爆心地は今日も晴れている

著;うしお



 アルバは眼前に広げられた書類を眺め呟く。


「あー、それで?」


 机上にあるものはどれもこれまでの任務の報告書だった。さっと見えるどの紙にも同じ言葉が綴られていた。

 早く解放して欲しい、と態度で示す彼に直属の上司であるカエサルは鳴き声を上げる。


「それで? ではない。前々から何度言えば君たちは自重という言葉を覚えるのかね? 前もその前も、またその前も……テロリストなのか?」

「そんな訳ないじゃないですか。我々はこの国を守る存在ですよ。それこそテロなんて面倒な事しませんよ。それにそんな事をしたらアリスと暮らせない」

「なら少しは抑えてくれ。君たちが優秀なのはこちらも理解している。もっと効率的に、被害を抑えて任務を果たせるはずだ」

「それなら俺ではなく、あのバカ二人に言ってください。問題行動をしているのはあいつらです」

「だから、その上司である君に話しているのだ」


 にゃーとため息を吐くカエサルに、釣られてアルバもため息を。彼らの班は任務遂行率で言えば、兵団の中でもトップだった。注意数も同様だが。


「それで、そんな事の為だけに呼んだわけではありませんよね?」


 注意を受けるのはこれが初めてではない。となればそれだけの為に改めて呼ばれる事はないとアルバは思っていた。そんな面倒くさい事は目の前の男がするはずもない。


「新しい任務だよ。南方の国境付近で大隊規模の侵攻を確認した。その偵察、可能であれば撃隊しろ」

「了解しました」


 カエサルの眼にはくれぐれも注意するようにという強い意志が込められていた。



 兵団長室を出たアルバはどこに寄ることもなく、彼が持つ隊室へ向かった。中に入ればいきなり叱責が飛んでくる。


「遅いぞアルバ。お前は隊長としての自覚が足らないのか? お前が来るまで誰がこのバカ共の面倒を見ると思っている」

「黙れ馬鹿。俺はカエサルに呼ばれていたのだから遅刻になる訳ないだろうが。変わりにお前が行くか?」

「ふむ……それもありだな。今から団長殿に提案に行ってくる」


 そう言って部屋から出ていこうとするヨゼフの腕をつかみ制止する。


「おい馬鹿止めろ。そんな事をすればアイツの事だ、面白がって了承する可能性がある。もしそんな事になればアリスが悲しむ。だから止めろ」

「その手を放せ。私が隊長になればこの糞のようなダメダメ隊を規律よく、時間を守れる隊にしてみせる!」


 どうにかして行こうと腕を突き上げるヨゼフだが、それも直ぐに辞めざるを得なくなる。


「グアァァァァ! 貴様すぐその手を放せ! 私の手を折る気か!?」


 鬼気迫る表情で叫ぶ彼に驚きアルバは腕を開放する。彼に人の腕を何もなしに潰せるほどの握力などないが、心当たりのある人物に目を向ける。


「ワグナー、何もなしに支援魔法をかけるな。一歩間違えれば本当に折れる。ヨゼフの腕の一本など問題もないが、隊員どうしでのトラブルは色々と面倒だから辞めてくれ」

「でもでも、隊長困ってそうだったし。ほんとに変わったらワグナーも困るし……」

「なら口で言ってくれれば構わない。こいつは馬鹿だが、そこらへんは律儀だからな」

「指を指すんじゃない」


 ヨゼフはアルバの指を掴み折ろうとするが、まだ支援は解けておらず微塵も動かなかった。そのことに安堵するアルバだが、顔に出さずに続ける。


「ワグナー、リプラは?」

「えとえと、リプラ様ならお買い物に」

「……ああ、そうか。まあいいや。ヨゼフ、席につけ。任務の話をする」


 また噛みつこうとするヨゼフだが、任務の言葉を聞き素直に従う。リプラもアルバに掛けていた魔法を解く。一人足らないが、さして問題もない為会議に移る。


「今から次の任務、『愛しのアリス』作戦について話す。対象は魔王軍。規模は大隊と仮定。場所は南方エキド国境付近。偵察が今回の目的だが、内容によっては撃隊の許可も出ている。魔導兵車でポイントまで移動したのち作戦の開始となる。各自、従来の兵装で問題ないだろう。何かあるか?」


 リプラが手を上げた。


「ワグナー達だけでしょうか?」

「ああ。カエサルからは同任務に向かう他魔導隊は聞いていない。あくまで偵察が任務となっている」

「でもでも、それならミントさん達の隊の方が向いているのでは?」


 アルバが口を開こうとしたところで、ヨゼフが横やりを入れる。


「ワグナー。君は自分たちの任務に対して不満があるのか? 兵団長が私達で問題ないと判断しているのだ。それに従うまでだろう?」

「でもでも……」

「ヨゼフ、ワグナーはまだ新人だ。そこまで兵団の内情を認知しているわけじゃない。ワグナー、確かに偵察であればミントの隊で事足りる。ただ、今回の任務には撃隊も含まれている。偵察程度で見逃せない何かがある可能性が考えられるし、それをあのカエサルが分かっていない筈がない。どうせ自分で既に確認済みだろうな」


 アルバの言い分に納得する部分もあったが、出来ない部分もあった。


「それならワグナー達だけじゃなくて他の隊も向かうべきなんじゃ……」

「リプラがいて、その必要はあると思うか?」


 その言葉に彼女は首を大きく横に振って否定した。彼らの抱えるバカは一人で事足りる。それこそ大隊など敵にもならない。だから、否定したしワグナーは彼女を尊敬している。


「それで、『その見逃せない何か』についてはどう考えている?」


 アルバはそこで黙ってしまう。自分の推測を語るべきか否か今のままでは判断できなかった。


「ヨゼフ、この室内に対する魔法的干渉は?」

「確認できない」

「……なら話すが。俺たちの任務の中では初の南方になるが、他の隊に回った任務も合わせれば、何も珍しい事じゃない。何度か敵魔王軍の侵攻や密偵の可能性などは多くあった。とはいえ、どれもそこまで規模が大きくもなければ、確認出来た魔族もそれほど強力な者たちではなかった。しかし、今回俺たちの隊が南方に派遣される」

「となれば、将クラスか」

「……そういう事だ。自慢ではないがうちにはリプラがいる。これまでの任務も難なく乗り切ってきたが、内容を見れば本来簡単なものではない。加えて、南方での魔王軍の動きに怪しいものも確認できている。様々な物を考慮した結果、その結論に至るのも可笑しくない。カエサルにも注意されたしな」

「ははっ、あの兵団長がか……。今回は骨が折れそうだな」

「そうなる。だから俺は何としても無事に遂行して、アリスに褒めてもらうしかない」

「ああ、それで『愛しのアリス』作戦……」


 ワグナーが引き気味に零す。


「まあ、そういう事で。結構は明後日だ」






 アルバ達第四魔導隊はエキド国境近辺のポイントに向けて車を走らせていた。あまり舗装が進んでいない土地だが、魔導車の緩衝機能によってほとんど揺れを感じない。車内では、すでに別の魔法が使われていた。


「現時点で周囲一キロにわたり魔法的反応は感じない」


 ヨゼフは観測魔法の一つによってそうした結論を出していた。彼は様々な物を観測する事が出来る魔法を会得しているが、一つの魔法につき一つの事象しか観測出来ない。その上、同時行使も出来ず、少々使い勝ってが悪い。それも状況によっては強大な力になるのも事実ではる。彼はこの魔法を気に入っているし、劣等感なども持ち合わせていない。

 魔王軍、つまり魔族は体内に魔力を持つため、魔法的反応(魔力を伴う事象)を探れば見つける事も出来るわけだ。


「取り敢えずこのまま向かう。ヨゼフは引き続き頼む」

「了承した」


 ハンドルを握るアルバは、バックミラーで気まずそうにするワグナーとご機嫌斜めなリプラを見る。


「リプラ、いい加減機嫌を直せ。何も禁止したわけじゃない。許可も無しに行使するなというだけだ。必要に感じれば許可をする」

「……それ絶対しない奴じゃん。怒らないよって言って怒る奴じゃん」

「……はあ」


 口を尖らせる彼女に溜息を吐くしかない。リプラの機嫌が悪くなることは分かってはいたが、このままでは作戦に支障をきたす可能性がある。

 魔法と精神の関係性は長年、研究者の中で議題に上がっているテーマだ。そもそも魔法を行使する為の『力』が何処から来るのか。人族は魔族と違い体内に魔力を持たない。魔力を生成あるいは変換する機能を持った臓器が存在しないからだ。そんな人族が魔法を使えるのは『外部』のモノによると結論付けられている。その外部のモノは『精霊』と呼ばれ、その研究も進められている。

 その中の一つに、精霊によって我々は魔法を行使しているのであれば、個人差があるのは何故か、というものがある。そこで精神の話が関連する。精霊は人の何を見て力の貸しているのか。肉体にそうした差はないとされ、それは実験によって証明もされてもいる。そうとなれば精神に自然と至る。その精神がどう影響するのか。善良な心や悪意に満ちた心、という二つを見たとき(そこに付随する様々な条件にもよるが)、どちらかが必ずしも優れた魔法的能力を有するという結果は出なかった。しかし、多くの検証を重ねる中で分かった事もある。それが、その人物にとってプラス或いはマイナスかによって魔法に影響が出るというものだった。プラスであればより強力に、マイナスであればあるほど弱く脆くなる。

 というわけで、このままではいけないのだ。多少威力が落ちようとも彼女が失敗したり暴走したりする事はない。アルバの懸念が当たらなければ問題なく作戦は遂行できる。ただ、その懸念が現実であった場合は失敗に終わる可能性が生まれる。将クラスの魔族は片手間に相手できる存在ではない。

 それはアルバにも不安を生じさせる。彼の不安にリプラの不満が残り二人にも影響すれば、隊本来の力を発揮できなくなる。違えば死ぬ事も考えられる。ワグナーはまだ新人でリプラも若い。ヨゼフも昔からの仲だ。それに彼には帰らなければいけない。愛しのアリス、最愛の妹が帰りを待っているのだから。

 どうしたものかと考えていると、アルバは視界の前方に何かを見た。彼はそれが何か考えるよりも早く魔法を行使した。

 それに僅かに遅れて、車両に何かが着弾。爆発、爆炎に包まれた。車両の破壊や周囲の状況から考えて、飛来物は彼も良く知るものだった。魔法とカガクの入り交じる魔導兵器であった。

 今も煙を上げる残骸を、アルバは離れた崖の上から双眼鏡によって見ていた。となりで観測魔法を使うヨゼフに語り掛ける。


「どうやら想定以上の事が起きているらしい。ヨゼフ、敵の位置は?」

「まだ確認できない」

「ワグナー」

「は、はい」


 ワグナーが支援魔法を全力で掛ける。肉体強度向上、精神安定、精霊親和性向上、魔法操作力向上、展開規模追加エトセトラエトセトラ。彼女が使えるありとあらゆる支援魔法が展開される。

 それと同時にアルバも防壁魔法を行使、隊を覆う形で張る。今の状態であれば、戦略級の魔導兵器も防げるだろう。


「アルバ、確認した。ここより十時の方向、約十二キロに敵魔王軍を確認。報告通り大隊規模と思われる」

「周囲に何かあるか」

「……。魔導兵器と思しきものが数機。一台はカノン砲と仮定」

「あー。めんどくさいな……」


 頭を掻きながらアルバは少し考える。二つを天秤にかける。そんな彼に一報が入る。


「アルバ、捕捉された」

「そうか。……リプラ、爆発魔法の使用を許可する。最大火力で行使。ヨゼフ、リプラに観測魔法を共有、照準のかわりを。ワグナー、リプラに支援は可能か?」

「えとえと、全部じゃなければ」

「魔法発動、威力に関するものだけで構わない」

「わかりました」


 支援魔法を発動する中、新たな飛翔物が彼らを襲う。それらはことごとくアルバの展開した障壁によって阻まれる。彼が着弾を見た所、やはり魔導兵器と同様の物が使われていた。


「準備できたけど?」


 リプラがアルバに問い掛ける。その顔には満面の笑みが張り付けられている。対する彼も似たような顔をしていた。


「魔法行使まで、五秒前、三、二、……」


 彼らの目でも確認出来る程の魔力がリプラから生まれる。直後、爆炎が上がり遅れて爆音が鼓膜を揺らす。防壁の外、周囲の木がなぎ倒される程の衝撃破が走った。

 数分間の間は誰も口を開かなかった。全力に近い形で魔法を行使したリプラとワグナーは座り込み、息を整えるのでやっとの状態だ。アルバは報告をどうするか考え、ヨゼフは周囲の観測を続けていた。彼が何も言わないという事は少なくとも周囲に脅威はないだろう。


「ヨゼフ、敵性反応は?」

「確認できない。魔王軍と兵器どちらも完全に消滅。敵がいた地点、周囲数キロにわたり焦土と化している」

「報告ありがとう。リプラ、ワグナー作戦遂行を確認した。これより休息を挟んだ後撤退する」


 はあ、と息を吐く彼にヨゼフが問う。


「撤退というがどうするつもりだ? まさか徒歩などと言うまいな?」

「……」

「何か言え」

「……その可能性はある」

「は?」

「連絡聞機器などまで頭が回らなかった」

「……この阿保が」


 殴りたい気持ちをどうにか抑えるヨゼフ。

 アルバの転移魔法には幾つかの制約が存在する。その内の一つにクールタイムがある。少なくとも十数時間は使えない。それまで待つわけにもいかない。近くの街まで数十キロある。それを徒歩で目指すなどバカのすることだが、彼らはバカだった。


「道中に何かに襲われる心配などないだろうが。それでも限度があるだろう」

「とっさの事だったからなー仕方ない仕方ない。それにあの規模の魔法だ。近くの軍か兵団が来るだろうよ。それまでのんびりしようじゃないか」


 呆れ頭を抱えるヨゼフにアルバは後ろの二人を真似て腰を下ろした。


「ヨゼフも座ったらどうだ? 立っているのは大変じゃないか?」

「そうしよう。……それにしても、どう考える」

「あの事か?」

「ああ」


 あの事とは、魔王軍が魔導兵器を使った事だ。彼らはこれまで魔法しか使わなかった。


「こちらから情報が漏れたか、奪ったもので研究をしたか。はたまたそのまま流用したか」

「情報が漏れた可能性などあってはならん。現在の構図が狂うぞ」

「ああ、だから困るんだ。研究をするにしてもカノン砲まで使用するのは早すぎる。あれも最近できたものだ。流用するにしても無理がある。俺達とあいつらじゃ元が違うからな」


 自身の手を見つめながらアルバは言った。ヨゼフはそれに何も言えなかった。二人は同じ結論に至ってはいるもののソレを口に出すのを止めた。

 空を見上げれば、いつの間にかそこから青色が消えていた。


「あーあ。早くアリスに会いたい」


 その呟きは風に攫われた。

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