2-6:敗者を見ていく理由
「いやはや、とんでもないガールが現れたもんだぜ!
さぁ、まずは賞金授与だ!」
「ありがとうございます」
熱狂が収まらない中、実況が封筒を手渡す。
勝者に対して支払われる賞金だ。
「金額もなかなかだぞ?
52万2800
うちのビギナークラスでなら過去最高額だぜ!」
高額賞金が売りであるヴァルキリーゲームズであっても、新米がいきなり高額を稼げるわけではない。
一般的には新米のデビュー戦でも2~3万、高くて5万がせいぜい。
ビギナークラスのうちに合計で10万を稼げれば良い方である。
選手の人気がそのまま賞金に直結するので、知名度が低い新人のうちに大金を稼げるのは稀だ。
しかし、真樹はその稀なチャンスを確かに掴んだのだ。
デビュー戦でも10万となったのに、今回はビギナークラスで最高額というミト・コロシアム始まって以来の快挙。
観客がどれだけ真樹という少女に賭けていたかが分かる。
元々純真な少女という印象が強く、熱気溢れる闘技場に現れた一輪の花という言葉が合う容姿。
男達が汚したくなる少女というイメージが、真樹の人気を押し上げていた。
更には綾の制裁の一件により、コロシアムの新米たちについての話題が広がっていた。
当然、そこで新米最高額の彼女の話題が上がらないはずがない。
いくつもの要因が重なって、今日の試合で大注目だった真樹は、ある意味で見事に期待を裏切り、ある意味では見事に期待に応えてみせた。
ライを一瞬で沈めたその実力は、裏の格闘大会に参加するだけはあると示した。
『普通には手を出せない女である』と、見事に示してみせたのだ。
「いやはや、期待の新人ってのはすげぇなぁ!
デビュー戦の最初でガチガチに緊張してた時からは想像できなかったぜ。
お前はこのヴァルキリーゲームズで、どこまで行く気だい?」
実況がマイクを向けて、真樹は一瞬顔をこわばらせる。
元々、スピーチだのパフォーマンスだのにはまったく縁が無かった身である。
まだまだ人に注目されるということに慣れていない。
だが、このくらいの注目で怯んではいられない。
人々の期待を打ち破っていかなくては、今後もここで戦っていけない。
そう考えた真樹は、少しだけ深呼吸をして、こう答えた。
「どこまでも、です。
これでも私は、チャンピオンを目指しています。
こんなところで止まれませんから」
「おおおっ、大きく出たなぁ!!」
その言葉に、実況が大袈裟に驚いてみせる。
このコロシアムは決して甘い場所ではない。
それが分かっていて、それでもなお高い目標を言葉に出来る者は少ない。
だからこそ、夢を語る若者というのは価値がある。
「だが、その強さも本物なのは見ての通りだ!
お前ら、これからの猫耳闘士の活躍に期待しようぜ!!」
原石を見つけたとばかりに、実況は真樹への期待を煽る。
その煽りに、観客達もわあああっと歓声を以て応える。
彼女の言葉は、まごうことなき本心。
本気で強くなりたい。
本気で、チャンピオン・瑠璃亜に勝ちたい。
短い言葉の中に確かな決意を感じたのか、観客達は驚き、そしてまた大きな期待を寄せることになる。
素朴な格闘少女の姿に、どれだけの力が秘められているのだろうか。
彼女はこのコロシアムの中で、どれだけ暴れてくれるのだろうか。
これからも、強く、カッコよく、そして美しい姿を見せつけてくれるのだろうか。
…そして、そんな彼女も、いつかは負ける日が来るのだろうか。
今日の試合によって、彼女はまた大きく注目を浴びることになるだろう。
間違いなく、今後の注目株だ。
大きな期待の目を向けられた真樹は、恭しく礼をしてから、封筒片手にリングを降りていくのだった。
「おつかれ~♪」
観客席の端の席は、すっかり真樹の定位置となっている。
そこへ来ることを見透かしていたように、梨花が隣の席に座っていた。
「いやー、もしやと思ったけど、やっぱり『
「やはり分かりますか」
「まーね。その細腕であの力なら、分かる人はすぐに分かると思うよ~」
真樹の力の源は、特殊な呼吸法にある。
『覇氣』と呼ばれる体内の力を全身に張り巡らせる闘法だ。
表社会には出てこないはずだが、梨花曰く結構な人が知っているという。
観客の中にも、知っている人はそこそこいるだろうとのことだった。
「今風に言うなら、『全集中!』みたいなものって言えば、大体の人に分かるだろうし~」
「確かに全力で集中してますけど……」
「あはは、真樹ちゃんなら木の呼吸って感じ?」
