5-1:密談
その一角にある、ヴァルキリーゲームズのミト・コロシアム。
日々、女性たちが己の身体を賭けて、賞金と栄誉を求めて戦う場所だ。
そんなコロシアムの端にある事務室。
運営に携わる者達が出入りできる部屋。
普段から梨花はここで、
今日はここに、招かれざる客が来ていた。
「いやー、ここに刑事さんが入り込んでるってのも変な話だね~」
「ふっ、今更な話だとは思うがな」
梨花の言葉に応えたのは、黒のスーツに身を包んだ長身の女性。
茶髪の髪をベリーショートにしており、キリっとした目つきから男性かと間違えそうな人もいるだろう。
だが、身体つきは出るところはしっかりと出ており、年上の女性らしさを感じさせる。
おまけに、タイトスカートから見える黒ストッキングで包まれた御美脚もムチリとしており、鍛えられていることが分かる。
そんなイケメン系女子の彼女、なんと刑事である。
しかも警部。結構なエリートである。
30代になって間もないうちに警部に昇進した美人刑事ということで、少し前に世間でも話題になったこともあった。
「それで、先程の話だが、そちらでは何か掴んでいるか?」
ザ・裏社会の場であるコロシアムに警部が乗り込んでいるのは、何もヴァルキリーゲームズを摘発しようなんて話ではない。
ここ数日、彼女はとある誘拐事件を追っている。
なんでも全国各地で、若い女性が何人も行方不明になっているというのだ。
しかも、優秀な人が多く狙われており、中には元・
ただでさえ、行方不明だの誘拐だのという話題に対して厳しい世の中である。
警察としても早急に対処しなくてはならないのだが、如何せん情報が足りない。
1つ1つの行方不明はバラバラな事件に見えるが、あまりに時期が一致しているのが奇妙だった。
警察でも組織的な誘拐事件の可能性は考えられており、何か手掛かりは無いかと訪れたのである。
これでも、れっきとした裏社会の一部であるコロシアムへと。
「いやー、あいにくとそういう話は聞かないね~」
残念ながら梨花に心当たりはない。
はぐらかしたりしているのではなく、本当に知らないのだ。
「うちはエッチな格闘大会が専門だからねー。
まぁ、ペナルティがきっかけで風俗嬢やらAV女優やらに転身していく場合もあるけど。
一応、転身先もおおよそ掴んでるしね~。
少なくとも、ただ行方不明になるってことは無いはずだよ~」
傍から聞いたら身売りしてるように聞こえるが、少なくともこのゲームでは参加者に同意を取っている。
参加するのも去るのも、本人の意思次第。
エッチな目に合ってソッチ方面に行ってしまう人も中にはいるが、その場合もフォローしている。
少なくとも、どこかに売り飛ばしてしまうなんて真似はしない。
それくらいならコロシアムで直接雇っていた方がいいという側面もある。
「もちろん、殺しや盗み、
そういう輩は追い出しちゃうしね~」
ヴァルキリーゲームズはあくまで紳士淑女のゲームである、というのがコロシアムの流儀である。
どの口がと言われそうだが、これでも節度を守っているのである。
その節度の尺が常人と違うだけで。
しかも、エロに限定してぶっ飛んでいるだけで。
負けたら淫らな罰ゲームを食らうという淫靡なゲームであるが、その実それ以外の場面では常識的な対応を取る人間が多いのも、ヴァルキリーゲームズという組織の特殊性であった。
表社会では満足できない刺激を、ヤリ過ぎない程度にお楽しみできる場を提供する。
このゲームに関わる人間がみな、積極的に犯罪や黒い稼業に手を染めてるわけではないのだ。
だが、これでも裏社会の一端を担っており、その手の話題は入ってくる。
どこぞの犯罪組織がうろうろしてるとか、新種の
そうした情報を警察に流し、場合によっては壊滅に手を貸すこともある。
何せ表では知られてない超人がゴロゴロいるのである。
あくまで『お楽しみの場を守るために』、オイタをする迷惑な連中を叩きのめすことはある。
その利害が一致しているので、警察と連携することもあるのである。
「つか、そもそもこの辺りはアンタの管轄じゃん。
アンタが大体叩き潰しちゃってるから、最近はその手のバカはミトに寄り付いてないしね」
「まったく以て不本意ながら、歯応えの無い連中しか来ないのでな」
もっともミトの場合、ヴァルキリーゲームズの運営が動く前に犯罪グループが潰されているケースも多い。
何せここに、現役の警部にして
