赤ずきんちゃんに御用心

いもタルト

第1話 約束のホームラン・その1

 どえらいことが起きてしまった。

 怪盗赤ずきんちゃんが犯行予告を出したのだ。

 怪盗赤ずきんちゃんとは、今世間を騒がしている謎の大泥棒だ。

 リーダーの赤ずきんと呼ばれる女を中心に、狩人という凄腕のスナイパー、オオカミと呼ばれるマッドサイエンティスト、それに、おばあさんと呼ばれる、年齢・性別ともに不明の変装の達人からなる、四人組だ。

 一年ほど前に突如として現れ、世界各地のお宝を、見るも鮮やかな盗みの手口で奪ってきた。

 今や世界中の政府が、この怪盗赤ずきんちゃん対策に頭を悩ませているのだ。

 つい先日も、スペインの美術館から貴重な絵画が盗まれた。

 これはピカリンという有名な画家の、赤の時代と呼ばれる、赤い絵の具をふんだんに使って描かれた、一連の作品のうちの一つだ。

 このときもスペイン政府は事前に犯行予告を受け取っていて、厳重な警戒態勢を敷いていたにもかかわらず、あっさりとやられてしまった。

 その前はアメリカの博物館にあるレッドダイヤである。

 これは持つものに多大な幸運をもたらすという、世界最大の赤いダイヤモンドだ。

 ジョージ・イヌワシントンやアブラハム・キンカーンといった歴代のアメリカ大統領に受け継がれてきたこのダイヤは、アメリカの繁栄の象徴とされる。

 それが盗まれたことで、アメリカの没落は避けられないと言われている。

 その前などは、イギリスのサッカーチーム、ロマンチックスター・ユガイチャッタのユニフォームが、試合前に盗まれるという事件が起きた。

 イギリスカップ決勝戦にのぞむチームの赤いユニフォームが、試合当日に全て盗まれてしまって、ユガイチャッタは試合ができずに負けてしまったのである。

 このように、怪盗赤ずきんちゃんとは、世界を股にかけて犯行を繰り返す、恐るべき存在だ。

 各国の政府は怪盗赤ずきんちゃん対策を最優先事項として、全力を尽くしてその行方を追ってきたが、未だ足跡すらつかめていない。

 今も世界のどこかで、盗んできたお宝に囲まれながら、彼らは、いや彼女たちは、悠々と暮らしているのである。

 その怪盗赤ずきんちゃんが犯行予告を出した。

 よりにもよって、この日本で。


 ここは東京にある、東赤とうあかスポーツという、スポーツ新聞の編集部である。

 深夜遅い時間になりながらも、たくさんの記者たちが、明日の朝刊に間に合わせようと必死で記事を作っている。と、どこかから声が上がった。

「編集長!これを見てください。たった今、こんなファックスが届きました!」

「なになに?こ、これは!怪盗赤ずきんちゃんからの犯行予告ではないか!」


********************


 親愛なる日本の皆様へ

 うちらは怪盗赤ずきんちゃんなのよ

 だから新たなお宝をいただいちゃう

 そのお宝は、横須賀レッドリボンズの四番バッター、赤井馬之助あかいうまのすけのホームラン

 時は5月最終日曜日のナイトゲーム

 だってこの日しかないんだもん


********************


 途端にざわめき立つ編集部。それもそのはず、5月の最終日曜日といえば、もう一週間後に迫っている。

 その日の午後6時から、横須賀レッドリボンズは本拠地・横須賀スカジアムにて、東北ゴールドタイタンズと試合だ。

「これは大スクープだ。よし、今から明日の一面を変更する。みんな今日は徹夜だ!」

 と、編集長から鬼のような指示が飛んだ。

 ええーっと、みんな一斉に不満の声を上げる。

 それもそのはず、紙面はもうほとんど完成していたのだ。

 今から新しい記事を書かねばならないと思うと、げんなりする。

 だが、その中に一人平和そうにデスクに突っ伏していびきをかいている記者がいた。

 入社二年目の赤玉半太あかだまはんた記者である。

 この赤玉記者、背は低いのだが、半太という名前に似合わず、丸々と太っている。彼はどんなに仕事が忙しくても、一日八時間はきっかりと眠るのだ。

「おい、ハンタマ、起きんか!」

 編集長に一喝されて、ようやく眠い目をこすりながら顔を上げる。

 赤玉半太という名前から、ハンタマと呼ばれているが、ラーメンだったら替え玉12玉は軽い。

「怪盗赤ずきんちゃんから犯行予告が届いたのだ。どういうわけか我が社に。訳がわからんからハンタマ、お前をこの事件の担当にする。事態は一刻を争うぞ。早速今から取材開始だ!」

 なんて言われたものだから、たまったものではない。

「ええ?明日は大阪に出張のはずじゃなかったんですか!?」

 元々の予定では、大阪イエローオバチャンズ対、広島オコノミソースの試合を取材しに行くはずであった。

 ハンタマは大阪のうどんが食べられると思って楽しみにしていたのだ。

「ああ、お出汁がじゅわじゅわーっと染み込んだ揚げが乗った、きつねうどんが食べれると思っていたのに。とほほ」


 一方その頃、こちらは世界のどこか、怪盗赤ずきんちゃんの本部である。

「なあ、赤ずきんよ。今回の盗みはちいとばかし難しくないか?ルビーやダイヤを盗むんならまだしも、ホームランってのはどうやって盗むんだい?」

 自慢のライフルを磨きながら赤ずきんに問いかけたのは、凄腕のスナイパー・狩人である。

「大方、スタンドに入る前に奪い取ろうという計画でしょう。よろしい、僕がパパッと野球ロボットでも作ってしまおう」

 と、自作の野球盤で遊んでいるのは、マッドサイエンティストのオオカミだ。誰も野球盤の相手をしてくれる人はいないのだが、関係ないらしい。

「そもそも、その日に赤井馬之助がホームランを打てるかどうかはわからないぞ。一体なんだってその日を選んだんだ?」

 眼鏡をかけたサラリーマン風の男が口を開いた。変装の達人・おばあさんである。今はこんな格好だが、これがこの人物の本当の姿かどうかはわからない。

 すると、ズルルルルッと、ミートソースのスパゲッティをすする音が聞こえた。

 食べ方が下手くそなのか、口の周りが赤いソースでベトベトになっている。

 それもそのはず、スパゲッティはフォークに巻いて食べるもので、すするものではない。

 しかしこの女は、スパゲッティを食べるときはいつもすするのだ。しかもなぜかミーティングのときに必ず食べる。

「勘違いしないでちょうだい。私が欲しいものは赤いものだけよ」

 この女こそ、世界を股にかけて犯行を繰り返す怪盗赤ずきんちゃんのリーダー・赤ずきんである。

 一見すると小柄で華奢な若い女性に見える。原宿なんかを歩いていれば、アイドルにスカウトされても不思議ではないほどかわいらしい女の子だ。

 一体この女のどこに、全世界を震え上がらせる怪盗赤ずきんちゃんを率いる力があるのか。

「まあ、楽しみにしててよね。その試合、赤井馬之助は必ずホームランを打つわ。そしてそのホームランは、怪盗赤ずきんちゃんが頂いちゃうんだから」

 赤い舌を出して、口についたミートソースをペロリと舐めるのであった。

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