最終章:さらば駄菓子屋探偵

第20話 泡沫の理想郷(ユートピア)

 AAO、会場東レストルーム――


 現実世界の潤羽水にAAOで創られたもう一人の潤羽水のこと、その研究内容を包み隠さずに伝えるべきか、否か。天音は珍しく自分の取るべき行動を迷っていた。


「真実は伝えるべきだろう」


 ストレリチアはベンチで頭を抱えていた天音に自販機のコーヒーの缶を投げ渡して反対を向くように隣に腰かけた。


「伝えるさ、伝えなきゃいけないことなんだ。隠し事や曲ったことが嫌いだからなあいつは……」

「ならついてこい。まずAAOこっちの潤羽水に会わせてやる」


 天音は缶を開けそのまま一気に喉に流し込み、真後ろにあったゴミ箱に投げ入れて「案内しろ」とだけ言って覚悟を決めた。


 ……


 そこの部屋だと言われ、天音は黒縁の分厚い扉の前に立ってキーを差し込んだ。1枚目の扉が横に動いて2枚目の扉が今度は縦に動いた。プシューッという機械音とともに噴出した白色の煙に視界を遮られた。ぼんやりと視界が戻った先には潤羽水が隅の方で積み木で遊んでいた。


「あ! 駄菓子屋のお兄ちゃんだ!」

「潤羽! 無事だったか!」


 そばに駆け寄り抱きしめると再び機械音が鳴り響いて2枚の扉が動き出してしまい、ストレリチアが必死に止めようとするも完全に分断された。


「おいっ!! 怪盗! どーなってんだこれは!」

「お兄ちゃん……これ、私……」


抱きしめていた潤羽水が少しずつ消えていく。


「噓……だろ……?」


 ドンドンと壁を叩く怪盗に反応できる余裕もなく、ただただ天音は目の前の消えていく潤羽水の光分子をかき集めるようにもがくも、跡形もなく消えてしまった。


「おそらく組織の誰かにバレたんだ。この部屋に入ったことで! 探偵! いいか、よく聞け。ボスは今現実世界に戻した潤羽水の脳のデータさえあれば他はどーでもいいと考える人……これを機にまずいことになるぞ……」

「……?」

「まずこのAAOワールド削除だ。俺やお前を消すためってのもあるが足跡を消すためってのがでかい。それとお前の仲間。ヤバいかもな」

「俺はまんまと閉じ込められたってわけだ、何もすることができない。真実を突き止めたのにこのままじゃ誰も助けられない……だが、この扉の向こうには管理者権限の若干味方の怪盗がいる」

「ハァ……」


 ストレリチアは少しにやけて小さなため息をついた。


「貸しだからな……これ。全部終わったらあの脳筋警部にもう追うのをやめろと伝えといてくれよ?」

「安心しろ、それが仮に通っても追うのはあいつだけじゃない。俺もいるんだ」

「へいへい。それで、何もすれば?」


 ……………………





現実世界、駄菓子屋――


 休日の昼。水が店内の掃き掃除をしているのを横目にだらだらとテレビのニュースを見ていた。


「燈火も掃除して! しないなら邪魔!」

「今日は休日、心の掃除をしているんだよ私は」

「毎日休日みたいなもんでしょ」

「っな! 何もしてない引きこもりみたいに言わないでよ!」

「……ほとんど何もしてない引きこもりでしょ」


『ニュース速報。今朝怪盗ストレリチアと思われる白とオレンジのマントに身を包んだ男がゲーム会社のデータ保管室に侵入したことが判明しました。現在、怪盗ストレリチアは上空を飛行中。警察が全力で追跡、確保に向けて動いているとのことです。』


「あっ千賀さん映ってる!」

「ほんとだ……朝っぱらからストレリチアもよくやりますわぁ」

「ん?」

「どーしたの燈火?」


 燈火は両手でテレビの横を掴んで画面を真剣に見ていると思ったら急に立ち上がって昨日と今日の新聞を一斉に広げる。


「私、水の言う通りいつも暇だからさ、怪盗ストレリチアのこと結構調べてたんだよね。どうゆう予告状が来るのかとか、どうゆう品を盗みに来るのかとか、いつも何時にやってくるのかとかさ、つまり傾向をある程度知ってるんだよ」

「今回はいつもと違うの?」

「何を盗んだのかが分からない……」

「ゲーム会社だからゲームとかじゃない?」

「それと一番変なことがある」

「何?」


 その言葉を聞いて確かにいつもと違う気がすると水も思うようになった。この時、まだ水と燈火はこれから起こる大きな事件にこのことが関係しているとは思いもよらなかった……。

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