アイルグリス
飛躍 1話
アイク視点
「右舷、監視を怠るな!」
比較的波が穏やかな内海をオールまで使用して戦闘速度で快走する4隻のガレー船擬き。オールの調子を合わせる為の太鼓が一番早いペースで鳴り響く。
「信号旗確認!左右に展開、標的船を包囲せよ。更に信号旗上がります、4番は切り上がり突っ込め!」
右舷を注視していたワッチから矢継ぎ早に報告が上がる。船長が間をおかず操船指示を出し、4番船である俺たちの船がそのまま風上に直進して標的船にラムを仕掛ける。
標的を務めている船も素直にこちらの攻撃を待っている訳もなく、包囲から逃れるように進路を変えてきたが、多勢に無勢、先手を打たれて行道をなくし、速度を落とした標的船をとらえる事に成功した。
とは言っても実戦じゃあるまいし実際に衝角を横っ腹にかますわけにはいかない。代わりに待機していた俺がターザン宜しく、すれ違いざまに標的船に勢いよく乗り込む。
その時点で旗艦と標的船からは状況終了の連絡旗が上がり、訓練が終了する。
船足を全く落とさずに最高速ですれ違い、狙い違わず敵船に乗り込む。難易度は高い上失敗したら装備を抱えたまま海の藻屑になりかねん。当然すれ違った後は自船には戻れないし後続はない。うまくいっても敵船の中で孤立する事になるわけだ。
恐れ知らずの海兵も好き好んで実戦でやる奴はいないが、既に俺は何度か実戦でやらかしている。
あの最初の海戦から時は経ち冬を過ぎ、春を迎えるころには更に4度の実戦を潜り抜け、6隻の海賊船の捕獲と3隻の撃破に成功した。
俺たちの艦隊のムッゼ提督もその功績を認められ指揮する船が二隻増えてご満悦らしい。
今回は新規配属された船を含めた基礎訓練と連携訓練の為の航行で全行程3週間を予定している。当然周辺海域の警備行動をしながら、だけどな。
かくいう俺はその全ての海戦でやり過ぎない程度に手柄を立て、現在は一時的にだがこの船の副長になっていた。
当初は船長にという話があったんだが、前にも言った通り船の指揮なぞ取った事は無いし、知識にも自信は無いから断った。
だけどムッゼ提督は諦めなかった。
「実際に船の指揮は場慣れした他の奴にやらせればいい、お前さんは得意な分野で功績を立てればいいのさ。
お前さんのその人間離れした戦闘力は見逃せねぇからな。何せあの戦場の幽鬼エイリークの生まれ変わりってぇ噂は、あちらさんにも広がっている。
どこの誰がたった一人で敵船に乗り込んで船を沈めちまえるってんだよ?お前さんのようなバケモンの様に強えぇやつが頭になれば、下の奴らも安心して死地に挑めるってもんだ。
自信が無いなら初っ端から頭張らんでもいい。暫くは引退間近の経験豊富な奴を船長にするからそいつの下で経験を積めばいいさ。」
そう言いくるめられて、いつの間にか次期船長内定という事になってしまった。
それにしても今だに撃沈3隻の事をネチネチと言いやがる。本来なら漕ぎ手を開放して拿捕する予定で単身乗り込んだんだけどな。
その、つい力加減を間違えてな。だが、3回とも撃沈させちまった後すぐに自船に戻って、ちゃんと別の船に乗り込んで皆殺し&拿捕に成功しているんだから、それほどネチネチ言わんでもいいと思うけどな。
因みにローズからはネットワークを通じて俺一人で結果的には6隻無力化しているわけだから、このくらいの出世はあっても可笑しくないと言われた。
あぁ、この前直接会ったのは2週間前だよな……。全く船乗りって奴は……。ま、それは今はいい。
既に内海で活動している船乗りたちにはノーマン公爵家の艦隊で戦場の幽鬼エイリークの生まれ変わりが暴れまわっているといううわさが流れているらしい。
それでも英雄に成るには足りないのかもな。
ただ一人で6隻の船を無力化すれば英雄と呼ばれることもあるかもしれないけど、大局的に見れば戦闘力に優れた兵隊でしかない。
これを何年も続けていれば英雄と呼ばれても可笑しくないかもな。
ローズが言うには英雄に成るには幾つか道筋があるらしい。長い年月をかけて国を守り続けた将ならば英雄と呼ぶに不足は無いだろう。大きな会戦で一騎駆けをし敵陣に飛び込んで敵将を屠れば英雄と呼ばれるかもしれない。