表でも知られた美人警部にして、エキスパートクラスに所属する
警部という、警察の実働部隊の指揮官という立場と権力を持ちながら、彼女自身も裏社会で通用する実力者である。
刑事としても戦士としても優秀な彼女は、それはそれは熱心な働き者でもある。
以前、新種のヤクが
彼女が表社会で積極的に犯罪者を取り締まりまくっているので、この
「アンタがここに情報求めてくるなんて、よっぽどな奴らみたいだね~」
ヴァルキリーゲームズとて、裏社会の秩序を守るために一定の情報は常に集めている。
とはいえ、そこは犯罪対策のプロである警察の方が何倍も上手のはずである。
そんな警察の出世頭である彼女がわざわざ出向いてくるほど、今回の誘拐事件は厄介なようだ。
必要とあれば、裏に属する
「まぁ、何か分かったら知らせてあげるよー。
その代わり、引き続きうちらのことを黙認ねー」
「ふっ、仕方あるまい。そういう取引だからな」
明確な裏取引である。
だが、そこに加担している雅もまた、それに納得した上で取引していた。
警部である彼女は、お偉いさんとの連絡役も兼ねている。
ついでに彼女自身も、滅多に参戦しないとはいえ選手に登録されている一人である。
彼女自身にも、このゲームで戦う理由があるからだ。
「警察のお偉いさんがこれだもん、世も末だよねー」
「まったくだ。まぁ、平和のためにせいぜい役に立ってもらうだけだ」
梨花の物言いに苦笑する雅警部。
だが彼女は、裏社会も秩序の一部と割り切っており、平穏な世の中のためなら必要な存在と考えるタイプだ。
もっとも、そこからハミ出そうとする者がいれば、容赦なく取り締まる気満々でもあるのだが。
そんな彼女がこの辺りの『表』を取り仕切っているからこそ、ミト・コロシアムは上手いこと回っていると言ってもよかった。
梨花からすれば、ビジネスライクな関係を上手く続けていきたい間柄である。
そんな雅だが、急に顔を曇らせた。
「ただ、うちにも1人、跳ね返りの新人がいてな…
どうにも危なっかしい奴がいるんだよなぁ。
もしかしたら迷惑を掛けるかもしれん」
裏から表に迷惑をかけるのはもちろん大問題だが、実は表の側が裏に迷惑をかける可能性もある。
例えば、こうした裏社会のことに対して、素直に悪感情を抱く『割り切れない奴』とか。
そんな人物が、なんの知識も備えもナシに裏社会へ突撃でもしようものなら、それはそれで痛い目に合ってしまう。
今日の訪問は、そんな『新米による万が一』の時のフォローを頼みに来たのが本命だろう。
新人教育が大変なのはお互い様ということらしい。
「ま、うちらのやり方でいいのなら、適度に教育しておくよー」
「…お手柔らかに頼むぞ」
梨花のニヤつく顔を見て、やはりここはあくまでも裏社会なのだ、と再確認する雅であった。
先輩がちょっとした密談を繰り広げていた頃。
いつもの公園では、真樹と大山の組手が行われていた。
「せいっ!」
「てやああっ!!」
大山の拳が唸り、ごぉっと風を巻き起こす。
そんな強烈な拳をいなし、隙を見て反撃に転じる真樹。
ふわりと舞うミニスカートも意に介さず、拳を振るい合う女子2名がそこにいた。
「凄いね、やっぱりパワーはあるなぁ」
「へっ、元より筋肉はアンタよりあるつもりなんでなぁ!!」
今日も今日とて、組手で修行である。
今回は限りなく試合に近い実戦形式での組手であった。
覇氣の扱いにもいくらか慣れてきた大山は、次の試合でいよいよ実戦で使用するつもりでいる。
何せ大山もまた、次の試合はアドバンスクラス昇格を賭けた試合なのだ。
ミト・コロシアム内にいるアドバンスの選手と一戦交えることになる。
紛れもなく裏の使い手との、本格的な試合になる。
人として、
少なくとも、覇氣を習得できないような者はお断りされるレベルへ上がろうというのだ。
そこで、既にアドバンスへ上がっている真樹に頼み、こうして実戦を想定した特訓を繰り返している。
この数日の間に新しい技も完成させたし、覇氣を纏う真樹にもいくらか攻撃が通じるようになった。
確かな手応えを感じたところで、あとは試合に向けて最終調整を残すのみ。
「さて、もうちっと上げていこうぜ!」
早く真樹に追いつくためにも、次の試合が待ちきれない大山。
そんな大山に追い抜かれまいと更に覇氣を高めていく真樹。
もう少し力を上げて組手を再開しようとした、そんな時だった。
ピーーーッ!!
