貴方が帰るその日まで 9話
ローズ視点
「我が名はノーマン公爵家が嫡男、レイモンド・エル・ファラウディット・バルフォルムである。
この屋敷は代々ノーマン公爵家の隠居屋敷として当主に継がれていったものであるが、不当な方法で現在本来の所有者の手元に無い状況にある。
我は次期ノーマン公爵家の当主として、正当な権利を主張し、この屋敷の奪還をなすものである。
不当に屋敷を占拠せし者たちよ。自らの分を弁え神妙に縛に着くべし。
拒否するのなら我ら正当な権利の元、貴様らことごとく切り滅ぼしてくれる!」
なるほど。そう来たのね。公爵家の正当性で声を上げた場合、長子相続をこちらが主張したら言い返せなくなるから、本来当主の物である屋敷を返せと。その主張に自分が次期公爵家の跡取りだと主張を混ぜてきたか。
言われたまま何も言い返さないで蹴散らしてもいいけど、一応こういうのは様式美よね。
レイモンドよりも大きな声になるように、でも周囲の兵達の鼓膜を破らないようにある程度調整してこちらも言い返す。
「我が名はローゼリア・エル・ルーデリット・バルフォルム。ノーマン公爵家の嫡子にて、正当な次期ノーマン公爵である。
この屋敷は前ノーマン公爵家当主であるクローディア・エル・ルーンデルト・バルフォルムより次期公爵家当主である我に正式に譲り受けたものである。
弟であり、公爵家の継承者としても私の次席であるそなたに正当性をどうこう言われたくはないものだ。
我が愚弟に付き従うものに警告する。
そこの愚弟に何を吹き込まれたかは知らぬが、此度の争いは本来公爵家を継承できぬ立場である愚弟が我を亡き者にして公爵家を奪おうとする反乱行為である。
じきにアモル子爵も兵を整えこの屋敷に駆け付けるであろう。アモル子爵が今回の反乱行為に加担していないのは卿等が盛り場で声を掛けらえた事からも容易に推察できるであろう。
今この場で踵を返すのならば罪には問わん。だがひとたび刃を交えた後は容赦はせん。」
私の言葉にレイモンドは顔を真っ赤にして反論してくるがもうどうでも良い。
「お前を姉などと思ったことなど一度もないわ。今まで公爵家は私が相続することになっていたのだ。
お前が修道院でおとなしくしておれば面倒は無かったものの!
ええい!奴の話に耳を貸すな。例え長子に非ずとも男子が家を継ぐが世の理よ!奴をとらえるか殺せば褒美は思いのままだ。公爵家で厚く遇してもいい。
機会を掴め!名を上げろ!!子爵家の兵が来る前に決着をつけるぞ。
突撃!!」
あぁ、アイクと出会った日の事が頭をよぎる。あの時もレイモンドは状況を把握しないままに多数の敵へに向かって突撃を敢行したわよね。今はまだ兵力差があるからわからないではないけど、態々門を開いている意味を理解しているのかしら?
「迎え撃て!反乱者に好き勝手されるな!我らの背後には戦場の幽鬼の守護があるぞ!」
私の檄を受けて隊長が戦闘準備の合図をだす。にわかに緊張感が増してくる。
此方が待ち構える体制になっているにも関わらず、レイモンドの掛れの声に公爵家の兵力を中心に大開した門を勢い良く突っ込んでくる。この時点で何人かはレイモンドの部隊からこっそりと抜け出したようだけど、兵力の多寡に勝ち戦から抜け出すつもりは無いのか、殆どはレイモンドの反乱に加担するつもりのようね。
「放て!」
レイモンド含めて粗方門を超え庭に侵入してきた奴らのタイミングを見計らい、警備隊長の短い命令で一斉に40人の警備兵からボウガンの矢が放たれる。この世界にはこのボウガンの様に発達した射撃武器は存在しない。日本で扱われていたような長弓の原型の様なものと騎乗時に使用するような短弓が存在するだけだ。
彼らが無警戒で門の中側を半包囲している私たちの殺し間に入ってきたのは、こちらが弓を構えているようには見えなかったからでしょうね。かがり火がたかれていたとしても暗いしね。
あっという間に先頭集団含め20人前後が突撃してきた勢いのまま倒れ伏す。
「次、放て!」
2連射できるタイプのボウガンであるため続けての射撃が可能で、次の瞬間にさらに20人に少し足りない位のレイモンドの兵が倒れた。
初弾を叩き込んだ時点で既にマリア達は勢いよく左回りで迂回を始めている。
「隊長は持ち場を確保しつつ迎撃してて。私達はいくわよ!」
