我が青春

著者;麦芽ん 





 堕ちる、墜ちる、落ちる。入って、回る、当たりか外れ。

 ここは女神の御座す場所。数多の点滅、光の神殿。一度女神が微笑めば、貢ぎの度合いで返礼大小。

 何かが起これば命がすり減る。この感覚を嫌でも覚える。

 覚えてないならソイツは御終い。正気と狂気の境界線。

 正気のままなら早くお帰り、ここは貴方の世界じゃない。

 狂気のままなら早くお戻り、貴方じゃ女神に出会えない。

 求められるは二重の精神、状況に応じた使い分け。これが出来なきゃ女神は見えない。

 もっとも


「あ、あぁぁ……」


 会えたとしても微笑まれるかは別の話。




「本日の戦利品、ポッキー一箱……。対価は諭吉二枚と……あー、何だっけ野口の上の女性。まぁいいや五千円也ィ……」


 世界は常に勝者と敗者に溢れている。それは役職であったり、貧富だったり……。そんな分類をされるなら俺は敗者の中でも更に敗者に違いない。

 見上げればでかでかと掲げられたパチ屋の看板。


『貴方達のおかげで懐があったかぁくなりました。今後とも御贔屓に、またのお越しをぉ』


 とでも言いたいのだろうか。胡麻をする手と共に満面の笑みを浮かべた太っちょの男が真ん中に描かれており、敗者の気持ちを逆撫でにしてくる。


『このクソ野郎、なめた面しやがって! そんなら勝つまでとことんやってやるよ!』


 こうなってはいけない。これ以上はライン越えだ。俺は人間、理性なき獣ではないのだ。生活費をぶち込むという最終ライン、この線引きを越えない強い理性こそが肝要。

 ふと気付く、店の前に佇む少年の私服姿に。明らかに中学生、大目に見て高校生くらいの背丈だ。その顔は何かしらの覚悟を決めた奴のそれである。それでいて若干の喜色を混じらせているようでもあった。


「おいおい正気か、パチ屋は18禁だってこと知らんのか……?」 


周知の事実だろうが、パチ屋に入っていいのは18から。店の窓にも張り紙があるから、知らなかったは筋が通らない。ま、それを守っているか一々チェックする奴などいないのが殆どの場合なのだが。

 目の前で今まさに犯罪? が行われようとしている訳であるが、俺にとっちゃ別にそれ自体はどうでもいい。信号無視を前にどうこう言う性分でもないのだから当然といえば当然だ。

 では何が気になったかといえばなんとなくだ。まるで以前楽しんだテーマパークへ入っていくような雰囲気の少年に興味を持ったのかもしれない。


 流石にすっからかんのまま、パチ屋に留まっていては追い出されたりするかもしれんと考えた俺は千円、千円だけなら捻出しても大丈夫だろうと生活費より引き出して店内へと戻ってきた。


「お、いたいた」


 件の少年はすぐに見つかった。店内入ってすぐの所。なんだろうか、見つかったら逃げられる場所でも選んでいるのか?

 それにしてもこの少年、ずぶの素人だというのが自称玄人の俺からしても丸わかりなのだ。特に打ち方が酷い。必要のない時でも回し続けている。容量いっぱいの水桶にひたすら水を注ぎ続けるような行為だ。

 の割に少年良く当たる。俺だったらここまでアタリに恵まれるのは年一あるかどうか、そんなレベルだ。羨ましい。やはり女神もピチピチの方が好みなのか。

 隣の席に居座り、横目で観察していたのだが少年はいつまでも打ち続けていた。折角の大勝分はとっくの昔に消え去り、突っ込んだ分の回収すら考えていないようにパチを打っている。

 誰か教えた奴はついてきてやれよと思わずにはいられなかった。

 手に入る筈であった大金はおろか、元手の金すら尽きかけようとしているにも関わらず、少年は楽しそうであった。浪費に快感を抱いているのでは、そう勘ぐるに十分な彼の姿に俺はつい横槍を入れてしまう。。


「あー、君。ちょっといいかな?」

「……? ぁ、僕、じゃなくて、えっと」

「落ち着け、別に俺はこの店の関係者でもないし、店員につきだそうとかそんな事も考えてない」

「はぁ、じゃあなんで僕に話しかけて……?」


 言葉に詰まる。こういう時、何と答えればいい?


『お前の台当たりすぎだろ、どこ見て選んでんの教えてください』


 違うそうじゃない。儲けたい欲丸出しの解答はBADだ。


「あ、もしかしてこの台、狙ってました? 」

「……? えっと、なんでそんな発想になるんだ」

「あぁぁ、す、すいません‼ 僕そんなつもりは全くなくて、ただ何も考えずに座っただけで、貴方の、あ、貴方ぉ、稼ぎ、をどう」


 まずい、これはまずい。突然騒ぎ出す客、嫌でも注目が集まってしまう。店員が気づけば勿論近づいてくる。そうなれば一発アウト、怖いお兄さんとの楽しい二者面談まっしぐら、下手すれば俺も一緒に三者面談コースかもしれない。

 咄嗟に少年の手を引いて店外へ飛び出す。とにかく店から離れることで頭が満杯だ。ひたすら走る。




 いつの間にか、駅前の繁華街から河川敷へと風景が一変していた。どこまで走ったんだろう。


「ぜーっ、はーっ。よう少年、大丈夫か?」

「は、はい。何とか」


 こっちは息切れしてるというのに、少年の方は少し疲れた程度の疲労にしか見えない。体育会系とは思えない体型の少年ですらこれなのだ。やっぱり若いって良いなぁ。


「ちょっと待ってろ。…………ほら」

「あリがとうございます」


 迷惑料という意味も込め、近くの自販機から適当にジュースを選んで少年に渡す。無駄な出費150円、ごめんな今月の俺。


「で、もう落ち着いただろうから訊くんだが、何であんなに取り乱したんだ?」

「えっと、実は以前、僕の座っていた台を狙ってた、俺の稼ぎを奪いやがってと絡まれたことがあって、ちょっと思い出して取り乱してしまったんです」

「はっ、そりゃ災難だったな。今日の感じを見る限りだとそういう絡まれ方、少なくないんじゃないか?」

「……まぁ、そうですね」

「そうだろうなぁ。少年、俺の見たところじゃ、君の打ち方は素人のそれだ。なのになぜ一人で店に来る」


 おそらく、いや確実に少年は誰かに連れ込まれてこの世界に足を踏み入れたタイプの人間だ。そいつがズブズブと沼に浸かっていくかどうかは個人の尺度によるところだ。

 が、基礎知識も頭に入っていない状態でこの欲望ひしめく伏魔殿に近寄るなど正気の沙汰とは思えない。


「実は僕、ほんの一月前に友人……といっても知り合いの方が近いような奴なんですけど、とにかくその子に誘われて初めてあそこの中に入ったんです」

「君の言い方からソイツとの付き合いは薄いように思えたんだが、なんで断らなかったんだ?」

「彼と僕とは幼馴染で、中学の時に連絡を取らなくなったんですけど、久しぶりに連絡が来て」

「そうして再会した友人は不良へとは変わり果て、君は金稼ぎの出汁に使われた、と」


 なんとも不幸な話だ。幼少の頃に育まれた穢れなき友情が欲望のために利用されるとは。さぞや苦しい心境であったに違いない。


「? そうなんですか?」

「え」

「え」


 この話の惜しむべき所は、多分裏切りを認知できなかった少年の過ぎた純真さにあるだろう。あるいは両者の友情がたかがこれしきの不義理程度で揺らぐことはなかったということだ。そういうことにしておこう。


「そ、それでそのときはどれくらい勝ったんだ?」

「勝つ……?」

「おいおい、それくらい分かるだろう? 何円突っ込んで、何円返ってきたんだ?」

「お金ってそこで使い切っておしまいなんじゃないんですか?」


 少年から告げられたその言葉は俺の心を深く抉る。天を仰がずにはいられなかった。なんだろう、本当に経験者?


「……その、友人と初めて行った日、当たり……て分かる? 少年の座ってる台がこう、ブワーッと光ったりするのが当たりって言うんだけどね。そんなのはなかったのかい?」

「彼と行った日はよく光ってましたね」

「で、光ると玉が増えるんだけど、それはどうしたのかな? 今日と同じみたいに全部なくなるまで打ったのかな?」

「あの日ですか? でしたら途中で彼に止められて、なんか溜まってたらしい分をどこかにもっていってくれました」

「Oh」


 嗚呼、女神よ。どうして貴方はこの少年を愛してしまったのですか。彼は貴方の寵愛を全く感じておりません、金銀財宝は使い道を知らず、近所のドブ川に投げ捨てるが同然の行為が平然と為されております。


「少年、悪いことは言わん。すぐにその友人に見切りをつけた方が良いと思うぞ」

「でも」

「ヤツは君を醜い欲望のために利用した。そうやって利用する・される関係を友情と君は言うのか?」

「でも僕、彼のおかげでパチに出会えたんです。それだけで十分です。金がどうとかはよく分からないので放っておきます!」


 おいおい、コイツ狂人すぎないか?


「いや、だって。えー……そもそもだ、君はパチをさも高尚な趣味のように思っている節があると思う。それは違うぞ、断じて違う。いいか、あそこで打っている人の多くはな、金儲けが目的だ。その為だったら何だってするハイエナのような本性を曝け出す奴等の溜まり場。それがあそこだ」

「あそこに来ている他の人達がどんな目的を持っているかだなんて僕は知りません、僕はただ、パチが楽しいんです。次の瞬間には当たりが来るかもしれないという緊迫感に僕は魅せられてしまったんです」


 俺に向かってそんな宣言をする少年の姿は、とても眩しいものだった。それが茜色に染まった太陽の光によるモノか、あるいは心根の部分で決定的に負けたと思ったが為に表象化した彼への畏敬のようなモノなのか。

 何にせよ、彼の心意気を超える何かを俺は持っていない。これこそが覆しようのない事実だ。

 羨ましい。玉の軌道に一喜一憂し、数字よ揃えと細かに祈りを繰り返す。慣れ親しむにつれ失っていった寿運審査の象徴をこの少年は存分に謳歌しているのだ。


「そろそろ、僕戻りますね」

「あぁ、わざわざ話してくれてありがとう」


 少年は無言になった俺を見て潮時と思ったのか、駅前の方へと歩いていった。


「……はぁ。さて、やるか」


 俺もやらねばならぬことが、やりたいと思うことができた。生活費など知ったことか。後先考えて人生楽しめるものか

 さぁ行こう、我が楽園へ。


 その日、後に友人達より「金せびりパチンカス」と呼ばれる男が誕生した。

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