第2話 同じ趣味を共有したいです

 さんさんと照りつくはずの日光はその明るさだけを彼ら二人に提供してくれている。一応温かさも伝えているのだがもう二人は1ミリも変わらない温度に慣れてしまったのである。


「春で良かったですね。まあ少し暑いですけどこのくらいならどんとこいです」


「うん。夏か冬だったら永遠に終わらない寒暖にうんざりしてただろうからね」


 別に何かの目標があって歩いているわけではない、これはただ散歩だ。勿論あわよくば自分たち以外の生存者を見つけられたらいいなという下心は持っているがそれでもこれはただの散歩なのである。これまでも身体を動かしたくなった時によくやっていた散歩なのである。


 ただし今回からは、お互いの好きになれるポイントを見つけるため、というものが加わった散歩になったが。


「それで今日は聞きたいことがあるんですけどよろしいですか?」


「ん?何?」


 あまり行儀が良いことではないと自覚しながら彩夢は瞳に飛び込んできた男性に向けて指を伸ばした。性格には男性が着ていた美少女キャラがフリフリ衣装をまとっているTシャツに向けてだが。


「あのアニメ見たことがありますか?」


「えっと」


 突然の質問ではあったが一先ず頭をグルグルと回してみた。そしてようやく該当する記憶があることに気が付く。


「ああ、あるある……確か小1の頃うちの姉ちゃんと一緒によく見てたよ。もっともどんな内容だったかまでは憶えてないけど……あとタイトルも」


「タイトルは『魔法少女ですが昨日から海に転生しました』です」


 そんな名前だったっけ?と一瞬不思議に思ったがそう言われればそんな感じだったような気がする。


「へえ。どんな内容なの?」


 この時雅也は彩夢がこの話題を振ったのは単なる雑談に過ぎないと思っていた。時間が止まってからこれまで本当に色々な話をしてきたのであるが雑談と言うのはありがたいものでいくら掘っても尽きることがない。自分たちの過去に目をやっても将来に視線を移しても現実世界でキョロキョロしたとしても必ずそこに存在しているのである。


 時間が止まってしまったせいでスマホやゲーム機の充電が出来なくなってしまった現在、雅也と彩夢にとって読書や雑談はとんでもなく馴染み深いものへとなっていたのだ。


 だが、実は彩夢の狙いは単なる雑談ではなかった。雅也のことを恋愛対象として見るためにどうしても必要な確認をするための前段階なのである。


「どういう訳か海そのものとなってしまった魔法少女マリンが海を汚す露出度の高い水着を着た少年少女たちと戦うお色気バトル物です」


 彩夢はなるべく真顔でそう言った。心のどこかにほんの僅かながらに羞恥の念はあったがそれをグッとこらえたのである。


 普通の男性ならいわゆる萌えキャラばかりが出てくるようなアニメに対して嫌悪感を示すかもしくは無反応を貫き通すものである。本当はそう言うのが好きであったとしても妙なプライドを守るためにそのような反応をするのである。たとえ傍から見ればバレバレの下心があったとしてもバカな男たちはそうしてしまうのである。女子相手だとこれはより明確になる。


 彩夢は考えた。この一年間で雅也は人間的に特段の問題はなく人の心を理解出来る男であることは知っていた。そして優しく穏やかで事なかれ主義者であらゆることへの意欲が薄い草食系であることも理解していた。仮に彼が女の子の気持ちなど欠片も理解しようとしないガツガツ系の男であったならとうの昔に操を奪われていただろうからこれは間違いない。


 だからこの話題は雅也の性根を見てやろうという意図ではないし、まして恥も外聞もなく萌えキャラTシャツを着ている男性をせせら笑ってやろうというつもりはない。


「ふーん」


「どうですか?」


「何が?」


「こういうアニメとか漫画とかどう思いますか?」


 この話題を振ったのはもっと単純な理由。


「バトル物は大好きだよ。戦うのが男だとか女だとかそんなのはどうでもいい。お互いのプライドや守るべきものを守る為の熱いバトルだったらなお好き」


「いえ、私が聞きたいのはそう言うのじゃなくって」

 とても分かりやすく、人を好きになるためにもっともありふれた理由を探すため。


「敵の攻撃で女性の服が破れて肌を露出させたり、子宮の奥から出てくる類の羞恥のせいで顔を真っ赤にしながら必死に戦ったり、憎からず思っている男性が胸に飛び込んできてそのお顔を埋めたり、恥ずかしい決め台詞を言った晩にベッドの中で足をバタバタさせる美少女が活躍するのって好きですか?バトルとかそう言うの抜きに」


 彩夢は嫋やかに微笑んだ。


「私そういうの好物なんですよ。愛しているといって過言ではありません」


 共通の趣味から愛が生まれるのはよくあることなのである。


 雅也は彩夢のセリフにそんな意図があるなぞ露知らず至って何事もない様子で、女の子のカミングアウトにも動揺することなく答えた。


「好きでも嫌いでもないかな。ただそう言うのを前面に押し出しすぎてるアニメはあんまり好きくないね。あくまでもバトルや人間ドラマがメインであってほしいから、そう言うのは付加要素であってほしい」


 むっつりとした顔で唇をとんがらせた。


「ちぇ、です」

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