか!?

そんな漫画みたいなものがあったりするのでしょうか!?)


当たらずも遠からず。

何も知らない新米婦警は、己の勘のみで裏社会の闘技場というものに考えついたのだった。


(もしもあんな素直そうな女子校生が、そんなところに連れてかれそうならば、断じて見過ごすわけにはいかないです!!

あの爆乳めぇ、悪役ヒールを演じるどころか、本物の悪人だったとわ!!

……っとと、まだ決めつけるのは早いですね)


とりあえずあの爆乳女子は怪しいとしながらも、神無月は一旦思考を止める。


この間も、ただの夫婦喧嘩を殺し合いだと勘違いして飛び込んでしまったことがある。

自分は少々思い込みが激しい面があると、上司にも言われたばかりである。


まさか、たまたま出会った若者が、漫画みたいな地下闘技場で戦ってるなんて、そんな漫画のような話があるわけない。


だが、彼女達の行先が気になってしまったのも事実。

もうすぐ夜だというのに、例の2人は駅から逸れた繁華街へと歩いていっている。

もしも夜遊びしようというのなら、それこそ補導対象である。

だが、単にあちらの方に家があるだけなのかもしれない。


考えていても答えは無い。

ならば、事実を確かめるのが一番だ。


そう決めた神無月は、彼女達を尾行することを決めたのだった。


今まさに、ヴァルキリーゲームズのコロシアムへと向かっている、真樹と大山のことを。





「むむむ……まさか、こんな地下空間が存在していようとは」


真樹達を追っていった神無月は、地下道へと入っていった。

繁華街の隅に地下への階段があることにも驚いたが、その先に綺麗に整備された地下通路があったことにも驚いた。


時々人が行き交っているのを見ると、便利な近道として使っている人間がそれなりにいるようだ。

まったく人がいない中では尾行するのは難しいだろうが、これならなんとか追えるだろう。


尾行には自信がある。

恐らく前を行く悪爆乳(仮)らにも気付かれることなく追えているだろう。


何度となく曲がり角を曲がっていき、より薄暗い通路の先に小さな扉が見えた。

おそらくは何かしらの施設の通用口へと向かっていく若い娘達。


(怪しげな黒服さんのいるドアをくぐっていくですね……)


彼女達は、いかにも見張り役と言わんばかりの、怪しそうな黒服黒サングラスの男と親し気に話している。

そして、彼が見張りをしているらしいドアをくぐっていってしまった。


(むむむ…!

まさかのヤバい組織発見ですか!?

こんな繁華街の地下に、堂々とアジトを構えていようとは!)


あの先は何か、自分の知らない何かがある。

いかにも悪の組織っぽい何かがあると、自分の勘が言っている。


しかし困った。

なんとかしてこの先を知りたいが、この先は関係者しか入れなそうだ。


何せ自分は今も婦警服のままである。

堂々と警察だと言ったところで、通してはくれないだろう。

さすがにこのまま無策で突撃するほど無謀ではない。


どうするべきかと思案していると……


「あら、こんなところに用事かしら、お姉さん?」

「っ!?」


突然、後ろから声を掛けられた。

慌てて振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。


神無月より少し年上だろうか、20代後半と思われる人物。

長い黒髪を揺らしており、前髪がぱっつん気味になっている女性。

しかし、その服装は白い小袖に赤い袴という、いわゆる巫女装束であった。

清楚そうな見た目をしているが、出るところは出ている身体つきをしているのは服の上からでも見て取れた。


なぜこんなところに巫女さんがいるのか、という疑問も頭に浮かぶが、それよりも。

こんなに近くにいたのに、全く気配を感じ取れなかった。

怪しい美女登場に驚く神無月に、謎の巫女はゆらりと近づいてくる。


「この先は、こわ~い人達がたくさん集まる地下闘技場よ。

ま、いわゆる裏社会と呼ばれるところなの。

可愛い子は狙われちゃうんだから。

まともな人なら近づかない方がいいわよ?」


妖美な笑みを浮かべながら忠告してくる巫女のお姉さん。

だが、その言葉を聞いた神無月は頭に電撃を食らったような衝撃を受けた。


(裏社会!!

まさか本当に実在するですか、悪の秘密組織が!!)


まるで妄想が現実化したかのような、そんな展開に遭遇しようとは。


いかにもワルが集まりそうな場所。

社会に反発する悪の巣窟(多分)。


そんなところへ、若い娘が入っていくのを見た。

それだけで、神無月が引き下がる理由は無くなっていた。


「……知りあいとはぐれちゃったですよ」

「あら、私にはあの子たちを尾けてきたように見えたけど?」

「むむ……」


…バレている。

どうやらこの巫女さんも、地下闘技場とやらの関係者らしい。

その巫女は神無月を一瞥すると、その笑みをより深める。


「うふふ、コスプレなんかしちゃって、可愛いわね」

「こすっ……!?」


コスプレなどではなく、本当の警察服なのだが。

やはり悪の一味は、警察など舐めているということなのだろうか。


「あの先のこと、知りたいのでしょう?

もしよければ、こっそりと通してあげてもいいわよ?」

「なっ…!?」

「新しいお客さんはいつでも歓迎だもの。

それが可愛い子なら、もっと歓迎♡

…もっとも、裏社会は表とは全く違うルールが支配してる場所よ。

知っちゃったら、後戻りは出来ないと思った方がいいわね。

その覚悟が無い子を通すわけにはいかないけどね♡」


巫女さんは、試すように聞いてくる。

それに対する神無月の答えは、既に決まっていた。


「……行くですよ。

アナタたちが何者か、きっちり見てやるですよ」


睨むように真っ直ぐ見据える神無月に対して、巫女はニコリと笑みを浮かべるのだった。


カグヤと名乗った巫女は、付いてくるように言うと、なんと堂々と黒服のいるドアへと向かっていった。

どうやら彼女は顔パスらしく、黒服は特に何も言うことなくドアを開けた。

共にいる神無月のことも、特に咎めることもなかった。


(一体何者ですか、この人は?)


すぐ前を行く巫女のことを訝しむが、それよりも。

こんな街の地下に闘技場というものが本当にあるとは。

しかもどうやら、後ろ暗いものであるのは間違いないようだ。


そんなものが実在することにも驚いたが、神無月からすればこれはチャンスであった。

ここで悪を摘発できれば、警官としての実績になる。

何より…


(悪を見過ごすなど、正義の警察官としてありえないのですよ!)


こうして神無月は、ヴァルキリーゲームズのコロシアムへと足を踏み入れていく。

来る者拒まずな闘技場はまた一人、新たな獲物を招き入れたのだった。

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