飛躍 4話
アイク視点
2週間の休みの内、何度かローズから外出を進められエリス、侍女たちとのデートをセッティングされて何人かで一日を過ごすことを繰り返した。
残念ながらローズとマリアは商談予定が詰まり過ぎていて、街中をうろつく暇なんかなかったみたいだけど、その分夕食後の時間は二人が部屋に遊びに来ることが増えた。流石に二人きりというわけではないけどな。その辺はちゃんと線を引いてくれているようでホッとしていた。
考える事は全部三人に任せて、ただ言われたままに動くのも楽ではあるけど、事あるごとにコピーなども含めて俺の意思を確認してくれているあたり、色々と気を使わせてしまっているなと自覚はしている。
だから、皆の要望には出来る限り添えるようにしようと行動しているけど、完全に屋敷から外出もせず1日OFFでのんびり過ごす日も何日かとれた。こうして自室で横になっていると会社員時代の休日を思い出す。
あの頃はようやく取れた休日を無駄にしないように、休日前日には色々と予定を立てたりしたものだがな。目が覚めたら昼を過ぎていて結局一日洗濯と洗い物、余った時間でオタク趣味を満喫するくらいが関の山。
後は生活必需品の買い出しに出るくらいで、買い置きがまだある時は一日寝ていた事もあったなぁ。
朝食もとらずにベッドの上で昼過ぎに目を覚まして、不意にタバコを探している自分に気が付いて愕然とする。
この世界に生まれてきてから一度もタバコなんか吸った事無かったのに。ベッドの上に座ったまま天井を見上げているとふと涙がほおを伝っている事に気が付いた。
あぁ、俺は一瞬あの頃の自分に戻っていたんだな。最後に煙草をくわえたのはいつの頃だっただろうか。あれは確かぶっ倒れて入院している間に隠れて何回か吸ったのが最後だったはず。そうか、あれ以来吸っていなかったっけ。
ネットワークで煙草を買おうとして、その気をなくす。そう言えばもうタバコは吸わないって約束した記憶がある。
あれ?あれは誰と約束したんだっけかな。心筋梗塞で倒れてから、入院中に医者に止められたときはそんなこと言われても、そう簡単にやめられるもんじゃねぇよと反発していた記憶がある。
あれは……確か。
瞬間的にフラッシュバックで一人の女性の笑顔が頭に蘇ってきた。
あぁ、そうか。なんで彼女の事を忘れていたんだろう。俺の前の人生において最初で最後に惚れた女。戴帽式を済ませたばかりの白衣の天使。
「病院で煙草なんて駄目ですよ。」
「心筋梗塞で運ばれてきたんですから、もう煙草は止めなきゃ駄目ですよ。ちゃんと病気を治しましょうね。」
「だから駄目って言ってるでしょが!いいですか、これからは目を離しませんからね。」
「退院できたらご飯一緒にしてもいいって約束したでしょ?なら煙草を止めるのも約束してよね。」
「約束、守れなかったね。せっかく煙草やめてくれたのにね。ごめんね。」
魂が抜けた俺の身体に悲しそうに、寂しそうに話しかける彼女に俺は何で君が謝るんだよ。俺が、君のいう事をあんまり聞かなかった俺が悪かったんだって、届かない言葉を何度も話しかけていたの思い出した。
ははっ!そうか、そうだったな。確かにそんな事もあった。
生まれ変わりを経験して、色々とあって。そんな約束なんかすっかり忘れていたはずなんだけどな。ネットワークを利用して以前の生活をいくらでも再現できるようになってからも、タバコを吸おうなんて一度も頭に浮かばなかったのはこの約束が心のどこかに残っていたからなのかな。
まてよ。じゃぁ何で今朝は……もう昼過ぎだが、さっき俺は何故煙草を吸おうとしたんだろう。
煙草って単語自体頭から抜けていたんだけどな。昨日何かあったか?
