悪役令嬢と俺 3
ローズ視点
第三印象なのかな、それともこれは第四?
多分、意外と彼は優しいのだという印象と意外と意地悪なところがあるという印象を受けたわ。
このまま何のアクションも取らなければ状況を進める事は出来ない。とか理性的に考えているつもりでも、自分の中に生まれた妄想に囚われて、思考がうまくまとまらない。冷静に考えれば、まず従順のふりをして相手の警戒心を解くことが先決だと思うのだけど。
男が新しくビールを開けようとしているのが目に入った時、とっさに解放を願う言葉が口をついて出た。
「ねぇ、貴方、この縄外してくださらない?逃げたり抵抗したりするつもりはありませんから。」
口にした瞬間、しまったと後悔した。もう少し様子を見てから行動すべきだったかもしれない。
「それは別に構わんが、万が一逃げたら悲惨なことになるぞ?」
「え、ええ、お約束いたしますわ。」
案の定、くぎを刺す一言が出て思わず小さく悲鳴が漏れた、けど意外と物分かりがいいのか、拘束を解くこと自体は否定されなかった。
その言葉の後、出来るだけ私に触れないようにだろう、おっかなびっくりにそろりそろりと私の手足を拘束していた縄を取り払ってくれた。とても人間が出来るような業ではない方法で、だけど。
なんだろう、普通人は手足を拘束できる丈夫な縄を、人差し指と親指で詰まんで押し切ったりすることはできないはずなんだけど。まるでゆですぎたうどんを摘まみ切るような感覚でブツリブツリとちぎり切って、縄を外してくれた。
こんな人との約束を破ってこの場で逃げたりしても、その未来は悲惨な目に合う事は想像に難くない。自分の手足が彼の怪力で引きちぎられる想像をしてしまい、少しの間縛られていた手足をさすって想像を打ち払う努力が必要だった。
ただ、カレーを目にした際の妄想はまだ私をとらえていて、自分の欲求を抑える事が出来ないでいる。悪夢が覚めれば、あの世界に帰れるかもしれない。
「そのドライ、私にも一本いただけないかしら。それともし余分にあるのならカレーライスも、いただけると嬉しいのですけれど。」
短い時間だけど、彼の事を少しは理解できたと思っている。おそらく、私に対する明確な害意は無いはず。彼の行動から目的が何なのか、この短時間で出来るだけ推測してみたけど現段階では、少なくとも私の命が目当てには思えない。
誰かの依頼で私の身を確保することが目的だとしたらここで縄を外してくれるだろうか。もちろんどのタイミングで逃げだしても捕まえる自信があるだけなのかもしれないけど。
性的に私の体が目当てだとしたら?その場合足の拘束は兎も角、手まで外す必要はないし、縛ったまま事に及べばいいだけの事。私が泣き叫ぼうと無視して、事が済めば後腐れなく殺せばいい。一歩人里を離れれば法秩序は及ばない。ここはそういう世界なのだから。
正直ここで一歩踏み込むのは怖いし、賭けだと思うけど。
肩に担がれている最中の事といい、気を失った私の下に敷かれていた高価な敷物の件といい。そして手足の拘束を解いてくれた。しかも私に触れないように優しく。私の目から見て取れる彼の本質には乱暴者の一面よりも優しさを強く感じる。
はたして私は賭けに勝った。彼は無言で彼の隣に確保してあったいくつかのビール缶から銀色のドライを私に手渡してくれた。いつも飲んでいた350ではなく500なのがちょっと不満だけどこの際は置いておこう。
少しだけ震える手で、十数年ぶりのプルタブに指をかけプシッと開栓したらもう止まらない。気が付いたらそのまま一気に半分くらい飲み干してしまっていた。聞こえないように小さく喉から洩れた炭酸を逃がす。出来るだけ音を立てないように。ケプッ。
残念ながら私の妄想が実現することは無かったけど、一瞬だけ私の心はあの頃に戻っていた。となりにあの人がいないのが不思議な気持ちにさせられる。ただ、不思議とこの一杯のビールが前世の残り香を少しずつ洗い流してくれている気がする。
ふと彼の方に目をやると無言のままレトルトのカレーとライスを湯煎してくれているのが目に入った。ビールを手渡された時に目礼をしたかどうか思い出せないけど、この時には忘れずに目礼して手元にあるビールに少し集中しながら飲む。
この時点で手にした材料をつかって、まずは彼を判断しなくては。
彼は少なくとも敵ではない。仮に立場的に敵であったとしても個人的な悪意はないと感じる。私と敵対する者に雇われた可能性はどうだろう。
現状を鑑みると、私の身は修道院への護送から逃れ、山賊然とした自警団の拘束からは逃れる事が出来ている。結果、私の身は少なくとも自称自警団に人質にされることも乱暴されることもなく、人買いに売られる未来もなくなったといっていい。
恐ろしい目には合ったけど、助けられたと判断できる状況よね。目撃者は放っておけない、の一言のせいで今一信用しきれないのだけれども。
状況を単純に判断するなら、彼は敵ではなく、敵対者に雇われた者でもない、と仮定できるわね。
それじゃ彼がいったい何者かという点に注目してみる。彼がエイリークなのかそうじゃないのかは一旦置いておいて。
少なくとも彼が純粋にこの世界だけの存在ではないことは確かだと思う。それはビールやレトルトカレーの一件でも明らかよね。ただ、小説や漫画、アニメにありがちないわゆるファンタジー要素の無いこの世界で、いったいどうやってこれらの品を手に入れたのか。
さっきも検討したけど、これらの品が何らかの理由でこの世界で作れらた可能性は、少なくともこの世界の言語が一切使われていない外部デザインで否定される。なぜこの世界で作られた品物に日本語やアルファベットが使われているのか。その必然性が思いつかない。
また、私が見聞きしているこの世界の技術力から考えても、こんな缶ビールなどを作ることは不可能だろう。そうすると彼の正体がなんとなくわかってくる。
今まで私はこの世界は魔法も魔物も存在しない非ファンタジー世界だと認識していたけど、既に私のように前世をもつ転生者が少なくとも2名存在している。
転生者が存在する以上、他にも転生者が存在する可能性は否定できないし、科学で説明できないファンタジー要素が転生以外にこの世界に存在しないとも言い切れない。
信じがたいけど、彼は私たち以外の転生者で、おそらくは特別な能力を持ってこの世界に生まれてきている。問題はどういうシチュエーションで転生してきているか。
私もマリアも、この世界に転生する際に前世で死んだときの記憶の次は今世で何らかのきっかけで記憶を取り戻して、その間の転生に関する記憶は存在しない。
物語にありがちな超常の存在に出会って話をしたり能力を授けられたりした記憶もない。
もし彼がそのような超常的な存在に出会って、特別な能力を授けられたのだとしたら、この手の中にある缶ビールの存在にも説明が付く。
ふと手の中のビールに思いをやると、いつも間にか飲み切っていることに気が付いた。まだカレーの湯煎が終わっていないところから考えると数分もかからずに500を飲み切ってしまったらしい。喉が渇いていたからだろう。
手にした空き缶をみて思考の波にのまれる。今この場に無い種類のビールを要求した場合、彼はどう対応するのだろう。そんなものは無いと突っぱねるのだろうか。それとも不思議な力で何処からかビールを取り出すのだろうか。
もしかしたら、特殊な力とは関係なく、何らかの奇跡で世界を超えて異次元漂流してきたビールとカレーを奇跡的に彼が手に入れ、何らかの偶然でそれらが加食物だと理解し、ただ消費しているだけの可能性もなくはない。
そんなことがあり得るのかどうかはさておき。
彼の言葉でその可能性は低いだろうことは予想できるけど。丁度私の好みはドライよりもエビ的なものと一番の方が好みだし。これは彼を判断するための材料を手に入れる策なのよ。と自分を納得させる。
「ねぇエビ的なものとか一番に絞ったりしたやつとかないの?どっちかっていうと私はそっちの方が好みなのよね。」
顔を顰めた彼に思わず身がすくみそうになったけど、彼の顔がまた燐光を放ち外側の顔が透けて顔が重なったように見えた。その中身の顔が苦笑をしているのが見て取れる。
なんだろう。外側の顔は大きいし、鼻が真ん丸でふっくらしていて見ようによっては20~30歳くらいのおじさんに見えるのだけれど、内側に透けて見える顔はまだ15歳くらいのあどけない少年に見える。顔立ちも随分と違って、上の顔が重なってよく判断できないけれど、かなりの美少年に見える。気がするのだけど。
気のせいか一瞬、動悸が激しくなる。
そんな私の様子に気が付かないまま無言で苦笑する彼は、黙って虚空に手をやり何もない空間に手を突っ込む。そうするとある境から手が空中に入り込んで見えなくなり、少ししたらそこからエビ的なものと一番のビールを取り出し私に差し出した。
まるで空中に目に見えない穴が開いてそこからビールを取り出したようだ。
これで確定した。少なくとも彼には私の前世の世界に準ずる知識があって、尚且つ常人ではありえない力を持っている。
そして推定だけど超常的存在に使途されている転生者である可能性が高まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます