STAGE1:デビュー戦

1-1:コスチューム

精暦2020年、仁奔国二ホン

首都・桃郷トーキョーからはやや離れた地方都市・三都ミト

穏やかで自然豊かな大地と、人の集まる都会がほどよく融合した街。

表の世界では農業が豊かな街だと知られている。

近年は観光業にも力を入れているようだが、どうにもパッとしない印象は拭えないようだ。


だが、ひとたび裏社会を、とりわけヴァルキリーゲームズ界隈を覗いてみれば、今この街はひとつ大きな話題で溢れていることに気付くだろう。

この街を拠点とするミト・コロシアムには、現チャンプ・瑠璃亜が所属している。

彼女を一目見ようと密かに訪れる者は多い。


駅から少し離れた雑多なビル群。

そのうちの一角の地下に、ヴァルキリーゲームズのミト・コロシアムは存在している。

複雑な裏路地を通った先から入れる地下通路、その先に待ち構えるは欲望渦巻く地下闘技場。

今日も新たな獲物を迎えようとしていた。



デビューを間近に控えた若き女戦士ヴァルキリー・真樹は今、ひとつの問題に直面していた。

彼女がいるミト・コロシアムの関係者専用エリア。

その一室には、ズラリと並んだ衣装。


「これが、私のコスチューム……」


手渡されたのは、大きな襟のある白いシャツに紺のスカート、赤いスカーフ。

まごうことなき学生服、広く知られた言い方をすればセーラー服である。

それも夏服。


「いやー、定番だけどやっぱそれがしっくり来るかなぁ?」


衣裳部屋にいる小柄な女性、梨花リカはニコニコとしながら真樹を見ていた。

先ほどから部屋の中の衣装をあちこちと物色し、真樹のコスチュームに制服姿を提案した梨花のニコニコ顔に、真樹は困惑するのみである。


「あの……私、胴着があるんですけど」

「んー、胴着もいいけど、それは空手家ってのがもっとお客さんに周知されてからって感じかなー。

ま、若い子はとりあえず制服って相場は決まってるの。

みんな好きでしょ、女子校生って響きが」


真樹の実家は元々、小さな空手道場を営んでいた。

真樹自身も幼い頃から空手を叩き込まれており、自分も一端の空手家のつもりでいる。

このヴァルキリーゲームズに挑む際も、てっきり自分の胴着で挑むものだと思っていたのだが……


「うーん、けどこれだけだとやっぱ地味かなー。

制服じゃ胸もそこまで露出少ないし。

けど、真樹ちゃんはこう、ギャルってタイプじゃないじゃん?

道場娘だし、素朴で純真って感じだから、スカートがミニ過ぎてもなー」


梨花はお構いなしに真樹のコスチュームについてアレコレ思案している。


真樹の問題、それはコスチュームであった。

女戦士ヴァルキリーのデビューを飾るにあたって、第一印象はとても大事だ。

ここは観客を魅了する美しき女が主役の闘技場。

出来る限りの魅力を引き出し、一発で観客を虜にしなくては試合が盛り上がらない。

ただの胴着では色気もへったくれもないと却下されてしまったのだ。


「このヒラヒラなスカートのままで戦うんですか…」

「おいおい~、ヴァルキリーゲームズの試合を見たことないわけじゃないでしょー?

試合を見に来た観客が何を期待してるか、知らないわけじゃないでしょ?」

「う……それは」


未だ抵抗感を見せる真樹に、梨花はからからと笑いながらも鋭い指摘をする。


「ここは男どもに見られながら戦う、闇のゲーム。

お金を稼ぐにしろ、上のクラスを目指すにしろ、男達に『美味しそう』と思われるようにならないと。

真樹ちゃんは普通にしてても可愛いけど、それだけで喰いつくほど男は甘くないよ~」


ヴァルキリーゲームズは選手にクラスがあり、基本的には同じクラス同士で戦いがマッチングされる。


新米は経歴や実力を問わず、ビギナークラスからスタート。

チュートリアルを兼ねた練習試合をいくつかやって、そのあとノービスクラスに移動。

そこからが本番、というわけだ。


それからは、戦いの実力や観客が賭けた金額など、諸々を考慮してクラスを決める。

当然、クラスが高いほど賞金も高額になるし、戦いも実力者揃いになっていく。

クラスの変動は戦績を考慮して闘技場側が判断するが、前提として『稼げる』奴が上に行く。

でないと、闘技場の運営に支障をきたすからだ。


そして、ここでは『強く、美しい女』が上に行く。


ただ強いだけではない。

男どもが喜んでお金を差し出すような、そんな魅力を兼ね備えてないといけないのである。


「とはいえ、恥ずかしがって実力出せないままってのも勿体ないもんねー。

ブルマでも履いてみる?

なんならハチマキもつける?

ブルマとハチマキの女子校生ファイター……うーん、どっかから怒られそうな気がする。

真樹ちゃんも髪がショートカットだからなおさらね」


何の話をしているんだろう……と真樹が心中で考えている間にも、梨花は色々と部屋の中を物色する。


「真樹ちゃん素材はイイんだから、味付けは薄味が基本。

何かワンポイントになるものは……

あ、じゃあこれならどう?」


そういって差し出されたものは、猫耳カチューシャ。

確かにこれ自体は可愛いモノであるが、コレをつけて戦う自分というものに少し気恥ずかしさを覚える真樹であった。


「それとコレも。

最初だし、これを履くことを許そう!

ま、ホントに履くかどうかはキミの意思に任せるけどね」


そういって手渡されたのは、水色のラインが入った黒のスパッツだった。

これはこれで視線を集めそうな気もするが、スカートの中が丸見えのまま戦うよりはまだマシだろう。


「ほいほい、さっそく試着してみなよ。

サイズはすぐに合わせてあげるからさ!」


梨花の勢いに促されるままに、さっそく衣装へと着替えていく真樹。

コスチュームに変身する傍ら、真樹はずっと疑問を抱いていたのであった。




なんでデビュー戦の対戦相手である梨花が、衣装合わせを手伝ってくれてるんだろう、と。

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