昨日はいつもの三人と呑んでたけど特別な事なんかなかったと思うんだが。大抵三人の会話は聞き流しているからな。何かあったとしても耳に捉えている自信がない。
その日一日、頭を悩ませ続けたけど結局その日は何も頭に浮かばなかった。
そんなこんなをしている内に2週間などあっという間に過ぎ、明日は休暇明けで港に集合するという頃合い。いつものように俺を送り出す為に当番抜かして14人での飲み会が始まる。
ローズの乾杯の言葉で再び地獄の釜の蓋が開く。そしていつものように、普通の人間では急性アルコール中毒患者を量産するんじゃないかと言わんばかりのペースで空き缶や空き瓶を量産し始める彼女達。
……普段からストレスがたまりまくっているからこういう時に爆発するんだろうけど、なんか女子会に紛れ込んでしまった男一人という図式だよな、これ。
最初の乾杯の時点でウォッカを一気飲みしたエリス付きのフーシャが、エリスと呑み比べを始める。いや、いくら飲んでも一定以上のアルコールは分解されてしまうから、呑み比べなんてやろうと思っても出来ないんだけどな。
野暮な突込みはしないでいつものように見て見ぬふりを決め込む。その内にいつものように彼方此方で乱れ始めたり、ソファーに倒れこんでふにゃーとしてしまったり。
彼方では涙を流しながらお互い抱きしめ合って健闘をたたえ合っているエリスとフーシャがいたりする。
マリアがエリスを取られてちょっと不機嫌気味にエリスに倒れ掛かってみたり、ローズがそんなマリアを指さして笑っていたりしているのを眺めていたら不意にその単語が耳に入ってきた。
「んでお祖母ちゃん、赤丸っていうんだっけぇ?吸っていた煙草。別に私達に煙草の害はないんだし、遠慮することは無いと思うけど。こういう時に吸いたくなるんじゃないの?」
あぁ、思い出した。確かあの日の前日、三人で呑んだ時もそんな話を三人でしていたはず。
「別に今更吸いたいとは思いませんし……。ローズからも煙草はダメですよって言われましたから、別にいいですわ。」
「副流煙だっけ?ローズってさ、少しだけ煙草には厳しいよね。でもどうしても吸いたければ止めないって言ってたし。」
「煙草を嗜む女性をアイク様がどうとるかですわよね。アイク様自身お吸いになりませんから、わざわざ印象が悪くなるかもしれない行為を、しかも別に習慣になっているわけでもないのにやる必要性が見えませんわ。」
そうか。完全にあの日の三人の会話を思い出した。耳を滑って記憶になかったはずだけど、頭のどこかには記録されていたみたいだ。
確かあの時も、生前の喫煙についてマリアが聞いてきて、エリスがお酒をやめるまでは吸っていたという話をしたんだった。吸っていた量も1日に2~3本くらいだったらしいから、大した量ではなかったみたいだけどな。
それでローズにも話がいったが、同僚は良く吸っていたけど自分は煙草を覚える前に色々とあって結局一本も吸わないままだったと言っていた。
「看護婦さんってストレスたまるからか結構吸っている人多みたいですよね。」
エリスのそんな言葉にローズが何か考え事を始めてしまって、その後はエリスとマリアが煙草をネタにじゃれ合いながら飲んでいた。
ローズが煙草は身体に悪いから、吸わないで済むなら吸わない方がいいわよと二人に伝え、どうしても吸いたければ止めないけど、他の人を巻き込まないように吸ってね、と話していたな。
「どうしても吸いたいなら、吸ってもいいと思う。この身体なら問題ないんでしょうし。吸わせてあげられるなら吸わせてあげたいかな。」
煙草を止めていたはずのローズのこの言葉を聞いた時、止めてたんじゃなかったんかいって突込みがエリスとマリアから入っていたけど。
たしかその言葉を聞いた後からだった気がする。無意識に煙草を拒んでいた気持ちが解けたのは。
何となく、ローズの言葉があの日の彼女との約束を無効にしてくれたような、そんな気持ちにしてくれたのかもしれない。
まぁ、今更吸うつもりは無いけどな。前述のとおりこの身体はナノマシンのフォローを受けて自動で損傷を修復してくれたりはしない。普通の人間の許容量を過ぎた部分は自分でコントロールして修復してやらなくちゃいけない。
特に体が求めているわけでもない煙草を始める理由は、今の俺にはない。ただ、始めちゃいけない理由も今は無い気がした。
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