1-7:最弱を演じる理由

夜遅くまでコロシアムに残った梨花は、残業を終えてようやく帰路に就いた。

地下道を通り抜け階段を上り終えると、静寂に包まれた夜の町に出る。

女性一人で歩くには少々心許ない、薄暗い裏路地。

アスファルトがところどころボロボロになっており、いかにもアウトローがたむろする道になっていた。


そんな道を歩く梨花の後ろから、2名ほどの男が近づいている。


「それで、アタシに何か用かな~?」


振り向くと、ガラの悪い男達が近づいてきた。

パツキンに染めた髪にサングラス。

タンクトップから見える筋肉はそこそこ鍛えてるっぽいのは伺える。


「いやいや、随分遅くまでいるなぁと思ってなぁ、ひひ」

「夜道は危ないぜ~くひひ」


…はー、またこういうのかー。

ため息を吐く梨花は、心底めんどくさそうな顔。


「ごめんねー、アタシは忙しいから」

「まぁそう言わずに~」

「俺らとも遊んでくれよ~」


そそくさとその場を去ろうとする梨花だが、男達は馴れ馴れしく梨花に近づく。

やれやれ、夜の遊びはもう十分楽しんだというのに。


確かこの男達は、今日の試合の観客席にいた男達だ。

見慣れない人達だから、もしかしたらヴァルキリーゲームズについて初見さんだったのかもしれない。

ペナルティの様相を見て、何か勘違いしているのだろう。

まったく、新しい人だからといって、マナーを知らないのはよろしくない。


「いやだってば~」


かよわい女の子っぽく、わざとらしく声を上げながら歩く速度を早める。

男達はしつこく付いてきた。

嫌な予感はしていたが、どうやらもう一仕事しないといけないらしい。


「いいから来なって、うおぉっっ!?」

「はいお触り入りましたー、粛清入りまーす♪」

「へ……ぶふぇっ!?」


業を煮やした男の一人が梨花の腕を掴んだ瞬間、男の方がくるりと宙を舞って投げ飛ばされた。

その動きに呆気に取られてる間に、梨花はもう一人に素早く顔面飛び蹴り。

男は彼女のスカートの中を見る間もなく、顔に足形がデカデカとつけられる。


「目が、目がぁぁ……」

「ぐっ……このアマ……!」

「はい、そういうのはいいからー」

「ごへぇあっ!?」


投げ飛ばされた男が起き上がり、梨花に殴りかかろうとする。

だが、梨花は一瞬で距離を詰め寄り、鳩尾に強烈な拳を叩き込んだ。

あっという間に沈んでしまう不良男。

実にあっけなく、梨花はこの場の勝者となった。


「最弱ならヤレると思った?」


腹を抑えてうずくまる男と、顔を抑えて転がる男に対し、悠々と見下ろす梨花。

小柄な彼女が、あまりにも大きな存在に映る。


「ごめんねー、これでも女戦士ヴァルキリーの端くれだからー。

試合以外でお触りするのはご法度なんだよね~」


2人に梨花が近づいてくる。

コツコツと歩み寄り、倒れる2人の顔を覗き込むようにして、言葉を放つ。

女戦士ヴァルキリーの身体に触れていいのは、ペナルティで高額を賭けた人だけ。

それ以外で女戦士ヴァルキリーに手を出すのは原則として禁止事項である。


「あれでもれっきとした、裏社会のゲームだからね~。

オイタをするお客さんは出禁になるどころか、裏社会の怖~い黒服オジサン達に、どこかに連れていかれちゃうからね」


にこりと笑ったまま、恐ろしいことを言う。

その顔はにこやかだが、得体の知れない迫力に満ちている。


「っていうか、コロシアムの外で女の子襲ったら、普通に犯罪だよ。

このまま警察に突き出してもいいんだぞ☆」


梨花はニコニコと第2案を提案するが、どちらにせよ襲撃者には絶望でしかない。


男達の態度は、明らかにナンパの域を超えていた。

もしもあのまま付いていったら、大変に変態なことをされていたかもしれない。


そんな男達を放置しては、この町の秩序が乱れる。

そうなると、こちらでも仕事に影響が出るのだ。


「こう見えてもね、この三都って町は性的犯罪率が低いんだー。

なんでかっていうとね、単純に少ないのはもちろんなんだけど~……

公に問題になる前に潰しちゃうからなんだよねー、犯人を♡」


だぁんっと、梨花が足元を踏みつけた。

アスファルトで舗装されているはずの道に、ヒビが入ったのを見てギョッとする男達。

そんな男達の顔を見ながら、ニッコリと、飛び切りの笑顔で言い放つ。



「キミらも、アタシの手に掛かっとく?」



「ひっ…」と男達が逃げ出そうとするが、すぐさま梨花は捕らえる。

2人の男と肩を組むような体勢だが、しっかりとホールドしており男達は振りほどけない。

ビビる男達の耳元で、梨花は囁く。


「キミらみたいな輩がいるとねー、アタシらも迷惑なんだー。

可愛い女の子とシたいってのは分かるけどねー。

万が一、何の関係もない女の子が襲われでもしたら、アタシらの仕事は成り立たなくなっちゃうから。

