第65話 痛いの痛いのとんでけ



 チクチクチクチク


 彩夢は有希哉の指を掴んで「おおっ」と何処か物珍しいものを見た時のような声をあげた。


「雅也さんって特に頑張らなくてもスーンとした顔で何でもこなすタイプの人だとばかり思ってましたけど……滅茶苦茶不器用だったんですね、ここまでくると才能ですよ」


「努力はしてんだけどね」


 雅也の指は小さな赤色が出来ていた。少々痛いがそんな様子を露見せずに絆創膏を探した。


「あ、絆創膏ならそこに救急箱用意しておいたので入ってるはずですよ」


「ん?準備が良いな」


 彩夢は半分くらいまで出来上がったぬいぐるみに自分の髪の毛を優しく入れながらポンポンと叩いた。


「未来さんから雅也さんが神(ゴッド)の(フィン)指(ガー)だと言うことはすでに聞いていましたからね。とはいえ本当は念のために用意していただけなんですよ。私もこの目で見るまで雅也さんにそんな才能があるだなんて正直半信半疑でしたから」


「結果は見ての通りだけどね」


 ペタペタと絆創膏を貼った後に無事な指で自分の頬をつついた。


「こいつったら細かいことは気にしない性分らしくってさ。僕の一部だって言うのに困ったやつだよ」


 彩夢の視線がしっとりとしたものになる。


「それは大変ですね……雅也さん、そこまで手先が不器用なら無理にぬいぐるみを作る必要なんてないんですよ。未来さんは片手間に終わらせたみたいですし頼んだらどうですか?適材適所ってやつですよ」


「………」


「どうしました?そんなちょっと驚いたみたいな……目ですね」


「いや、お前でもそう言うこと思うんだなって。ちょっとビックリってやつだよ」


 雅也はチクチクと痛い指を一瞬チラリと見た。


「まあ僕が死ぬほど不器用なことは間違いないよ。でもそれは言い出しっぺの僕がぬいぐるみの制作を放棄する理由にはならないでしょう。


 得手不得手ってのは間違いなくあるさ、でも時間が無限にあるうえリスクは僕の指に小さな穴が開く程度なんだから逃げるほどのこっちゃない」



 それっぽいことをなかなかの決め顔で口にした雅也ではあるがこれは彼の全てを完璧に吐露した物ではない。


 男のプライドとか自身の意志を貫き通したいとかそういう高尚な意志を持っているわけではない、彼はただただ単純に「ここで放り投げたら負けたような気がする……それはムカつく!!!」と静かに思っているだけなのである。


 その心底を見抜いたのかそれとも単に彩夢自身が持っている奇天烈な神経によるものなのか、楽し気に笑った。


「あはははは」


「何笑ってんだよ?」


「あ、すいません……つい一体どうして笑っちゃったんでしょうか……まあそれはそれとして今日は思わぬ収穫がありましたよ」


「ん?収穫って?」


「私と雅也さんはもう2年以上も一緒にいますけどまだまだ知らないことが沢山あるってことですよ。いやぁ……お互いの裸までばっちり見て、もう雅也さんのことはほくろの数まで把握しているとばかり思っていたんですけどとんだ思い上がりでしたね」

 彩夢は雅也のすぐ近くに顔を持っていき指で表情を作った。何とも珍妙で滑稽としか思えない顔だ。


「雅也さん、私がこんな顔も出来るって知ってましたか?」


「いんや」


「うふふ、私達お互いまだまだですね……でもだからこそワクワクしてきましたよ」


「……そうだな」


 目と目で会話した二人は同時に口を動かした。


「「これ以上何をしれるか楽しみだよ(ですよ)」」


 雅也は指から流れていた血を彩夢が髪の毛を入れたぬいぐるみに入れた。


「さて、もうひと頑張りするかね」


 プスッ


「痛いの痛いのとんでけーです」


「余計なお世話だ」



  

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