第20話 3人目との邂逅です

 時が止まった世界と言うのは本来機能しているはずの防犯設備がまったく作動していない何とも素敵な空間である。銀行の金庫の中に入っていくのも刑務所から囚人を脱走させるのも、本来子供が入ってはいけない場所にいくのも思うがままだ。


「へぇ、スナックって初めて来ましたけど思っていた以上に綺麗なんですね。ホテルみたいです」


 彩夢は一人っきりで近くにあったスナックに足を踏み入れていた。彼女の中のスナックとは酒と会話と健全なエロを楽しむための場所、そして時折生まれる大人のラブロマンスにキュンキュンする聖地なのである。


 健全なエロが産まれる場所には人を魅了するサキュバスが住んでいると彼女は信じている。


「どうしましょうか……いえ、やっぱり法律は遵守しておきましょう。雅也さんにバレて大目玉喰らうのも嫌ですし」


 持っていた酒瓶を適当な場所に置いて少し胸元をはだけさせているチーママと思われる気の強そうな女性をくるりと回りながら観察した。どうやら新人研修か新人いびりかをしていたらしく黒髪の若い女の子がバツの悪そうな顔をしている。


(なるほどなるほど、お二人とも水着よりも露出面積は少ないですけどこっちの方がそそるのかもしれませんね。ちょこっと覗き込めば乳首まで見えるかもって幻想を抱かせる見事な格好です)


「チラリズム……果たして雅也さんに通用するでしょうか?それに何よりこう言う所で遊んで本当に私は雅也さんのことを好きになれるのか……まあ取りあえずやってみましょう。そうと決まればお酒の代わりにジュースを用意しないと……」


 呟きながら外に飛び出た彩夢の肩に何かが走った。


(ん?)


 それは時が止まる前までは当たり前のように感じていたもの、そして時が止まってしまってからは雅也のものしか感じれなくなってしまったもの。


(視線?まさか雅也さんに見つかった?いえ、雅也さんはただ今絶賛お昼寝中、それに私を発見したなら声をかけない理由なんてありません。となると)


 胸の中に湧く高揚感と小さな困惑。とにかく視線の正体を突き止めようと彩夢は大きく手を振った。


「おおーい!!!誰かいるんですか!!!!???私は海瀬彩夢と申します!!!!!」


 だが返答はない。


「すいませーん!!!!いるなら返事をしてください!!!!!」


 やはり返答はなかった、気のせいだったのかなと唇をとんがらせて近場のスーパーに向かうことにする。


 と



 バンッ!!!!!!!!!!!!


 けたたましい轟音が彩夢の身体を突き抜けた。咄嗟に近くにあった電柱に身体を隠す。


「な?」


(発砲音?警察の方……いえ、この状況なら誰だってホルスターから拳銃をかっさらえますね……もう、こんな時でも最低限の法律は遵守してくださいよ)


 たった今自分が未成年お断りの店に入ったことを思い出して苦笑する。が、すぐさまそんなことをしている場合ではないと思いなおし慎重に音の発生源と思われる場所をみた。


(多分あの辺だと思うんですが……ダメですね、動いている人影は見えません)


 彩夢には多少だが拳銃の心得があった、その情報源が漫画というのは少々怖いような気がするがないよりはマシであろう。


(日本の警察が持っているのはニューナンブM60でしたっけ?まあとにかくリボルバー式で装填できるのは5発まで、今ので1発使ったとすると残り4発……それを全部使わせれば……はは、バカですか私は、予備の弾を持ってないはずがないですしそもそもどうやって無駄うちさせるんですか?飛び出して華麗に銃弾を避けるとでも?)


 彩夢は割と本気で肝を冷やしていた。能天気に生きてきた彼女からすれば銃なんて物騒なものは漫画の世界にしか登場しない魔法やドラゴンと同じようなものだったのだ。


(それに、警察にはライフルや爆弾だって保管されているはずです。大してこっちは丸腰で護身術の心得もありません……マジで戦闘なんてことになったら死は免れないでしょう。それは嫌です)


「あーあ、私が伝説の勇者の子孫だったら」


 バンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!


 先ほどよりも近くで発砲音がした。


「二発目……威嚇が目的か、それとも私を追い詰めて楽しんでいるのか。はたまたそんな意図は全く無いのか……」


 一瞬雅也のイタズラではないかと思ったがあまりにも荒唐無稽すぎたので即座に却下をする。


(雅也さんがこんな心臓に悪くおぞましいイタズラをするわけがありません。するなら最初に断ってからするはずです)


 彩夢がこれからするべきことは大きく分けて三つだった。


(一つ、この場から何とか逃げてして雅也さんと合流をする。ただし途中で見つかって撃たれる危険性ありです。

二つ、諦めて投降する。ただし投降したところで助かる保証はないし、助かったとして何をされるかも分かりません。

そして三つ)


「何もせず、様子を見る。圧倒的にアドバンテージを取ってるのはあちらなんですからアクションを起こすならあっちです。そして今の二発が威嚇だとすれば妙なことをしない私にわざわざ銃弾を向ける恐れは低い……が、相手の性格次第ですね結局。さて、どうしましょうか」


 冷たく味のない汗が彩夢の肢体を垂れ流れていった。


「ちょっとあなた!!!!」


 よく透き通る声が背中をつつく、ビシッと背筋が伸びた。


(女性の声です)


「いい?一回しか言わないからよーく聞きなさい!!!」


(来ましたねアクション……一体何をどうする気なのか)


 彩夢がこれまでで一番真剣に耳を傾けると、これまたとてもシリアスな声で内容が告げられた。




「あんたは男が好き!!!???それとも女が好き!!!!!????」


(…………ん?)


「答えてちょうだい!!!!!参考にするから!!!!!」


 張り詰めていた何かが徐々に緩んでいく。彩夢が予想していた内容とはあまりにもかけ離れすぎていたのだからしょうがない。


(もしかして……シリアスじゃないんですか!!?????よっしゃです!!!)



 大真面目にこんなことを思う女だからなおさらしょうがないだろう。


 そしてこれまた大真面目に脳みその中を探し回り間違いないであろう答えを見つけ出さんとする。


(うーん……そうですねぇ、私の経験とそこから導き出される性格から考えると多分)


 彩夢は喉が裂けんばかりに自分の魂を叫んだ。





「どっちもいけます!!!!!!人は顔でも性でもないですから!!!!!!!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る