婚姻届

くにすらのに

第1話

「うわっ! これで13回目だよ」


 驚きのあまり思わず口に出てしまった。

 3か月くらい前から1週間に1冊のペースで読み始めたパーリー・ポッターシリーズの文庫版。


 幼稚園くらいの時に映画を見て、その原作をたまたま図書室で発見して以来またハマっている。

 大まかなストーリーは映画で知っているのに文字で読むと自分の中で想像がどんどん膨らんでいく。


 はっきり言ってしまえばブームだった世代ではない。

 だけど名作は名作であることに変わりはないと自分で読んで実感している。


 もはや隠れた名作になりつつあるパリポタシリーズの貸し出しカードにいつも見掛ける名前。


1年3組 谷合伊織


 なぜ13回目とわかるかと言えば、これから借りるのが13巻目だからだ。

 1巻を借りた時は当然なんとも思わない。それが2巻、3巻と続いて途絶えることなく13巻目。


 先に最後まで読み終えているのかと思い14巻の貸し出しカードを確認しようとしたらすっぽりと1冊だけ抜けていた。


「同じペースで読んでるのか。しかも1冊分だけ早い」


 会ったこともなければ競っているわけでもない。それなのに1年生風情に負けている気がしてちょっとだけ腹が立った。


「っと、こんな負の感情を抱いてる場合じゃない。パーリーみたいに楽しい気持ちでいないと」


 パーリー・ポッターは壮絶な幼い頃に両親を亡くし、その後も壮絶な運命に巻き込まれているのに常にパリピであり続ける強い精神の持ち主だ。

 その取り繕った明るさゆえに影が大きくなる時もあり、同年代であるパーリーが思い悩む姿には考えさせられることも多い。

 幼稚園の時は派手な魔法合戦に目が行っていたけど、高校生になってから原作に触れるとその細かい心理描写に魂を揺さぶられる。


「毎回この1年の下に名前を書くくらい、パーリーが体験してる苦難に比べれば小さい小さい」


 そう自分に言い聞かせて


 1年3組 谷合伊織

 2年4組 山尾真澄

 

 と、13回目となるお馴染みの貸し出しカードを作り上げた。




 あの日から7週間。ついに最終21巻の直前である20巻を借りる日が来た。

 貸し出しカードにはやはり谷合伊織の名前が記載されている。

 だけど1つだけ違うのは、21巻がまだ本棚に残っていること。


 もしかして先が気になってペースを上げて読んだのかな?


 そう思って中を確認すると、その貸し出しカードに谷合伊織の名前はない。


「もしかしてこれってチャンス……?」


 一気に2冊借りて21巻には先に自分の名前を残す?

 そうじゃない。

 谷合伊織に会うチャンスだ。


 学年は違えどパーリー・ポッターの原作を追い続けた者同士、友達になれるかもしれない。


 明日か明後日か、はたまた1週間後か。


 谷合伊織はきっとこの21巻を手に取る。

 そう確信して、週に1度の図書室通いを日課にすることにした。


 1日目、2日目、まだ焦るような時間じゃない。

 週に1冊のペースで読んでいたんだ、勝負は来週だ。


 だけど1週間経っても谷合伊織らしき人物はパーリー・ポッターの棚に現れない。


 先に借りて読んでやろうかとも思ったけど、棚にポツンと空があって目当ての本がないというのは可哀想だ。ここは先輩らしく譲ってあげよう。


 ただし、21巻にひっかけて21日だけだ。土日はしまっているから5日間のチャンスを谷合伊織は逃した。残りはあと16日。それまでに手に取らなかったら借りちゃうからな。


 ちなみに20巻はパーリーが闇堕ちしたところで終わっている。

 何があってもパリピだったパーリーがあんなに落ち込むなんて、映画では描写が省かれていたと思う。

 やはり好きな作品はちゃんと原作も読みべきだと感じた。


 映像化できないからこそ読者が想像の中で悲壮感漂うパーリーを思い描き、逆転する姿を夢見ることができる。


 ああ、早く読みたい! 谷合伊織よ早く借りて次に回してくれ。


 そんな願いは届かず、谷合伊織は20回のチャンスを逃してしまった。

 今日がラストチャンス。ギリギリまで待って現れなければ先に借りてしまおう。


 図書室が閉まるまであと5分。もう頃合いだ。

 結局、続きが気になって悶々とした1か月を過ごしただけになってしまった。

 もし偶然、谷合伊織に出会えたら文句の一つでも言ってやりたい気分だ。


 これまでのパーリーの冒険に想い馳せながら満を持して21巻に手を伸ばす。


「「あっ」」


 二つの声と手が重なった。


「「…………」」


 気まずさと、想像していた人物とかけ離れた存在に言葉を失う。


「山尾先輩……ですか?」


「えと、谷合伊織……くん?」


 伊織という名前から勝手に女の子だと思っていた同志は背の高い男子だった。

 映画版のパーリーと似たメガネを掛けているけどパリピの雰囲気はない。


「まさか女の先輩だったなんて。こういうの読む女子もいるんすね」


「悪かったわね。あんたこそいつもいつも私の一歩先を行って。1年生のくせに」


「読む順番に学年は関係ないじゃないですか。いやあ、でもまさか、俺の後を追ってるのが女の先輩とは思いませんでしたよ」


「ん? なんで私が後に借りてるって知ってるの?」


「次の巻を借りに来るといつも前の巻が抜けてて。気になって貸し出しカードを見たんです。そしたらいつも俺の名前の下に山尾先輩の名前があって」


「ははーん。それで最終21巻で山尾真澄の正体を探ろうとしたと」


元中もとちゅうに真澄っていう男友達がいたんで、完全に男子だと思ってました」


「それはお互い様ね。で、どっちがこれを借りる?」


 こうして会話をしている間もお互いに本から手を離していない。譲る意志がないことを行動で示していた。


「ずっと先に読んでた俺からじゃないですか」


「だけど21巻は先に借りなかった」


「それりゃあ先輩をおびき出すためですもん」


「それは私だって同じ」


「…………」


「…………」


 言い争いをしながらも本を掴み続ける状況は変わらない。まさに平行線。


「じゃあ一緒に借りるのはどうですか?」


「一緒に?」


「一行に二人分の名前を書くんです。もちろん慣例通り俺の名前が上ですけど」


「なにが慣例だよ」


 呆れたようなに私は言った。でも、一緒に借りるのも悪くない。

 同じパーリー・ポッターの原作を愛した者同士、21回目にしてこんなイレギュラーがあってもいい。


「なんだか婚姻届みたいすね」


「出会ったばっかの先輩になに言ってんだバカ」


 私の頭の中で活躍するパーリーみたいにカッコよくはないけど、こういうノリの軽さは嫌いじゃない。

 だって私は、パリピな魔法使い、パーリー・ポッターのファンなんだから。

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