天使のメッセージ

維 黎

第1話

「いいんじゃない? やってみたら」

「――何も言ってねぇよ」

「そう? な~んか言いたそうな顔してたからさ」


(お前は神か悪魔か!)


 相談していない答えを返す真琴まことに対して、そっけない口調とは裏腹に内心で驚きまくる誠人まこと

 誠人の思っていることをズバリと言い当てるような言動を真琴は時折するのだ。

 高校がっこうからの帰り道。

 新年度から二人とも高校三年生になる。

 真琴の成績なら推薦をもらえるだろう。本人からも大学へ進学するつもりだと聞いている。

 誠人も面談では進学すると担任には伝えていたし、親にもそう言った。

でも今は進学ではなく別の道を行きたいと思っている。やりたいことがあるから。

 そんな思いがありながら、いざ口には出来ないもどかしさを抱えているときに先ほどの真琴の言葉だった。

 

 二人は、どちらからもまだ告白には至っていないので彼氏彼女の関係ではない。ただまわりはそう思っておらず、誠人も真琴も友達からいつ告白するんだと揶揄という名の質問を最近はよく受ける。いわゆる周囲公認のカップルというやつだ。 

 真琴心おんなごころなんてわかるはずもなく、真琴がどう思っているかはともかくとして誠人は告白するタイミングを計っているのだが、これがまたなかなかに難しい。

『友達以上恋人未満』なんて言葉をドラマや漫画でよく耳にするが、今の誠人と真琴の関係がまさにそれで、告白をすることによって心地よいこの関係が壊れてしまうのが嫌で一歩踏み込めないでいた。

 

「――俺と付き合ってくれッ!」


 喉まで出かかったその言葉を何回飲み込んだだろうか。


「――『21』」

「えっ?」


 真琴の唐突な言葉にドキッとする誠人。


「知ってる? 『21』っていう数字はさ。私たちにちょっとした縁があるんだよ?」

「縁?」

「うん」


 誠人は比喩ではなく首を捻るが、しばらく考えてみても特に『21』という数字にピンと来ない。


「去年、私たち一月ひとつき違いで『ユニバーシティ21トゥエンティワン』で同じマンションに引っ越してきたじゃない?」


 カバンを後ろ手に両手で持ちつつ、お辞儀するように少しかがんで下から覗き込んでくる真琴。


(お前は天使か!)


 あまりの可愛さに心の内では悶絶しているが、度が過ぎて感情表現が追いつかず無表情のままそっけなく答える。


「まぁ、そうだけど」


 春の物件キャンペーンとの謳い文句で広告が入っていたことを誠人は朧気に思い出す。家族会議の中で確か、三か月間賃料が三割引きとかって話があったような。もちろん両親もそれだけで決めたわけではないだろうが。


「だからこうして一緒に登下校するようになったし」


 隣を歩いていた真琴は少し足を速めて前に出ると、くるりと振り向いて後ろ向きに歩く。

 同じマンションに引っ越してきたと知ったときには、誠人は人知れず叫んだものだ。でもそれだけで縁って言われても――


「――今、それだけかって思ったでしょ?」

「――べつに」


 またしても胸の内を読まれてしまい、知らないうちに真琴は読心術でも会得したのか、と思う。

 誠人の憮然とした顔を見てくすり、と笑う真琴。


「ねぇ、私たちが再従兄弟はとこって知ったのも『21』が関係するんだよ?」

「――へ? 何の話?」


 今年の正月、多くの親戚一同が集まる機会があった。両親からはとても大切な集まりだと聞かされていた。

 高級ホテルとはいかなかったが、それなりのホテルで大きな部屋ホールを数時間借り切って親戚一同が集まったのだ。その集まりで誠人と真琴はお互いの姿を見かけて大いに驚いた。

 二年の今は違うクラスだが、一年の時は同じクラスだったので、当然お互いのことは知っていた。最初の会話のきっかけが名前が同じということで、周りを巻き込んで盛り上がったことを誠人は覚えている。

 そのときは――というより、今年の集まりまでお互いが親戚だということは知らなかったのだ。


「お正月の集まりって喧嘩別れしてた私のおばあちゃんと、誠人のおばあちゃんが仲直りしたお祝いだって、あの時お母さんから聞いたの。21年ぶりなんだって」

「マジで!? 知らなかった、俺」


 もしかしたら誠人も両親のどちらかに説明をされたかもしれないが、あの時は一年のころから好きだった女の子が、自分の再従兄弟はとこと知ってパニックに陥っていたのだ。正直、あの日のことはほぼ丸一日覚えていない。

 誠人の祖母と真琴の祖母は姉妹で、21年前にいろいろとあって絶縁状態だったそうだ。そのため従兄弟同士の子供たち――誠人の父や叔父と真琴の母――も幼い頃に一、二度くらいしか会ったことがなく、それ以降は親戚付き合いは一度もなかったのだと、真琴が説明する。


「へぇ。なんか改めて訊くとすげぇ話だよな」

「うん。ちなみに今は世紀だし20年だよ?」


『21』という数字との縁。


「む。そう聞くとそうだとも思えるような、でもなんかこじつけって気もしないでもないような……」


 不動産会社の社名にある数字との縁よりは運命的な感じはしないでもないが、まだ感心するほどの縁でもないとも思う。

 再びくすり、と笑われる誠人。


「まだまだこの程度じゃ縁があるって認めないって感じだね」

「む」

「ほんと誠人ってわかりやすいんだから」

「――言ってろ」

「そういえば誠人。今回の『お題』は何だったの?」


 真琴が再び肩を並べるように隣を歩きながら訊いてくる。


「え? あ、今回のお題は――『21回目』だった……かな」


(偶然――だよな……)


「ほらぁ。やっぱり『21』に縁があるんだって。私たち」

「いや、でも、なぁ。これは俺にだけ縁があるっていうか……」


 誠人が中学の頃から利用している小説投稿サイトでの企画。

 計10回にわたってそれぞれ『お題』が出され、それに沿った内容の作品が公募されている。7回目のお題が『21回目』だった。

 誠人が望む大学進学とは別の進路。

 やりたいこととは、小説を書くこと。

 将来は小説家になりたいと誠人は思っていた。

 投稿サイトで小説を書いていることは真琴も知っているし、今開催されている企画のことも話している。もしかしたら、将来的な思いもそれとなく察しているかもしれない。


「ふ~ん。いくつも書籍化してる投稿サイトが『21回目』ってお題かぁ。ちょっと意味ありげだよね」

「――なんのことだよ?」


 真琴の言っている意味が分からない誠人。


「ちょっと誠人。たとえウズラの卵みたいに小っちゃくても、未来の小説家の卵なんでしょ? 文章で生きていくなら文字や数字にまつわる話なんかも知っておかなくちゃ」

「だからなんのことだよ」

「あのね、『エンジェルナンバー』って訊いたことない?」

「エンジェルナンバー?」


 誠人はますます訳が分からなくなり、思いっきり首を捻る。

 エンジェルナンバー。数秘術の一種。

 買い物をした時のレシートの日付や合計金額、おつりなど。

 ふとしたタイミングで見たときのスマホの時間。

 前を走る車のナンバープレートのナンバー。

 占いのラッキーナンバーといった、日々の日常生活の中で不思議と意識に引っかかるような数字。


 周りには目に見えないだけで天使は常にいて、その天使が数字を介して人間にメッセージを送っている――という思想。【虫の知らせ】や【第六感】のような"気づき"のようなものと言えばわかりやすいだろうか。


「それでね。エンジェルナンバーには花言葉みたいにそれぞれ数字に意味があるの。『21』の意味は――」


 この先物事がうまくいく。

 天使が見守ってくれているので、自分が持っている思いや願いは将来芽吹く種子のようなものである――という天使の啓示アドバイス


「へぇ。そうなのか」

「そうなの。だから将来小説家になりたいと思っている人たちが集う小説投稿サイトが、『21』というエンジェルナンバーをのはもしかしたら応援メッセージなのかもしれないね」


 真琴のその言葉を訊いた瞬間、何かに――それこそ天使に耳元でささやかれたように閃きのような、あるいは啓示のような思いが生まれた。

 そのよくわからない思いに突き動かされて――


(今ここで。このタイミングで言うしかないッ!)


 なぜだか『21』という数字が強く意識される。


「真琴ッ!!」

「わっ! な、なに急に。びっくりするじゃない」


 幾分、目を見開いて驚きの表情いろを浮かべる真琴。

 その表情を見ておもいを読まれる前にと、誠人は覚悟を決める。 


「好きだッ! 俺と付き合ってくれ!!」


※※※


 後々まで二人が知るよしもないことだが、喉まで出かかっていた誠人の真琴への告白はにして出たものだった。

 もう一つ付け加えると。

 二人は21回目の誕生日を迎える年に、名前だけではなく苗字も同じになるのだが、この話は別の機会があればその時に――


                    ――了――



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