初めての実戦。初めての殺し合いを経験するこの場で、私と私付きの侍女たちのやるべきことはレイモンドの確保だ。本当ならマリアにダニエル達の救出をお願いして私が門もふさぐ予定だったんだけど、お間抜けなレイモンドのお陰でその手間が省けた。
周囲に公爵家相続の正当性をアピールするためにもこの場でレイモンドを打倒する意味は大きい。
舌戦では我こそが正当な後継者みたいなことを言ったけど、私が有利ってだけで本当の所どうなるかなんてわからないからね。
レイモンドがストレージの中に入ってしまえば、公爵家を継ぎたくても継げないでしょうし、数百年後になら外に出してやることも出来る。
あれでも私の弟であることは変わりないからさ、やっぱり殺すのはちょっとね。アイクに酷い女だと思われても嫌だし。
隊長と侍女たちに声を掛けた後、3人で突撃を敢行する。そのあたりは私もレイモンドの事をあんまり言えないかもしれないけど、目的を考えてもこの状況に至っては私のする事なんてその位しか思いつかない。
私達は不意に力の制御に失敗しても惨劇を引き起こさないように、14人各々に武器を持っている。
エリアは丈夫な直径5ミリのワイヤーの先に錘が括りつけられた金属の鞭もしくはワイヤー分銅と言えばいいのだろうか、それを振り回し既に何人かを戦闘不能に追い込んでいる。おおぅ、早速制御に失敗して、相手の手が肘辺りから千切れて吹き飛んでいる。
ナバは普通に長めの革製の鞭を使っているけど、さっきから空気を裂くえげつない音が何度も響いてその度に男共が吹き飛んでいる。
鞭で人間が吹き飛ぶ時点で最初からあまり力を制御するつもりが無いようにしか見えない。
そして私が中学生の時にほんの齧り程度に習ったことのある剣道の経験から竹刀を選択させてもらった。
これなら急所に突きを入れない限りそう簡単に死者が出る事もないでしょうし、力の制御に失敗して叩きつけたところで簡単に折れたりはしないはず。
現に今までの訓練で竹刀を駄目にしたことは無い。……一度しか。
本来なら後ろに下がるだろう私達が突撃を敢行した事でレイモンドは吃驚していたけど、それは相手の兵も同じようで一瞬戸惑いつつも突っ込んでくる。
「胴!」
すれ違いざまに胴に一発入れると、そのまま男は上下に分かれて吹き飛んでしまった。
はれ?なんで?
予想外の結果に混乱するけど、戦闘モードに入っているために思考速度も強化されている私が混乱していた時間は極僅かで、直ぐに混乱から立ち直り続けざまに正面から突っ込んできた男を右袈裟に切り捨てる。
そう、切り捨てた。
おや?
何やら竹刀が薄っすらと燐光を放っているように見える。これは一体何が起こっているのか理解するのは後回し。今私が持っているものは竹刀ではなく真剣だという風に意識を変える。
因みに私達14人、全員夕食くらいから水分は控えめにしていたし、早めにおトイレは済ませてある。そう何度も同じミスを繰り返すことは無いのよ。
心構えが出来ていたのもあるけどね。
「この化物が!!囲め、こいつを囲めー!槍で近づかせるな!」
公爵家のレイモンドの側近の一人が雇った兵が怯む前に大声で指示を出す。
敵ながらあいつ前線の指揮官としては優秀よね。自分も驚愕して数舜自失しただろうに直ぐに自分を取り戻して、兵を立て直した。
けど、私はそれに付き合うつもりは無い。いや、一瞬私も自失したけどね。
無言でレイモンドへの最短距離の方角にいる兵士の元まで一瞬で詰めて本来なら剣道では狙わない両足を竹刀で勢いよく払うと今度も彼の両足はどこかに吹き飛んで行ってしまう。
あれは止血が間に合わなければ無理ね。どこを狙っても結果が同じなら、切りやすい場所を狙っていく方がまだマシだと割り切る。ちゃんと割り切れているかどうかは、自信ない。
「お嬢様!足を止めてはなりません!」
エリアの叱責に再び再起動を果たした私はその後ただひたすらにレイモンドを目指して兵達を切り捨てる。
エリアとナバも私の進路を切り開くためにその武器のリーチを生かして敵を薙ぎ払い続ける。
「後ろは抑えたわよ。後は私達が後ろから包囲する感じで動くわね。」
マリアからの報告が入ったと同時に、エリスからも報告が入る。
「あいつらみんな逃げ腰になってマリアの方に向かっているわ。マリア、気を付けて。」
「了解よ!」
マリアが短く答えて、逃げ出し始めた敵兵との戦闘を開始した。