味方を救う為に身を捨て敵を攻撃して味方の撤退の時間を稼げればそれは英雄的行為と呼ばれるだろう。令和日本の時代ならこのパターンが多いかな。
もしくは敵国に攻められ亡国の瀬戸際にある国を守り切り、敵を撃ち滅ぼせば英雄に間違いないだろう。
ローズが狙っているのが最後のパターンらしく、今は状況を整えている最中との事だ。
ん……、たしか前に皆で呑んだ時に相手を暴発させるために必要な事を羅列していたな。途中で意味の解らん下ネタになったから半分聞き流していたけど。
欲望とメリット、利益。わかりやすい此方の隙、弱点。奴らだけが信じる事が出来る確実な成功の目算。先行きの不安。そしてそれらに恐怖が混じれば暴発する。
少しずつ奴らは経済的に追い詰められている。このまま座していれば国は衰退する。いずれランシスに飲み込まれるかもしれない。先手を打たなければならない。奴らが油断しているうちに、ルーフェスを攻略して現状を打破しなくてなならない。
そういうふうに持っていければ上々なんだとさ。
因みに俺がしょっぱなからやらかしたことに関しては、俺がやらかした事実よりも周りの連中の様子を詳しく聞かれた。周りの奴らがそれほど俺を恐れていない事と、アイク≠エイリークの図式が成り立っているらしいことを話すと、これからは気を付けてねと言われて終わった。
こちとら怒られるか頭を抱えられるかとちょっとドキドキしていたから肩透かしを食らった気分だけどな。
相手がアイルグリスなら初手は間違いなく大規模な海戦になるだろうし、それまでには最低でも一隻を指揮できる立場に成れていれば上等。可能なら提督になれれば文句なし、らしいけどな。
船長は、まぁ実際なれそうだけどな。そう簡単に提督とやらになれるとは思えん。そういうと、ある程度功績を立てて、ついでにアイクとして名前を売ってくれれば後はやりようはいくらでもあるわよと言われた。
ま、やりようがあるのなら後はローズに任せればいいか。
標的船の連中に一言断ってからロープを借りて近くまで寄ってきていた自分の船に飛び移る。目で新たに兵長になったマーカスを探して声を掛けた。
「おう、マーカス。やっぱり難しいだろ?あのタイミングじゃ。」
苦笑を浮かべたマーカスが返してくる。
「いやいやいや、無理に決まってんだろ?あのスピードですれ違いざまって、普通に自殺行為だよ。出来んのは旦那位だな。
真面目な話、あの戦法だとこちらの被害は少なくて済むけどよ、こっちでできる事は矢を浴びせるくらいしかねぇな。」
俺とマーカスの会話に新たに班長になったドーベルが割り込んでくる。
「いや、相手が複数いる場合はこっちを抑えようとしてくるでしょうから、そいつらの横っ腹にかましてやって切り込むって手もありますぜ?
うちはアイクの旦那一人で一つの船を食えますから。戦力は2隻分ですしね。」
「まぁ、旦那ばかり手柄を持っていっちまうのは詰まらねぇからな。ドーベルの言う通りこっち側に残る兵隊もうまく使ってやらねぇといけねぇ。」
マーカスがニヤリと笑い、後はまた打ち合わせしやしょうと言うと別の作業の為に船室に入っていく。
船長から指示が飛び、次の訓練に移ったようだ。俺は船長の元に急ぐ。形だけとは言ってもそのうち船長になっちまうからな。せめて形だけでも見て覚えておきたい。
「おぅアイクの旦那。お疲れさん。いつ見ても人間離れしてんなぁあんた。」
「たまたまこの手のアクロバットが得意だっただけだ。それよりもさっき風上に切り上げた時かなり前の時点で帆を畳んでいたけど、どの時点でそう判断できたのかが知りたい。
最初の形からだと、風上に切りあがる事になるとは思えなかったからな。標的船の動き次第で逆になる事もあり得ただろ?
あぁ、後ででいいから覚えておいてくれ。」
俺の言葉に好々爺然として笑う。
「あんまり気張りすぎんなよ、おめえさんは得意な事に集中してりゃそれでいいんだからよ」
と俺の肩を叩いた後、ま、後でなと約束してくれた。
……この爺さんにも死なれたくないな。
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