第55話 あたしは幽霊である


 雅也と目が合った何かは賽銭箱のふたなんてないと言わんばかりにふわりと浮かび上がり全身を外に出した。


「ありゃ?お兄ちゃんたちだ~れ?」


 そこにいたのはまだせいぜい10かそこらと思われる少女だった。身に着けている物はとても質素でボロボロだが問題はそこではない。


 半透明なのである。少女の身体は半透明なのである。


「あらら……本当にいたのかい……幽霊って」


「幽霊と言えば……まあ幽霊だと思うけどそんなハッキリ言う?初対面だよあたし」


「ああゴメン」


「そうですよ雅也さん、私達だって初対面の人にいきなり『生きてる人間?』とか言われたら少し不快になるでしょう……ったくもう。それにまだ質問に答えていませんよ」


 唖然とする未来を尻目につかつかと歩いてきた彩夢は幽霊に向かって仰々しく頭を下げた。


「お初にお目にかかります。私の名前は海瀬彩夢、そしてこちらの方が長谷雅也さん。そしてあちらにいるのが立花未来さんです。以後お見知りおきを」


「あ、うん。これはこれはご丁寧にありがとね」


 彩夢に対する態度がどこかぎこちなかった。幽霊である自分にたいして堂々としたふるまいをしているのが引っかかったのか、それとも幼いがゆえに緊張しているだけなのかは雅也には分からない。


(まあどっちでもいいことだね。そんなことよりマジでいたのか……改めて見ても信じがたいけど……まあいるもんは仕方ない。

 幽霊はいる、これが答えなんだ)


「それで、貴方はなんて言うんですか?」


「あたし?あたしはね」


 少女はフワフワと浮いたままくるりと回ると手をぺったんこな胸にあてて力強く喋った。


「あたしは幽霊である。名前はまだない」


「え?」


「いやさぁ、あたしって名前ないんだよね。いや、多分生まれた時は親かなんかが名前つけてくれたと思うよ。でもその記憶がないの。名前だけじゃなくって生前の記憶が一切合切。

 幽霊になったら誰でもそうなるのか、それともあたしは何かがあって記憶を無くしたまま死んじゃったのかそれはさっぱり分かんないんだよね」


「そうですか……それは何というか、お辛かったでしょうね」


「べっつにー記憶がないこと自体は全然だよ。最初っからないもんはないって開き直れるタイプの幽霊だからさあたし。そんなことより全然人が来ない方がよっぽどきつかったって。あたし地縛霊みたいだからこの神社から動けなかったんだよねぇ。だから暇で暇で。


 最近の人たちってジジババまで神社に参拝なんかするなってタイプになってんの?」


 彩夢は首を横に振る。


「いいえ。そう言うのではないんです。あの……どうやらまだ気づいていなかったようなのでお伝えしますけど。今現在、と言っていいのかは分かりませんがとにかく今世界は時間を刻むことをやめているんです。だからここに誰も来なかった、そういう訳なんですよ」


「え?でもあんたたちは」


 雅也が彩夢の肩を掴んで一歩前に出る。


「僕達はどういうわけかそんな世界でも動ける存在ってだけだよ」


 幽霊の少女は大きく大きく口を開いた後木々で覆われている空に向かって大きく叫んだ。




「うっそぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!!!!!!」

 

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