レイモンドのすぐ前に騎乗していた最側近の一人を馬毎下から切り上げる。馬はもちろんの事、側近も股間から左足辺りをパージして吹き飛ばされていった。
あれは、男の人なら文句なしの地獄よね?例え生き残れたとしても、その先の人生辛そうね。
「馬鹿な……。」
元々距離的にはそれほど離れていたわけではない。未だに馬の上で偉そうに指揮を執っていたレイモンドは異常が発生した時点から自失して動けなかったらしい。そのまま馬の上で、王宮でやらかした粗相をまた繰り返している。
彼から流れ出す液体に、馬が嫌そうに身じろぐけど振り放されるような事態には陥っていない。
これからレイモンドを拘束しなくちゃいけないんだけど、なんか。
嫌だな。
不意にエリアを見るけど、なんとなく目を逸らされてしまった。ナバも周囲の敵を警戒している風を装ってこちらを見ようとはしない。
諦めて騎乗のレイモンドに飛び掛かる。上手くバッチい所に触らないように、尚且つ出来るだけ致命傷を与えないように。
そう考えた私は、心の中で罪のない馬にごめんなさいを唱えてから馬の首だけを狙って切り落とす。
一瞬で絶命した馬が起こした痙攣にレイモンドは頭から地面に振り落とされて気を失った。
「公爵家への反乱を企んだレイモンド・エル・ファラウディット・バルフォルムはこの私、ローゼリア・エル・ルーデリット・バルフォルムが討ち取った!
これ以上の戦闘は無意味よ。おとなしく降伏するなら悪いようには扱わない。
直ぐに武器を捨てて地面に伏せよ!」
戦場に響いた私の勝利宣言に、ただでさえ思いもよらない負け戦の空気に怯えていたレイモンドの部隊は、周りの目を気にしながらそれでもあきらめたようにパラパラと数人づつ武器をほおり投げて地面に伏せ始める。
「警戒しつつ拘束しろ。」
短い警備隊長の命令に基本的には周囲を囲んで迎撃していた部隊とマリアと共に後方に移動した部隊が降伏した兵士たちの拘束を開始した。
どうやら、この短い戦闘の中でもこちらの兵に重傷者が出たようで、エリスの侍女も戦場を彼方此方動き回っているようね。
何人くらいやられたのか、後で確認しておかないとね。
短いため息をついてから私は下半身から色々なものを放出して気を失っているレイモンドをストレージ内に収納する。
これ、また外に出すの嫌だなぁ。ストレージ内の他の物品が臭くなったりしないかしら?と仕様を知っていればそんな可能性は無いのは解っているはずなのに、そんなことを考えていた。
一応、馬毎切り捨てたレイモンドの最側近もまだ息があったからストレージに格納しておく。
あぁ、そうか。エリスの事だから多分、まだ息のある敵兵も助けようとしているのかもしれない。だから彼女の侍女があんなに忙しそうなのかな。
その後も、ぼんやりと益体もない事を色々と考えていたけど、不意に我に返ってエリアとナバに伝える。どのみち敵兵を捕虜にするにしても確保しておく場所もないのだし、死体を自宅の庭にそのままにしておくのも嫌だしね。
「エリア、ナバ。悪いけどまだ息のある敵兵を見つけたら私の所に連れてきてくれない?後、捕虜を監禁する場所も無いし、そのあたりも全部ストレージに入れちゃうから。」
「了解しました。」
「えっと、何かあちら側で慈悲の一撃入れている人たちがいるから、そのあたりから止めてきますね。」
あぁ、家の兵隊たちが彼方此方で地面に倒れ伏している敵兵にとどめを刺して回っているのが見えた。流石に降伏して地面に伏せている奴らには何もしないみたいだけど。これは早く声を掛けないとまずいかも。でも大声で能力を晒すような行為は出来ないわよね。
よく見るとマリア達も敵味方問わず、重傷者をストレージに入れる作業に移っていたみたいで、私の行動が一番遅かったみたいね。
意外と、レイモンドの件がショックだったという事かな。心の中で呟いて私も自分で重傷者を探して動き始めた。
後になって冷静に考えれば……。
この判断。普通に間違っていたわよね。この後少ししたら子爵家の兵が来ることになっているのだから、彼らの死体はここに無くてはいけないし、降伏した兵士は彼らに引き渡した方が無難だったでしょうに。
完全にやらかしたわ。
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