貴方が帰るその日まで 6話
ローズ視点
その日もここ数日と変わらない一日の始まりだった。ただいつもならマリアとの商談にダニエルが出張ってくるのだけど、今日はいつもダニエルのお供をしている男と、ダニエルのまだ幼い息子がダニエルの名代としてマリアと顔合わせに来ていた。
私の方は鉄関係の商談にてんてこ舞いだったからそれを知ったのは午前中の商談が終わった後だったわ。
エンデリングの関係で前日の予想を大きく上回る大商いが続いて用意しておいた品だけでは午前中の商談の途中で尽きてしまう事が解った。何せ発注側納品、現金取引もしくは商品の買い取りで差し引きの清算だから、あわただしいのよね。
本来はこんなに忙しなく商品お受け取りや決済は行われないわ。個人が商店で物を買うわけではないのだから。
品物だって直ぐに揃うとは限らないし、万が一手元に現金が無いから商売ができないとなれば商機を失う事にもなるから、掛け売りが当たり前のように行われている。
まだ為替のような制度は無いみたいだからその辺が発展していくのはこれからという事ね。
慌てて商談の途中にエリスに、ネットワーク経由でメッセージを送って倉庫内への商品の補充と外の倉庫に納品された物品の全回収をお願いして、その間にも新しい商品の売り込みに対応していたら時間が過ぎるのなんかあっという間だった。
マリアの話だとダニエルの息子はまだ屋敷の中にお付きの男と残っていて私との面談を望んでいるという事で、一瞬焦った。
午前中の面談が始まったのが朝の7時少し過ぎで、ラーゼント商会の今日の予定は確か最初の方だったはずだから、少なくとも4時間以上待たせてしまっていることになる。
立場的に待たせても問題は無いけど、私個人としてはあまり気分のいいものではないから直ぐに会う事にしたわ。
応接室で待っていたダニエルの末の息子、ロラン君はまだ中学生くらいの年齢に見えるけど顔つきはもうしっかりしていて既に取引の現場で揉まれてきている一端の商人のように見えた。
簡単に挨拶を交わした後、このような形で私と面会をすることになったことに対しての不調法をお詫びしてくれて直ぐに本題に入った。
「レイモンド、様がルーフェスに来ています。おそらく現在も子爵様や父と面談中だと思いますが、あの方が望んでも昼食を一緒に取る事は無いでしょう。
彼が私共に持ってきたお話は私達にはとても荷が重いものになると思われます。
子爵様ももちろんですが私共に一番必要なものは信義と忠節だと心得ておりますれば、今まで一族から不忠者を出したことが無いのが自慢ですので。
父は我が兄達と運命を共にすることになるかもしれません。子爵様の先は見えませんがおそらく子爵様もレイモンド、様と食事を共にすることは無いでしょう。
かなりお急ぎの様子でしたので、今日あたりローズ様との旧交を温めにいらっしゃるかもしれません。お供の方は50人程いらっしゃいました。
もしかしたらこのルーフェスで人をお雇いになるかもしれませんが、それにわが父、兄や子爵様もお力になる事は出来ないと考えます。
万が一の場合はこのロランめがローズ様はじめアイク様、ノーマン公爵家の方々の為に働かせていただく事になると思います。
出来ますれば、本日いらっしゃる予定のレイモンド、様との面会の際にお傍に置いていただけると幸いなのですが。」
……、一度に彼が告げた内容に、直ぐに反応する事が出来なかった。
戦闘モードに入ったかのように思考が高速化しロランの言葉をかみ砕いていく。
弟がルーフェスに来た。子爵家とラーゼント商会を抑える為に話し合いの最中だけど、子爵様もダニエルも弟と手を組むつもりは無いって事よね。
弟が持ってきたお話は、私の殺害もしくは拉致。次点でエリスの拉致。ただ、最後の方にアイクと私と公爵家の為にという言葉が入っているわけだから、おそらく私がターゲット。その場合は拉致よりも殺害の可能性の方が高いわよね。
だからこそ子爵もダニエルも力を貸せない。直接的な言葉を使えないのはダニエルが公爵家を継いだ時の保険。
ロラン君のお父さんもお兄ちゃん達も見張られて動けない。子爵が殺される可能性は低いけど先はわからないって事よね。そして殺されたとしても子爵はレイモンドと手を組まない。
よほどレイモンドは興奮している、追い詰められているって事で間違いないと思う。
アイクが不在の今がチャンスって事ね。レイモンドがこの時点で王都からルーフェスに来る事が出来たって事は、かなり前からルーフェスの近くまで来ていたって事かしら。
襲撃は今日、人数は最低でも五十人前後。レイモンド自身が乗り込んでくる場合は最低でも51人は屋敷に乗り込んでくるって事になるわね。ルーフェスで人数を増やせても、ごろつきを何人雇えるか。
その辺はちょっと読めないけど、多くても2~30人雇えるかどうかって所かしら?その辺は自信無いや。
そして既にダニエルは自分と上の息子たちの命を諦めているって事になるわね。公爵家に対する忠誠と言うよりアイクに対しての恩返しかしら。
マリアがそんなことを言っていたわよね。
