時が止まった?まあ男と女がいれば何とかなるでしょう。少し珍しい男女の日常『最終目標は子孫を残すこと』

曇りの夜空

第1話 理性が生存本能を超越した者たち

 ある時世界は時を刻むことを止めた。


 空を羽ばたくツバメは一点を見つめ続け、地を這う虫たちはピクリとも動かず、人間たちはそれぞれの営みをしたままの状態で動きを停止させていた。


 全ての生命体は動くことをしなくなった。


 ビルの合間をすり抜けながら鼓膜を揺らしていた風はどこにもない、小さな波を打ち立てていた海は不気味なまでに静かに沈黙し、どこかの雲からこぼれ出ていた雨雪たちは空中で止まっていた。


 全ての自然がピタリと行動しなくなっていた。

 

 世界で生きる全てのものの時間が止まっていた。


 しかし


「えっと、君も生き残りってことでいいんだよね」

 大地震が起ころうと大怪獣がでてこようとあくびをしそうなほどマイペースな顔つきをしている少年はあっけらかんとそう言った。


「はい……初めて会えました」

 平均よりも少し身長が高く大人しそうだが遠慮を知らない声をしている少女は雅也のことを上から下まで遠慮なく見ながらそう答えた。


 たった二人だけ、時間が止まってしまった世界で動く者たちがいたのだ。


「僕の名前は長谷雅也。取りあえずよろしくね」


「私は海瀬彩夢です。こちらこそどうぞこれからよろしくお願いします」


 自分以外の全てが止まってしまったと理解して彷徨い続けた末に出会った二人の歳は偶然が必然か両人とも18歳。本来ならば受験勉強に精を出しているはずの高校三年生同士であった。


 お互いがお互い以外の全てのものを頼ることが出来ず、また自分たち以外の生存者を見つけることも出来ないまま1年も経てば最初に薄っすらとあったぎこちなく歪な壁はさっぱり取り払われお互いがお互いを信頼しすっかり何でも話せる仲に発展していた。


 そして同じようなタイミングで二人の間に同じ思いが生まれた。


(あれ?そういや考えたことなかったけどこのままいったら人類滅亡するんじゃない)

(もしかして私達が死んだら人類って終了ですか?ピリオドをうつかどうか決めるのって私達?)


 様々な艱難辛苦を乗り越えながらあまりにも特異な世界で順調に仲を深めていったこの二人、当然お互いを憎からず思っていたし何ならこれまでの人生で出会った誰よりも好意を抱いていた。そしてお互いそのことを言葉にこそ出さなかったが肌で感じ取っていた。


 そんな二人なのだから本来ならば種の生存本能に則ったとしても年頃の男女の本能に身を委ねたとしても次に生まれるべき思考は子供を産み育てるために絶対必要な行為をする、もしくはどう切り出そうかという類の物であろう。


 だがしかし


(やっばいなぁ、僕全然性欲湧いてきてないんだけど。彩夢って乳デカいのに、これやっぱり僕のせいだよね)


(不味いですね、私はまだ雅也さんをそういう意味では全然好きじゃないです。恋愛感情がありません)


 二人とも完全にどこまでも自分本位な理性が人間という種として当然に保有している本能を軽く超越していたのだ。彼らの思いは種の生存本能だとか男女の性的欲求を抑え込みあくまでも自分たちが納得して子孫を残そうというものだった。


 だが二人とも一応絶滅はヤバいだろうという危機感だけはあった、それはもう血塗れのナイフを持っていて狂気の瞳を宿した男を眼前にした人間くらいにはあった。だからこそ二人は同じことを思ったのである。


(よし、彩夢をもっともっと好きになろう!!!そんでもって性欲ドバドバ出してみせる!!!)


(頑張って雅也さんを愛してみせます!!!!!子供を作るのはそれからですね)


 この瞬間から雅也と彩夢のお互いを愛そうとする静かな戦いが始まった。


 地球から人類が消滅するか否かの瀬戸際にいるというのに何ともマイペースな二人なのである。

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