「???」
「ま、冗談はともかく、『覇氣使い』なら今後もじゅーぶん戦っていけるでしょーよ」
覇氣をどうやって習得したのか、いずれ詳しくインタビューしてやろうと考える梨花だったが、いったん話題を切り上げる。
「ところで……また見てくんだね~」
「えぇ、まぁ」
そう答えた真樹もまた、席に座ってリングを見る。
このヴァルキリーゲームズに参加すると決めた時から、彼女は一つ決めていたことがあった。
試合に勝ったら、相手のペナルティを見届けるということを。
敗れた者を見ていくのは失礼という意見もあるだろう。
ペナルティを受ける姿を対戦相手に見られたくないという人もいるだろうし、恥辱を受ける敗者を見ないのが勝者の礼儀と考える人もいるだろう。
実際、瑠璃亜などは勝利した後は相手のことを見ずに去っていく。
彼女なりの、敗者への気遣いかもしれない。
だが、真樹は違う。
試合が終わった後、必ず観客席に移り、ペナルティの様子を見ていくことに決めていた。
このペナルティが終わるまで、相手の試合はまだ終わっていない。
戦いを最後まで見届ける。
それが、彼女なりの戦士としての礼儀だった。
それに、真樹なりにも見届ける意味があると思っていた。
『敗者から、目をそらすな』
それが道場主だった父の教えだったからだ。
残心という言葉があるように、戦いに勝利しても驕り高ぶってはならない。
相手がいるからこそ、自分を高められることを忘れてはいけない。
ただ真樹は、それ以上の意味があると考えていた。
敗北を受け、屈辱に塗れた時、人は成長するチャンスである。
その瞬間を見逃してはならない。
舞台を降り、去っていくその瞬間まで、敗者から目を離してはいけない。
それは、明日の自分かもしれないのだから。
かつて、道場では当たり前のようにしていた。
手合わせをした同門生、道場破りに来た相手。
倒した相手が負けを認め、そして舞台を降りるまで、相手のことを見続ける。
それが、当たり前だと思っていたからだ。
だから真樹は、ペナルティからも目を逸らさない。
試合が終わってリングから降りた後も、必ず観客席でペナルティを見届けるようにしていた。
自分の試合はもちろんのこと、闘技場内の試合も出来るだけ見るようにはしている。
戦いはもちろんのこと、ペナルティの最後まで見届けるようにしているのだ。
恥辱を受ける姿は、明日の自分かもしれない。
その覚悟を再認識する意味もある。
散っていく
だがそれ以上に、これをきっかけに相手がどう変わるのかを見たい。
その上で、勝者としての自分はどうするべきなのか。
より強くなるためにはどうすればいいのか。
それを自問自答するいいきっかけになるのだ。
…決して、色欲に惹かれてるわけではない。
断じて。
ともかく、真樹は今回もペナルティを見届けようと、観客席に座ったのだが……
「ムッフォォォォ!!!」
野太い声を上げながら、ぶっくりとした女体をくねらせる。
芋虫を思わせるほど、ぶよんぶよんと肉揺れしながらクネクネと動くライの肉体。
なかなかにおぞましい光景である。
「うわぁ……」
この闘技場に来て以来、初めてリングから目を逸らしたくなった。
敗者はペナルティを受ける。
それはここでの絶対のルール。
当然、今は彼女が弄ばれる番なわけだが。
「あの人に、賭ける人いるの?」
何気に酷いことを言っているが、そう思わざるを得ない。
観客達も大半は、ペナルティも見ずにそそくさと観客席から立ち去ってしまっているのだ。
苦い顔をする真樹に対して、梨花がすっと解説する。
「世の中にはね、デブ専という人種もいるんだよー」
確かに肉感だけで言えば、弾力があって触り甲斐がありそうな身体だが……
「むっふぁああああん!!」
僅かな男達に触れられて叫ぶライ。
色気ある甘い声どころか、殺気溢れる獣の咆哮のような声がリングに響く。
獲物に対して男達が狩りしているかのような、そんな光景に見える。
だが、そんな狩りを楽しむ観客がいるのも確か。
……世間は広い。
自分の知らない世界が確かにある。
ならば、目を逸らすわけにはいかないだろう。
「……これも試練と思えば!」
「真面目だねー」
何事も修行に結びつけてしまう、根っからの武術家である真樹。
変な方向で生真面目さが出てしまう猫耳少女に、苦笑するしかない梨花であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます