飛躍 2話

アイク視点


 訓練航海を終え母港に帰還した俺達は2週間の休暇をもらって各々帰るべき場所に戻っていった。俺も元兵長で現副船長補佐のレイツに声を掛けた後タラップを降りるといつものように三人が侍女と御者を数名連れて迎えに来てくれていた。




 「お疲れ様、アイク。そしてお帰りなさい。」




 ローズが最初に声を掛けてくれた後、皆が口々に俺を迎えてくれる。後ろからドーベルとマーカスの冷やかすような声が聞こえる。後ろ手に軽く手を払うようにふって応えると、用意してくれた馬車に乗り込み屋敷に戻る。




 訓練も航海も肉体的には大した負担ではないし、そもそも物理的な負担はこの身体にはあまり意味がない。だけど精神的には多少の負担があったのかもしれない。



 こうやってローズ達の元に帰る度に、この場所が、こいつらのいる所が自分の帰るところ。自分が生きる場所。そう自然に思えるようになってきた。




 「こうやってさ、海に出て結構経っているのに一切日焼けしないのよね、あんた。」




 ローズが疑問を呈してくるが、今更な話だ。お前さんたちも既に日焼けなどしない身体になっているはずなんだが、基本屋内に居る事が多い為か自覚がないみたいだな。



 その点を指摘してやると同じ馬車に乗り込んでいた侍女たちも一緒になってはしゃぎ始めた。以前なら、主達の会話に立ち入る事はしないし、話しかけられなければずっと黙っていた侍女たちも、ローズ達三人の意識改革の甲斐あってか他者の目の届かないところでは以前よりも砕けた態度を取るようになってきた。




 どういう理由かは俺にはわからんが、個人的にも好ましくは感じているから特に問題は無いだろう。




 「ねぇ、これで次に戦果を挙げたら、子爵様にお褒めの言葉をいただいて船長になる手順だけど、お偉いさんに関わる覚悟は出来た?」




 「あぁ、アモル子爵だっけ?ローズの親御さんに仕えているだけあって、貴族の中じゃまだましな部類らしいしな。



 本心は解らんが、屋敷の襲撃の際に駆け付けてくれたって話だろう?



 一度目は事が終わってからだけど、その後はルーフェスから警備兵も出してくれているからな。」




 「三度目の時なんか事前に情報をキャッチしたアモル子爵が自ら兵を率いて、容疑者が不審者の段階で捕縛していましたからね。



 その後はアイルグリスからも国内からも襲撃は止みましたし。」




 エリスの言葉の通り、最初の航海の際、二度の襲撃の後も何度か屋敷は襲撃を受けた。2度目の時の様な多数の兵を引き連れてからの正面から襲撃を掛けてくるという事はあの一度切りだったみたいだけどな。




 ルーフェスが守備を固めた事を国内の不穏分子もアイルグリスも認識したのだろう。その後は襲撃も止み、一見穏やかになったそうだ。ただ、屋敷周辺は今も彼方此方の諜報組織らしき者たちをチラホラと見かけるようだ。




 屋敷に出入りする商人達も増えた為か堂々とその商人に紛れ込んでくる奴もいるけど、今の所は好きにさせているとの事。




 まぁ、ローズ達としては襲撃のお代わりを待っている状況なのかもしれない。いつの間にか物騒な性格になっちまいやがって、とホロリとくるものがあるけど、すぐさま横目でじろりとローズ達ににらまれる。




 「アイクさん、声出てたから。」




 ……気が付かんかった。視線を逸らしてなかったことにする。




 そうこうしている間に屋敷に付き、俺は三週間ぶりに大浴場を独り占めにして船旅の垢を洗い流すことにした。







 夕食を終え、以前ならローズの部屋に集まって呑み始めるところだが、皆が広めの応接室の一つに集まり始める。警備室当直の者を抜かして俺とローズ達、侍女、御者合わせて14名。




 何回目の宴会の時だったか。この先、永くを生きていく者同士で各々役目の違いはあってもプライベートで垣根があると色々と不都合だとか言う理由で、せめて航海に出る前と返ってきた時くらいは身分を考えずに皆で盃を交わそうという事になった。




 どういう不都合かは教えてくれなかったが、この事が切欠で単なる主従の関係ではない、この屋敷に属する構成員の一人であるという意識が高まり、身内だけなら砕けた言葉遣いが出来るようになったらしい。




 全員が揃うとローズが無言で右手を出してくる。俺も無言でいつものようにエビ的なやつを渡してやると、次はマリアが今日のリクエストを出してくる。本日はカシスオレンジからスタートするらしい。三番目に呑みの大御所エリスが麦を所望して、その後はカオスだ。侍女や御者の皆が口々に自分が飲みたいもののリクエストを出してくる。



 最後に俺がいつもの銀色の缶をだし、各々の手に酒やジュースが渡ったらローズに視線が集中する。既にテーブルの上にはメイドたちがコックの作ってくれた酒の肴や摘みを並べてくれている。




 「じゃ、皆飲み物はそろったわね。



 えっとアイク、三週間の訓練航海お疲れさまでした。



 アイクが無事に航海を終えて帰ってきてくれた事と、この先手柄を立てて船長に昇進する前祝として、今日は強化された肉体の限界を超える勢いで、呑むわよ!



 乾杯!」




 「「「乾杯!」」」




 ローズが乾杯の音頭を取り、三週間ぶりに地獄の釜の蓋が開く。





 1時間もしないうちに宴会場はカオスで満たされ、地獄の光景があふれだした。



 いや、正直に言うと眼福な光景もそこかしこに見られてしまう為に、目を逸らした先にもあられもない姿があって目のやり場に困るのだが。




 ただ、乱れている彼女たち自身も別に俺を意識してやっているわけではないからか、俺も変に意識せずに済んでいる。ローズとマリアが何やら含み笑いをしているけど、あれは何なんだろう?




 令和時代の日本の飲みの席では見かける事が少なくなったアルハラがこの世界では普通に存在する。



 だが彼女たちは強化され、その気になれば即座に血中アルコールを分解することも出来る為に何の問題も起きずに、そこかしこで酒を進めて進められてを繰り返す結果、あっという間に出来上がってしまっている。




 そういう俺も酒を進められて、かなりのペースで呑んではいるが、俺はお前たちの様にナノマシンで強化されているわけではないから勘弁してもらいたいものだ。




 俺と彼女達の身体機能の強度や様々な生理機能の強化については、そもそも由来が違う為同じように判断されては少し困るのだが。



 まぁ基本的には外から見る分には大差は無いように見えるからな。




 もしかしたらローズも俺がナノマシン強化を受けていると誤解している可能性はあるけど、細かい部分を説明しても意味は無いから、聞かれたら応える程度の心構えでいる。




 ただ、そのせいか自分たちと同じペースで呑めると思われて、進められる酒の量が半端じゃない。適宜体内アルコール量の調節をしている為に身体が泥酔することは無いけどな。






 ローズ達と俺の違いは、ローズ達は魂と身体が揃って初めて生命活動ができる為、体の機能が低下すると活動が難しくなる。その為ナノマシンが血中アルコール量を監視して、一定の値を越えるとアルコールを毒と見なして分解を促進する。


俺の場合身体は言ってしまえば付属品とか楔の役目を果たす為の部品で本体が魂、アストラル体なので身体が機能を低下させても問題なく行動できるという事だな。




 ここで魂だとかアストラル体とかいう単語を使っているのはわかりやすく説明するためで実際はもっと別のモノらしいのだが俺自身がその辺はよくわかっておらんからな。



 ちょっとだけ勘弁させてもらう。




 俺自身は正確に言うと別物なんだが、簡単に分かりやすく言うと所謂精神生命体という括りになる。純粋な意味での精神生命体ならそもそも肉体を持たないし肉体の影響は基本的には受けないからな。



 精神生命体擬きの俺の物理的な身体が泥酔した状況で、脳を使った思考をした場合は思考が纏まらず泥酔の影響をもろに受けるが、アストラル本体で思考をしている場合はアルコールの影響を受けない。肉体の操縦も同じように脳でするかアストラルでするかで結果が変わってくる。




 一応彼女たちと同じように瞬時にアルコールの影響を排除することも出来るが、それをしなければこの身体は普通の人間より少しだけ酒に強い程度でしかない。



 適宜修復や調整もせずに彼女たちの酒量に付き合い続けていたら、中毒で身体が死んでしまっても可笑しくないのだ。




 ただ、俺の場合そうなっても問題無いことが特徴だ。俺が活動をする為には別にこの身体が生命体として機能している必要は無かったりする。有機体であれ無機体であれ、生物であろうがなかろうが楔として機能すれば問題がない。




 その上身体が生命活動を停止してしまっても活動を再開させる事が出来るし、この身が灰になり消え去ったとしても、土塊を材料に身体を再び作り出すことも可能だ。遺伝情報を記録してついでに健全時の肉体情報をロストしていなければ何度でも復活が可能だし、何体でも同時に活動することも可能だ。





 因みに俺は人格や思考の分割動作に関してぶきっちょなのか苦手でな。出来て5~6体が限度だけど、各物理端末の動作がぎこちなくなってしまうから、スムーズにというとギリギリ4体までが限界だな。



 他の諸先達らはこの手の技術に特に秀でているわけでもない御人でも数百体、数千体を軽く扱えるようで、得意なお方なら操作上限に達したことが無いというやつもいる。



 数億とか余裕とか?アホらしすぎて正直想像もできんな。





 大体、数千年から長くとも数万年単位で別の世界に転生することの多い俺たちにしてみれば、いつかは旅立ってしまう世界であるわけで、延々と一つの世界に注力するわけでもない。



 そこまで分割操作する必要性はないからある程度まで技術が上達したら、限界まで試すことはまずないらしい。俺は出来ても10人分くらいでいいや。あれ本当に面倒だし。




 必要により別の世界への転生を行う際には本体であるアストラル体が楔を手放してしまえば自然と魂の海、アストラル海に落ち込むことになり、次の世界へ移動する事が出来る。それ以外で死を迎える事は略ない。




 事実上の不死だな。





 ただ、いつかも説明した通り、経験の浅いカトラリーは本能的に生物としての身体に執着し拘る為に、基本的にはカトラリーになる前の生物の生活をなぞって生きていく。



 十分に経験を積んだカトラリーも特にきっかけがない限りは殆どがそれを続けていく。支障もないのに態々精神的負担を抱えて変えていく必要もないからな。




 と、まぁクドクドと細かいところまで説明しちまったけど、そういうわけで素の俺自身はこいつら程酒に強くは無い、のだが。こいつら俺が平気な顔をしているからか、一切の手加減が無い。



 一々アルコール量を調節すると気分よく飲めないからうっかりすると一気に限界に達することもある。ヤバイと気がついた時に調節してはいるけど、前述通り分割思考関係はそれほど得意ではない。




 既に精神内で分割してノンストップでネットゲームや読書等のオタク趣味に分けている上に色々と都合があって分割状況も限界状態だからか、気を抜くと色々と口が軽くなったり、行動がブレーキ効かなくなりそうで、やばいのだ。




 だから、パニャさん?急に後ろに寄り掛からないで。あ、いやローズさん?焼き餅焼いてくれるのはうれしいんですけど正面から堂々と抱き着かないでくださいますか。




 いつもなら動けなくなる俺の身体が素直になってしまっているせいか、それともバグっているのかいつの間にかローズの背中にまで腕を回してしまっている。




 キャーと黄色い歓声が部屋に響く。正面のローズは兎も角、後ろに回っていたパニャまで俺の顔を凝視している。




 「私、初めて見た!すっごい可愛い!!」




 「私も!えぇ、かっこいいっていうよりこんなに可愛いんだ……。」




 「ローズ様いいなぁ、抱きしめられちゃって!」




 「駄目よ!みんな内緒なんだから!でも可愛いわよね。」




 「あぁカメラを用意しておくんだったわ!」




 「駄目ですよ?証拠を残したら後でローズに怒られますよ?」




 俺に抱きしめられて顔を赤くしたローズが可愛かったのか皆が囃し立てて収拾がつかなくなる。



 反射的にローズの後ろに回した手を引っ込めるけどもう遅い。謎の盛り上がりが一段落着くまでは黄色い声の中所在なさげに酒を呷るしか俺にすることは無かった。





 あぁ、帰ってきた。これから先はこれが当たり前になるのかもしれないな。……でも疲れる。



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