「うおっ!?」
「な、なにっ?」
甲高い笛の音が響く。
思わず手を止めてしまう2人。
「アナタたちー!!喧嘩はやめなさーい!!」
「「……は?」」
笛にも負けない、甲高いけどどこか可愛らしい声が響く。
ふと公園の入り口を見ると、一人の女性が走ってくるのが見えた。
水色のシャツと紺のネクタイ、紺のタイトスカートを着用し、特徴的な警察帽を被った女性。
紛れもなく婦警さんであった。
20代前半、恐らくは新人と思われる若い婦警さんは、黒のストレートな髪を揺らしながら、綺麗な前傾姿勢で真っ直ぐにこちらへと駆けてくる。
「この場は、この
ズサーっと、砂煙を上げて2人の間に割って入ってきた婦警。
突然の乱入者に、ぽかんとする真樹と大山。
「何が原因か知らないけど、喧嘩両成敗です!!
ここで止めないのなら、どっちも逮捕しますよ!!」
「はあぁっ!?」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってください!?」
いきなりの物言いに、思わず声をあげる真樹と大山。
職務に忠実どころか、あまりに一足飛びにこの場を収めようとしてくる神無月巡査。
修行中の身としてはいい迷惑である。
「えーっと、私達、修行中でして……」
「言い訳無用!!
こんな公共の場で殴り合いしてたら、近所迷惑でしょーが!!」
熱意溢れる婦警さんは、真樹の言葉を遮って警棒を突き付ける。
そのビシッとした指摘に、真樹も思わず口をつぐんでしまう。
そもそも滅多に人が来ない公園だから修行場所に選んでいたのだが、そんな言い訳を聞いてくれるようなタマでは無さそうだ。
それに、公園が公共の場所なのも事実。
婦警の主張自体は、ぐうの音も出ない正論である。
「……しょうがねぇ、引き上げようぜ」
一応は裏社会に属する身である。
警察沙汰になるのは避けたいと判断した大山は、すぐに撤退を決めた。
「……そうだね。失礼します」
真樹もぺこりとお辞儀をすると、そのまま公園を去ることを決めた。
「なっ、待つですよ!?」
せっかくの見せ場があっさり収束してしまうからか、ちゃんと事情聴取したいのか。
この場をあっさり去ろうとする真樹達へと手を伸ばす神無月。
掴みかかってきたその手を、真樹はひょいと避ける。
「むむっ、出来る!?」
「私達、これでも格闘家なんです。これからは特訓場所変えますね!」
「わりぃ、もうすぐ試合なんだわ!じゃあな!」
手短に自分達が殴り合ってた理由を説明し、その場をダッシュで去る真樹と大山。
覇氣を使ってのダッシュならば、一般の者にはまず追いつけまい。
階段をそのままひとっ飛びで降りると、そのまま公園から離れるのだった。
「なななっ、はやー!?こら、待つですよー!?」
神無月が声をあげる頃には、2人の姿は遠くへ行ってしまっていたのだった。
「なんか、面倒そうなオマワリが来るようになったな……」
「修行場所、考えなきゃね……」
公園から離れた真樹と大山は一息つく。
あの婦警は追ってきてはいないようだ。
警察から逃げるという行為に若干後ろめたさは感じたものの、ヴァルキリーゲームズに参加してる以上は警察に厄介になるなんて事態は避けたい。
これからは表社会での過ごし方も気をつけないといけないだろう。
それに、あの神無月という婦警。
正義感も熱意もありそうだったが、その分絡まれたら非常に面倒くさい気がするのだ。
彼女もしばらくはあの公園をマークするだろうし、お気に入りの修行場所はしばらく使えないだろう。
とりあえず梨花に、どこか他に修行に使える場所は無いか相談しようと決めたのだった。
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