ただ、そうだとしてもこの時点で私は人として、彼らの主筋の者として逃げられなくなった。公爵家を継ぐつもりはとっくに無かったけど、レイモンドが公爵家を継ぐことになったら彼らに未来は無い。
彼らは自分の未来を諦めてレイモンドを択ばず私を選んだという事だから。
公爵家の後継者問題に巻き込まれてしかも私を選んだ。一応この時点でも両天秤と言う可能性は無くもないけど、その場合ロラン君が本日襲撃予定のこの屋敷にいる時点でラーゼント商会の未来は無いも同然よね。
ん、両天秤をかけているのはアモル子爵かな。ま、簡単に家をつぶすわけにはいかないもんね、貴族家は。
それはそれとして。
私が公爵家を継ぐことになったら、アイクに。
どう……思われるだろう。
彼が私に対して好意を持っていてくれるのは解っている。多分本人が望んでいるはずの英雄もハーレムも本当の意味で彼が望んでいるものではないことも解っている。
私にもマリアにもエリスにも。他の誰にも手を出さない理由は、一つじゃないわよね。女性になれていないとか女性が怖いとかそう言う理由もあるんだと思うけど、根本的な問題はそんなに単純な事じゃない。
もっと根深い、彼の地雷に関係する事情があると思うけど、それ以外に自分が言い出したハーレムって言葉を彼自身が受け入れられていない気がするのよね。
意外と彼はまじめな部分があって、女性と付き合うからには一対一でって考えが透けて見えるのよ。そう言いつつも男ならハーレムを云々言っているあたりはポーズなんだと思うけど、今更そう言われても私達は困るのよね。
此方としては既に最低でも14人まとめて嫁ぐ予定だし、1000年以上生きる事になった私達の旦那様が務まるのは同じくらい生きる事の出来るアイクだけだから。
自分が言い出したハーレムって言葉に後ろめたさを感じているのは確かだと思う。だからこそ私、た、ち、には手を出せない。
もしかしたらハーレムって言葉を女除けに使っていた可能性も無くはないわね。
そんな中で私が公爵家を継ぐことになれば、アイクは私をハーレム要員から外す可能性は高いわ。もっとローズに相応しい男がいるはずだなんて言っちゃってね。
ここは決断のしどころよ。今更アイクと離れるつもりは無いし、捨てられるなんてまっぴらごめんよ。だからと言って子爵は……まぁ、少し怪しいけど基本的には私を選んでくれているみたいだし、ダニエルはアイクへの恩返しなのかもしれないけど、私を選んで命を懸けてくれた。息子達まで巻き込んで!
見捨てる事なんてできない。
私が公爵家を継ぐ。そしてアイクも手に入れる。腹を決めなきゃローズ!
覚悟を決めるの、ローゼリア・エル・ルーデリット・バルフォルム!!
「そういう事でしたら喜んでロランさんがこの屋敷に滞在する許可をさせていただきますわ。当然お付きの方もね。
当ノーマン公爵家は次代に至ってもラーゼント商会の信義と忠節をこれからも頼りにさせていただきます。当然、当主ダニエルさんとも今後のお付き合いを続けていきたいと考えておりますし、そうなる為に協力を惜しみませんわ。
ついでに子爵家もね。」
最後に子爵家をつけ足して笑みを浮かべる。おそらくお付きの男は子爵家の息のかかったラーゼント商会内の人間、だと思うんだよね。この言葉が子爵の耳に入ったら、両天秤を掛けたことがばれたと気が付くはず。
あ、そうか、直接的な言葉を使わなかったのはレイモンドに対する言い訳だけど、直接的にはこのお付きに対する言い訳か。しばらくぬるま湯につかっていたせいか、少し頭までぬるくなっているみたいね。
私の返事と表情を見てロラン君はほっとしたような表情を浮かべた後すぐに顔を引き締めた。そして宜しくお願いしますと返事を返す。
お付きの男の人の顔が失敗したというような顔をしているけど、再び笑顔を見せてあげたら、苦笑を返してくれた。
さぁ、ここからが正念場よね。やらなきゃいけない事、成し遂げなきゃいけないことは山ほどあるわ。とりあえず目先の目標は、襲撃に対応する。ロラン君とダニエル一家を助けて、可能なら子爵家も助ける。
その次はそしてレイモンドを排除して公爵家を継ぐ。そしてアイクを手に入れる。小細工をする場面じゃないわよね。
まだ彼の地雷に触れるには材料もなければ、お互いの信頼感も足りていない。
だからこそ直球勝負。自分の偽らざる気持ちをアイクに伝える。返事を求めての事じゃない。傍に置いておいてほしい、私を手放さない手欲しいという気持ちを伝える。
その為に、貴方が帰るその日まで貴方が帰るこの場所を、貴方の築いた信頼の絆と共に守って見せるわ。
なんて意気込んだけど、直後に鳴ったお腹の虫がその場のシリアスな空気を一気に吹き飛ばしてしまったわ。
私のじゃないわよ?
顔が赤くなったロラン君はかわいかったから、まぁ許すけどね。こんなかわいい男の子を産みたいわね、なんて少し思ってしまって赤面してしまったわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます