後の祭りのそれぞれに 2話

エリス視点


 いつもよりもかなり遅めの朝食をいつもと同じメンバーで、いつもよりもゆっくりと頂きながら、いつもの調子を取り戻すようにややぎこちなく会話を交わす。




 一応、食事中は会話をしないというこの世界で当たり前のように身に着けたマナーも今朝はどこかに置き忘れたようで、まるで以前の自分と今の自分が変わりがない事を確かめるように。




 多分同じような事が以前にも、侍女たちや御者達の間でも行われていたのでしょうね。そして今日も。




 以前の世界の道徳観をある程度引き摺っている私達は特にこちらの方面が決定的に弱い、筈なんですけど、これも精神が強化された結果なのか危惧していたほどにはダメージは少なくて済んでいるみたいね。



 今の身分から判断されたのか、それとも前世の経験からいたわるべきお年寄り扱いをされたのか。幸か不幸か私は今回実戦を経験することはありませんでしたけど、アイク様についていくと決めた以上、何れは乗り越えなくてはならない壁でしょう。



 今の内から心構えを積み重ねていかなくてはいけない。一度では足りないわよね。どうせなら常在戦場の心構えを、と思うだけなら簡単なんだけどね。




 「って事でね何かどっか引っかかったんだけど、何が引っかかっていたのかが今一わからなくてさ。」




 朝からあんまり喋らないローズの空気を塗り替えようとしているかのようにマリアが色々と話しかけている。けど、引っかかっている部分という所で私もマリアの話で何かを感じて、つい口に出る。




 「東、エンデリングかな。確か近衛騎士団の団長さんの実家が王国の東の伯爵家でしたから、その辺が引っかかったとかですかね。」




 その言葉にローズが反応する。




 「そうか、そうだったわね。エンデリングが西に兵力を集中できなくても王国側にエンデリングに協力する裏切り者が一定数いればその限りではないわよね。



 彼らが西側に張り付かせている騎士団2,000を中心に兵力を集めてそれに王国の東側の一部の貴族が協力すれば、対応が遅れたランシス側がどうなるかはわからないわ。



 軍事行動に必要な物資もエンデリング側が集積を始めてしまえば否応もなく王国側も警戒するけど、王国側の裏切り者が集積するのであればその限りでは無いものね。」




 「ここ数か月の国内の物流の動向を調べないといけないわね。状況によっては西側よりも東側の方で先にお祭りが始まる可能性があるか。」




 「国内の反体制派が何処まで考えているのかにもよりますけど、東側の動きをアイルグリスに伝えた場合どうなります?」




 その言葉にローズもマリアも黙り込む。




 「信用するかどうか、とかどこまでを望むかとかにもよりますけど、以前までのアイルグリスならそんな話には乗らなかったと思います。



 制海権を取るくらいなら兎も角、大量の兵を海越しに送り込んで上陸戦を行うなんてリスクも大きいですしリターンが見合いませんから。」





 「でも、その状況を私達が変えてしまった。」




 ローズの言葉に私は頷く。




 「ええ、多少のリスクを冒してでもルーフェスを潰せれば見合うリターンを得られるかもしれない。



 アイルグリスがエイリークの伝説を常識的な範囲で判断するのなら、エイリークや私達という個人に目をつけるんじゃなくてランシス、ルーフェスといったもっと大きな視点でこちらを分析して判断を下すでしょうね。」




 私達としてはルーフェスを見捨てるか東を見捨てるかの選択を迫られることになるかもしれない。




 「ま、事態がその通り進むかどうかはわからないけどね。その筋は物流の動きを調べてからでも遅くないわね。



 ただ、東側の貴族が半数とエンデリングが中核になった侵攻軍が合計6千としても、一息にランシス中央まで刺せるとは思えない。



 東西で同じタイミングで挟まれたとしてもアイクがいなくてもランシス王国の海軍は簡単に突破できない。戦力としては五分五分だし、攻め込まれる側としたらこちらが有利になるでしょうしね。どっちにせよ事が起こってから動いても十分に間に合うわ。」




 ローズが上を指さしながら笑う。今の今まで忘れていましたけれど、その気になれば飛空艇を使うという手もあるのよね、確か。衆目に触れることなく移動だけに使うのであれば問題は無いはず。





 「それにエンデリングが何処までランシスの反体制派を信じて行動を起こすかよね。100%信じ切って動くなら自分たちで物資の集積はしないで、通常の備蓄分だけで侵攻して来てもおかしくは無いでしょうけど、そこまでこちらを信じられるかしら。



 それにエンデリングがランシスを攻めるメリットは?ランシスは周辺国で唯一の友好国で、貿易上の重要なパートナーだし、お目当てと思われる鉄の出どころも恐らくはっきりと把握しているとは言い難い。



 反体制派が情報を流したとしても、「一商人から鉄の商材があふれ出てくる。」なんてそんな荒唐無稽な情報を証拠もなくまともに信じるようなことを帝国がするかしら?