そういう輩の受け皿のための裏社会なのに、表に迷惑を掛けちゃったら本末転倒だからね~」


どんな業界にも秩序がある。

業界が上手く回るように、ルールやマナーというものが存在する。

それはヴァルキリーゲームズ界隈でも同じこと。


勝てば高額な賞金を得る代わりに、負けたらペナルティという淫らな罰ゲーム。

こんな裏社会のゲームが黙認されているのは、表社会に影響が出ないことが絶対条件。

もし表にはみ出しそうな輩がいるなら、始末をつけなくてはならない。

裏社会ならではの秩序を守るのも、運営のお仕事なのである。


結果的に、この三都では犯罪率が物凄く低くなっている。

裏社会を敵に回してはいけないという構図が既に出来上がっているのだ。


そして、梨花にはコロシアムの最弱キャラというイメージが付いている。

ひょっとしたら…と期待してしまう勘違い野郎が、時たま彼女に手を出そうと考える。

梨花は、こうした「表と裏の区別がつかない奴」の誘蛾灯にもなっているのだ。

しかも、正確には「最弱キャラ、ただし女戦士ヴァルキリーの中では」である。

こう見えて、並みの人間より遥かに武闘派な女性。

ただのチンピラ風情にやられるような、大人しい女性ではない。


勘違い男達も、ようやく理解する。

この女も、立派な裏社会の人間なのであると。

普通に手を出してはいけない女性なのだと。


「け・ど・ね♡」


ふいに梨花は男達を掴んだ手を緩める。

男達は困惑した表情で梨花を見た。

その顔は相変わらずにこやかだが、先程までの威圧感は無くなっている。


「初犯みたいだし、大目に見てあげる~。

アタシが欲しいなんて、いい趣味してるじゃんね~」


自分を「良い女」と見てくれたから許すという。

冗談なのか本気なのか分からない言葉に混乱しっぱなしの男達。

そんな呆然とした男達の唇に、とんと指を当てた。


「せっかくだから、ちょっとだけアタシを見せたげる」

「「え……」」


可愛らしい顔で迫る梨花。唇から顎へと指をずらす。

その動作に、男達も少しだけドキリとする。

だが……



とんっ……




次の瞬間、男達は仰向けに転がっていた。



「「あ、あれ……」」

「あはは、何か期待しちゃった?」


からからと笑いながら見下ろす梨花。

男達は何が起こったのか分からないまま、呆然と梨花を見上げる。

顎には微妙に痛みがあり、なんとなく顎を殴られたのだけは分かった。


もし第三者がいたら何があったか見えただろう。

梨花が男達の顎を指で撫でたと思ったら、次の瞬間に男達の顎をパンチで吹き飛ばしていた。

ゼロ距離で目にもとまらぬ速さで、ただしほんの少しだけ当たるように手加減をして。


顎チョンからのワンインチパンチ(超手加減バージョン)。

これだけでも、顎から首に力が伝わり、重心を崩して一瞬にして倒れ込んでしまったのだ。


「じゃ、アタシはこれで。

アタシをモノにしたかったら、今度はちゃんと試合でアタシにBETしてねー♪」


一仕事終えて満足したのか、梨花は軽く手を振って優雅に去っていく。

明るい笑顔のまま、楽しそうに帰路に就くのだった。


残された男達には、複雑な想いが去来する。

明確に手加減された悔しさや、圧倒的な実力差に対する恐れ。

だが、それらを打ち消すように魅了する笑顔。

そして、そんな「普通ではない女」に手を出せるかもしれない、ヴァルキリーゲームズという存在。


彼らの心に、強烈に突き刺さる出来事となったのであった。




後日。

梨花を襲った男達は、ミト・コロシアムに観客として出入りして、たびたび☆リリカ☆にBETする姿が見られた。

どうやら、☆リリカ☆とお近づきになりたくなった様子だ。

客席に増えるファンに、満足そうにする梨花。


アイドルはファン獲得のために、地道に活動をするものである。

試合だけでなく様々な活動をする中で、密かにファンを増やしていっているのであった。




「にしても、選手だけじゃなくて観客の方にも新しい人がいっぱい来るようになったねぇ~」


ここ最近は、選手だけでなく観客にも新顔が目立つ。

その分、先日のようにマナーを知らない客がちょっかいを出す可能性も出てくる。


「一応は社会からお目こぼしを貰ってる裏社会にいるんだって自覚あるのかな~。

なーんていうか、変な流れにならなきゃいいけど」


コロシアムの微妙な空気の変化。

それがどのように作用するかは、まだ分からない。


「ま、それは新人ちゃん達にも同じことが言えるけどね」


頭によぎるのは、真樹をはじめとする新米たち。

彼女たちの試練は、むしろこれからなのだ。


「せいぜい頑張って、楽しませてよね~」


呑気な独り言をつぶやきながら、今日も仕事を始めるのだった。


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