状況の分析

「M.A.P.L.E.! シスターちゃんの戦力は?」

〈アカウント『メイルストロム』の『カクヨム』登録作品を分析中……〉

 しかしそうしている間にもメイルストロムさんはどんどん怒気を孕んで宙に浮いていく。飯田さんが焦ったように周囲を見渡す。

「H.O.L.M.E.S.と違ってM.A.P.L.E.じゃ時間がかかる! 誰かシスターちゃんの作品知らないのか!」


 誰も答えない。やがて事態が逼迫していることを察知したある女性アカウントがつぶやく。


「最近入ってきたばかりの子だから、読者も少ないんじゃないかな……」

 すると読者数の少なさに……つまりPVの少なさに……希望を見出したのか、別の男性アカウントが声を張る。

「『☆』も少ないはずだ! 持って一時間半能力が使えるかどうかじゃないか?」


「M.A.P.L.E.! シスターちゃんの『☆』の数は?」

〈ひとつです〉

「ほら!」男性アカウントが喜ぶ。「三十分しか能力を使えない!」


「そりゃめでたいね」

 山羊男が宙に浮かんだままへらへら笑う。そしてくるりと背を向けると、捨て台詞を吐いた。

「お前らはその修道女と遊んでろ」


 余裕の態度だ。やっぱり何かある。僕は本能的にそう察知した。


「待て! どこへ行く!」

 幕画ふぃんさんが黒剣を構えて叫ぶ。しかし山羊男は逃げながら、幕画ふぃんさんのことなど眼中にないかのようにつぶやく。

「お父様に……お父様に……」


「追うぞ!」

 しかし幕画ふぃんさんが叫んだのと同時に、『祈りの間』の床が弾け飛んだ。

 それは巨大な拳を叩き付けたかのような衝撃だった。

 一瞬体が宙に浮く。すぐに地面に叩き付けられた。その場にいた作家全員が床に伏せ、目を上げる。


「おい、M.A.P.L.E.! シスターちゃんは何者だ?」

 飯田さんがよろよろと体勢を立て直しながら叫ぶ。数秒遅れて、M.A.P.L.E.の報告。

〈アカウント『メイルストロム』の登録作品を分析しました〉

「あの能力は何だ? 急にエネルギー波みたいなのが出たぞ!」


 そうこうしている間に宙に浮いたメイルストロムさんが、うなされるように唱えている……。


 ──戒めを祓い我が血を捧げよう。


〈先程の衝撃は『作品』を解き放つ際に放出されるエネルギーであると思われます〉

 M.A.P.L.E.の分析。

「『作品』を解き放つ時のエネルギー? そんなの僕がH.O.L.M.E.S.を呼ぶ時だって発生するエネルギーだぞ?」

「どういうことですか?」

 僕の問いに飯田さんが早口で答える。

「『カクヨム』闘技場では作品の能力を顕在化する時に特殊なコード変換を用いる。その変換の際に僅かにエネルギーが漏れるんだ。それが『作品』を解き放つ時に放出される」

 なるほど。今、『カクヨム』のフィールドは全て闘技場設定だ。作家は能力を使う時にエネルギーを放出しているんだ……それは僅かなもので、今まで感じることはできなかったけれど。


 でもその「僅かな」エネルギーで、あの衝撃。


 浮遊するメイルストロムさんが項垂れたまま唱える。


 ──厄災を以て世界に終わりを与え救いをもたらせ。


「穏やかじゃないぞ……」

 飯田さんがM.A.P.L.E.を纏った左手を振る。

「頑張れM.A.P.L.E.! 作戦を考えるんだ!」

〈算出中……〉


「そんなの待っていられない!」

 MACKさんが叫ぶ。

「山羊男が逃げる! 追わなければ!」

 と、ほぼ同時に少女人形が駆け抜けて山羊男に迫る。瓦礫の山を踏み台に、二本の短剣で山羊男に襲い掛かる。しかし……。

 薄汚い体毛だらけの背中に刃を突き立てた瞬間、山羊男の姿が消えた。

 そしてその、遥か前方に。

 逃走する山羊男……。


「あっちもあっちで何だか厄介そうだな」

 飯田さんが胸ポケットに手を入れる。

「M.A.P.L.E.、P.O.I.R.O.T.と連携しろ。P.O.I.R.O.T.、あの変態くんを分析しろ」

 すっと、風景にアタリをつけるかのように、真っ直ぐペンを構える飯田さん。

 するとペン先からレーザー光が伸びて、逃走中の山羊男の背中を撫でる。


〈分析結果を報告します〉

 M.A.P.L.E.は忙しいのだろう。ペン型人工知能P.O.I.R.O.T.が告げた。

〈当該『エディター』は分身を作れるようです。しかしコアがありません。本体を物理的に叩けばすぐに崩壊します〉

「一撃でも当てればいいんですね……!」

 シルクハットをかぶり直した無頼チャイさんが宙に浮かぶ。

「追いま……」

 と、言いかけた時だった。

 

 浮遊していたメイルストロムさんの手に奇妙な棒が現れた。枝……? いや、あれは波打つ刃先だ。剣だ。かなり長い。

 ……あれで切りかかってくるのか? 

 しかしそんな僕の疑問を馬鹿にするかのように、メイルストロムさんがその剣を逆手に構えた。


 ──炎剣・レーヴァ! 


 絶叫と共に、突き立てられる。

 メイルストロムさんのか弱そうな、細いお腹に。波打つ刃。


 直後に引き抜かれたそれ。纏っていたのは……。


 血じゃない、肉じゃない。

 それは灼熱の劫火。

 放つ明かりは一瞬で『祈りの間』を真っ赤に染めた。むせ返るほどの熱気……! 


「水属性!」

 誰かが叫ぶ。おそらく弱点の水をぶつけて倒そうと考えたのだろう。早撃ち魔術師の誰かが水の奔流をメイルストロムさんに放つ。しかし水流はメイルストロムさんに届くまでもなく蒸発する。一瞬で不利を察知したのだろう。続けざまに氷の塊が放たれる。解けるなら解けたで解けた段階で水になればいいと考えたに違いない。しかしその氷塊ですら笑ってしまうくらいの早さで蒸発する。


 メイルストロムさんが何かを唱えている。

 ……まるで未開の部族の呪詛のような言葉を。


 変化は直後に訪れた。


 メイルストロムさんの真下の床が溶けた。融解した、と言う方が正しいかもしれない。

 眩しいほどの赤に染まった床から、湧きあがるように巨躯が出てくる。上半身だけ。見ようによっては巨人の半身浴だ。

 マグマを人型に落とし込んだような巨人だった。その巨人の上半身がメイルストロムさんを包み、そして骨が通ったかのように体を逸らせた。


〈分析完了いたしました〉

 M.A.P.L.E.が告げる。でも……遅い。


〈アカウント『メイルストロム』さんの登録作品のひとつに『ライブラ』というものがあります〉

「おい、持って回った言い方するな」

 飯田さんがイライラと告げる。

「見りゃ分かるだろ。ピンチなんだ」


〈手短に報告します〉

 M.A.P.L.E.は慎ましく告げる。

〈『ライブラ』は短編集です。連載中です。現時点で六話。登場人物紹介を合わせれば全七編で書かれています〉


「短編集だと?」

 飯田さんが天を仰ぐ。

「最悪だ……」

「どうしたんですか?」

 僕が訊くと、近くにいた結月さんが答えた。

「私が黒狼グレイル白狼レティリエを作品の変更なく使えるのは、『二人が主人公だから』」

 飯田さんが続く。

「そういうことだ。僕も『ホームズ、推理しろ』の主人公が複数の人工知能を使えるからM.A.P.L.E.もP.O.I.R.O.T.も使える。……ところで訊くが、物書きボーイ?」

 短編集って誰が主人公だと思う? 


 僕は「カクヨム」のルールを思い出す。


 ――10PVで「主人公格」の能力の一部が使えます。


 じゃあ、「主人公格」が明確じゃない、あるいは複数いた場合は……? 

 結月さんはダブル主人公……恋愛ものなんだからそれはそうだ……飯田さんは一つの主人公に複数の能力。では、短編集は? 


 と、すぐさま灼熱の巨人と化していたメイルストロムさんの様子が変わった。


 一瞬で劫火が消える。やったか? 誰かがそう口にした。誰も何もしていないのに。


 しかし突如として現れたのは、巨大な鉄屑。


 いや、ロボット……のようなものだった。パーツが細かすぎて目がチカチカする。微細なパーツ、いや微細な金属でできているようだ。

 と、その巨大なロボットが腕を広げた。まるで、千手観音のように。


 ――巨人型番ティタンモデル百腕ヘカトンケイレス型。


 メイルストロムさんの声だ。巨大なロボットの中から聞こえる。

 腕は百本? しかも様々な武器の形をしている。おそらくだが銃器もある。あんなのに一斉に襲い掛かられたら……。

 しかしそんな僕の危惧を、鼻で笑うかのように、巨躯が崩れ落ちる。

 同時にネジが複数外れる。ガタン、ガタン、とパーツが落ちる。

 残ったのは、やはり巨大な鉄屑。


 沈黙。そしてまたも変化が訪れる。


 崩れ落ちた鉄屑が塵のように消え、その後に一人の女性が姿を現した。


「メイルストロムさん……?」

 でもそれは、明らかにメイルストロムさんではなかった。

 シスターの姿をしていない。物静かな、銀髪の女性。肩掛けのような布。目はじっと伏せられている。しかし、ハッキリとこちらを見据えている。


 怖い。

 細身の女性に似合わないほどの……いや、似合わなすぎるほどの威圧感だ。

 逃げたい。逃げ出したい。

 きっと誰もがそう思っただろう。


 ――貴方は願いを言葉にした。


 女性が静かにそう告げる。直後。

 僕を含め多くの作家が一斉に後方に弾き飛ばされた。

 飛び出す直前、M.A.P.L.E.で強化した左手で飯田さんが僕を捕まえてくれる。


「痛いっ」叫ぶ。

「そりゃM.A.P.L.E.は人の腕でジュースが搾れるからな」

「パワードグローブで思いっきり握らないでくださいよ」

 抗議する僕に構わず、飯田さんは前方の銀髪の女性を睨んだ。

「……痛い思いしたから、ああならずに済んだだろ」

 飯田さんが僕たちの後方を見もしないで示しているのはすぐに分かった。僕は振り返る。


「助けてくれぇ」

「怖いいいい」

「嫌だぁぁ」


 発狂したように逃げ惑う、多くの作家たち。

〈心が望んだことを強制的に実現させる能力のようです〉

 M.A.P.L.E.が分析する。


 銀髪の女性が不敵に微笑む。と、次の瞬間、また床が溶けた。まぶしい火炎。雄叫びを上げて、再びマグマの巨人が姿を現す。


「も、もしかして、短編集って……」

 僕の言葉を飯田さんが拾う。

「ああ。そういうことだ」

「複数主人公扱いですか?」

 繰り返される。

「ああ。そういうことだ」

「じゃあ、一度にたくさんの能力が使える……」

 三度。

「ああ。そういうことだ」


 あんなのに三十分も暴れさせたらえらいことだぞ。


 M.A.P.L.E.を構えた飯田さんがそうつぶやいた。 

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