 怪しい情報と信じられない味方、味方になるかどうかもわからない別大陸の国。それらを当てにして重要な貿易相手に喧嘩を売るほどエンデリングも切羽詰まっていないと思う。



 失敗したら四面楚歌確定な上に、鉄の輸入先にも困る事になる。当然後は続かないわよね。




 今のままじゃ弱いわね。このまま時間を掛ければ帝国が動く可能性はより高くなるとは思うけど、エンデリングとひと悶着起こしたいなら、もう少しこちら側からも煽ってあげなきゃ駄目だと思う。



 ただ、問題はこちらとしては海と陸、どっちが都合いいかよね。アイクも船でうまくいっているみたいだし、今の時点で彼を陸に上げるのもかわいそうな気がする。」





 「エンデリングが信じるか信じないかの点だけど、近衛騎士団の団長さん関係の貴族が王都の一件を切っ掛けに帝国と交渉するなら数か月のお付き合いだろうから、信頼関係なんてあって無きが如しだけど、反体制派が主体になって動いているなら、それなりに長いお付き合いがあるだろうから動いてもおかしくないわよね。」




 「それは無いと思うんですよね。我が国の反体制派は主に海の向こう側の国と仲がいいみたいで、東側には反体制派の貴族はほとんどいないんですよね。いくら友好国だとしても潜在的な敵国と国境を接している国にとっては、すぐ側にある危機ですから。」




 どこの家が反体制派の貴族だとかははっきりとわかっているわけではないですけど、王家が掴んでいる大まかな範囲では北方の放牧や鉱山が産業の主体になっているあたりに不穏分子が固まっているのではないかと睨んでいるみたい。



 ただ、明確な行動や証拠がないから今の所放置されているだけですけど、私たちの行動が彼らの活動を刺激してしまったとしたらエンデリングが動く可能性はゼロじゃない。ゼロじゃないけど。





 「まぁ、多分。動かないわね。目立つのも手柄を立てやすいのも陸戦だと思うんだけどね。万が一同時に動いた時は状況にもよるけど二者択一なら陸を取るべきね。



 ルーフェスは被害を受けるとは思うけど、後で何倍にもして返してやればいいわよ。



 どうであれ、東側の物流の調査とエンデリング方面の情報収集は怠れないわね。特に伯爵家の動向は気を配っていた方がいいかな。」




 心情的には半年以上過ごしたこの町の人たちを見捨てるのはちょっと思う所がありますけど、私達に出来る事は限度があるものね。




 直接私自身、かかわりが薄いからこんなにも薄情でいられるのか。それとも元から私はこういう女なのかちょっと不安になりますけど、深く考えるのをやめましょう。




 「それよりもさ、アイクが3~4日後には一度ルーフェスに戻ってくるって話聞いた?」




 「ええ、以前にアイク様のコピーの件を教えていただいてから毎日情報の確認は怠っていませんわ。」




 「アイクさんにお願いしたい事を纏めておかないとね。え、とその件でね、アイクさんが前に提案していたアンドロイドの執事さんとか戦闘に特化したメイドさんとか作ってもらった方がいいんじゃないかなって思うのよ。」




 マリアの提案にローズが少しだけ渋い顔をしましたがなにか少し考えているみたいで直ぐには反論してきません。



 「私はどちらでも良いんですけど、今でも戦力は過剰ですし、必要性は無いんじゃないかしら。」




 「いや、それがそうでもないわよお祖母ちゃん。最初にはっきりさせておくけどさ、私のオタク心がそれを求めているのは事実だと認めるわ。



 それを前提としてだけど、やっぱり私達が戦いに慣れるほど場数を踏めるとは思えないのよね。



 今回の様に稀に襲撃を受ける程度だと、結局その度に色々とやらかしちゃうだろうし、それは他の娘達も同じだと思う。



 今回の結果も、快勝ではあるけどある意味散々な結果だったしね。」




 「そう、よね。竹刀ならやり過ぎる事は無いと思っていたけど、あの結果だもんね。これじゃ私達もアイクの事をどうこう言えないわ。



 手加減もちゃんとできる戦闘可能な人員は確かに必要だけど、あの系列の技術って単なる道具を作るっていう単純な話じゃなくて、自我のある人格を一つ作るっていう事なのよね。



 その辺が、気が進まない理由かな。」




 そっか。私たちの都合で私たちの命令を何でも聞く自我を持った人形を作るって事になるのね。確かに気軽にできる事じゃないかも。




 「その通りだけどさ、でも産まれてくる側の立場になったら、生まれてこないより生まれてきて良かったって思えるように周りで支えてあげればいい事だと思うんだけど。」




 「そうね、でもそう思えるようになるまではもう少し時間が欲しいかな。」





 私よりもローズの方が優しい心を持っているわよね。私はそこまで深く考えなかったわ。マリアも少しバツが悪そうな顔をしていたけど、暫くして了承してくれたみたい。




 そんなこんなで久しぶりにゆっくりとした朝食を済ませて、またいつもの午後に備えて心の準備を始める。二人ともいつもの自分を取り戻すにはまだもう少しかかりそうね。




 私は特にやる事も無いし、せめてみんなの心が安らげるようにお菓子作りで腕を振るおうかな。




 アイク様が美味しいって言ってくれた豚の角煮も今から仕込んでおこう。ストレージに入れておけば駄目にならないし。


 あ、私のストレージの中身もアイク様なら直接いじれるんだっけ?ならアイク様のコピーに言付けを頼んでおいて、毎日色々と作ってストレージに入れておこうかしら。




 今日から私も少しだけ忙しくなりそうね。



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