第7話 思い出のスイーツ・その2

 ところかわって、こちらは我らがハンタマである。

 案の定、編集長から事件の解決を命ぜられたものだから、たまったものではない。

「怪盗赤ずきんちゃんが狙っている、この神さまのお菓子というものを、お前が先に食べてしまえばいいのだ!」

 などと、無理難題を仰せつかってしまった。

 確かに食べ物といえばハンタマの得意分野である。

 しかし意外や意外、お菓子については詳しくない。

 それというのも、ハンタマはおやつの時間に食事をしてしまうからである。

 例えば、10時のおやつに親子丼、3時のおやつにカツ丼といった具合だ。

「うーん、困ったなあ。神さまのお菓子と言われても、僕はプロ野球担当の記者であって、神さまもお菓子も詳しくないんだよなあ」

 と、片手で頭をかきむしりながら、もう片方の手でポテトチップスをバリバリ食べている。

 すると編集長がやってきた。

「バカもん。お前が今食べているのがお菓子でなくて、なんなのだ」

「は、これは食事の前の準備食事といいまして…」

「お前は一日何食食べれば気がすむんだ!それより神さまといえば、昨日横須賀レッドリボンズの赤藤幸三あかとうこうぞうが引退を発表したぞ。なんでウチの紙面にはそのことが載ってないんだ!?」

 と、他者のスポーツ新聞各紙を、ハンタマの前に叩きつけた。

 そこにはこう書いてあった。

『代打の神さま赤藤幸三、今シーズン限りで引退!』

「はあ、そうですか」

「はあ、そうですか、じゃないだろ!ウチのレッドリボンズ担当記者は何をやっておったんだ!」

 編集長の怒りが今にも爆発しそうだったので、ハンタマはそそくさと会社を出た。

 横須賀に向かう電車の中で、他のスポーツ新聞を広げて読む。

「ふうん、横須賀レッドリボンズに、代打の神さまなんて言われる選手がいるんだなあ」

 どうやらハンタマは野球も詳しくないらしい。

 それでよくスポーツ新聞の記者が務まるものだが、頼りないハンタマに変わって、作者が説明しておこう。

 赤藤幸三は、レッドリボンズに入団して以来、20年間ずっとプレーしているベテランバッターだ。

 入団してから一度もスタメンで出たことはないが、代打一筋で活躍してきたことから、ファンからは代打の神さまと呼ばれていた。

 その赤藤幸三が引退するという。

 ハンタマは思った。

 もしかして怪盗赤ずきんちゃんの言う、神さまのお菓子とは、この人に関係しているのではないかと。


「おいどんが赤藤でごわす。おぬしがハンタマさんきゃえ。ぬしの活躍はよう聞いとるけえの。馬之助を助けてくれたっちゃそうじゃん」

 ここは横須賀スカジアムである。

 この日は久しぶりに雨が止み、梅雨の合間の快晴であった。

 グラウンドでは、午後6時のプレイボールに備えて、選手たちがウォーミングアップに勤しんでいる。

 ロッカールームでは、赤藤幸三がハンタマの取材に答えてくれていた。

 粗野で朴訥としているが、人の良さそうな、角刈りの大男である。

 よく日に焼けた顔に刻まれた幾筋もの深い皺が、この男が厳しい世界で生き抜いてきた歴史を物語っていた。

 赤藤はどこの出身なのか、横須賀に出てきてから20年が経つというのに、訛りのきつい摩訶不思議な方言である。

「これきゃあも。プロ野球選手は仕事で日本全国を飛び回っちょっちょるで、いろんな地方の方言が混ざっちゃっとかばいだべさ」

 そういうものかと思いながらも、ハンタマは早速本題に入った。

 引退の話ではない。

 スポーツ新聞の記者をやりながら、今の今まで赤藤を知らなかったハンタマである。

 関心は専ら神さまのお菓子についてだ。赤藤が何か知っていないかと尋ねた。

「ほほう、神さまのお菓子だっぺや。まあ野球界で神さまっちゅっちゃったら、おいどんのだべんが、試合の前にはいつもこいつを食べちっとろうもんだば」

 そう言って赤藤は、大きなスーツケースを開いてみせた。

 その中には大量のチョコレートがぎっしり詰まっている。

「チョコレートは神さまの食べ物っちゅうてな、三千年以上も昔から、元気になる薬として食べられておっちょるんやて。ほいだで、おいどんも毎日、板チョコ8枚はバリバリ食うとりますけえのを。おいどんが代打の神さまと呼ばれるようになったぞなもしも、チョコレートのおかげだにずら」

 なるほど、と腑に落ちたハンタマである。

 これだ、これに違いない、と大量のチョコレートを眺めて考えた。

 そもそも怪盗赤ずきんちゃんは、赤いものしか狙わない。

 チョコレートの色は赤くはないが、中には赤い包み紙のものもある。

 代打だろうが何だろうが、赤藤幸三は紛れもなく神さまである。

「な、何するぞなもし!」

 ロッカールームに赤藤の慌てた声が響いた。

 なんとハンタマが、猛烈な勢いでスーツケースいっぱいの赤藤のチョコレートを食べはじめたのである。

 そうだ。編集長の言った通りだ。

 怪盗赤ずきんちゃんに取られる前に、自分が全部食べてしまえばいいのだ。

「離してください!僕は怪盗赤ずきんちゃんと戦っているんです!」

 大男の赤藤が全力で止めようとするが、食べ物を前にしたときのハンタマは、チーターよりも素早く、ライオンよりも力強い。

 スーツケースいっぱいのチョコレートは、あっという間にスーツケースいっぱいの紙くずと化した。

「ああ、こげなこと!」

 今日の試合、代打の出番はないかもしれない。


 戦果を報告しようと、ハンタマは意気揚々と編集部に戻った。

「編集長!僕はやりましたよ!見事に怪盗赤ずきんちゃんの鼻を明かしてやりました。神さまのお菓子は、全て僕の胃袋の中です」

 ところが褒められるかと思いきや、逆の結果が返ってきた。

「バカもん!横須賀レッドリボンズから、東赤スポーツの記者は出入り禁止を言い渡されたぞ!一体お前は何をやらかしたんだ!?」

「は、それでは、もう取材に行かなくてもいいんですね?嬉しいなあ」

 編集長の怒りは、ハンタマにはまったく響いていない。

 だが、兎にも角にも、怪盗赤ずきんちゃんの計画は阻止したわけである。

 ハンタマの活躍は翌日の東赤スポーツの一面にデカデカと載った。


********************


『怪盗赤ずきんちゃん敗れたり』

 某日、東赤スポーツの赤玉半太記者宛に犯行予告を送った世界的な大泥棒、怪盗赤ずきんちゃんであるが、またしてもハンタマの活躍により、その計画は失敗に終わった。

 神さまのお菓子を盗むという謎のメッセージも、名探偵ハンタマの手にかかれば赤子の手をひねるが如しである。

 神さまのお菓子が、横須賀レッドリボンズの代打の神さま、赤藤幸三のチョコレートであることを見抜き、スーツケースいっぱいのチョコレートを全て食べ尽くしたのだ。

 先日の赤井馬之助のホームランの件といい、なにかとレッドリボンズを妨害しようとする怪盗赤ずきんちゃんである。しかしそのような悪事は、レッドリボンズを愛する名探偵ハンタマが許しておかない。

 なお、今シーズン限りでの引退を発表していた赤藤幸三であるが、なんらかのショックにより、シーズン終了を待たずして引退することになった。


 追伸

 当面の間、東赤スポーツは、横須賀レッドリボンズの記事を掲載することをやめとします。


********************


 ところ変わって、ここは世界のどこか、怪盗赤ずきんちゃんの本部である。

 リーダーの赤ずきんを初めとするメンバーたちが、東赤スポーツのハンタマの記事を読んでいる。

「なーにが名探偵ハンタマだよ。あいつ調子に乗りやがって」

 狩人がさも不機嫌そうに、新聞をくちゃくちゃに丸めて投げ捨てた。

 さすがは凄腕のスナイパー、狙い過たず、ストンとゴミ箱に入った。

「フン、スーツケースいっぱいのチョコレートぐらい、僕の掃除機ロボットであっという間に吸い込んでみせるわ」

 マッドサイエンティストのオオカミも不機嫌そうに腕を組んだ。

「うふふ。ハンタマさん、大活躍ね。ここまではこちらの予定通りよ。これでハンタマさんは、横須賀スカジアムには来れなくなっちゃったわね。邪魔者もいなくなったことだし、そろそろ仕事に取り掛かるとしようかしら。怪盗赤ずきんちゃんがどれだけの力を持っているか、世間にまざまざと見せつけてあげるわ」

 と、赤ずきんは不敵な笑みを浮かべた。

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