眠れる美女の寝言

ゆーり。

眠れる美女の寝言①




―――・・・今日で一週間か。

―――音夢(ネム)から何も連絡がないということは、そういうことだよな。


貴章(キショウ)は服の襟を直しながら鏡の前で最終チェックをしている。 着飾り過ぎず、雑過ぎず、貴章なりにはこれでいいと思っていた。


―――今日は何を持っていこう?

―――課題と本だけでいいかな。

―――あとは・・・?


部屋の中で視線を彷徨わせるとふと壁にかかっているカレンダーに目が留まった。 先週の日曜以前は音夢との予定が詰まっているというのに、今週はそれが一切ない。 

何もない空白がやたらと寂しく感じさせられる。 もちろんストーカーであるとか別れたとかではなく、現在進行形で貴章と音夢は付き合っている、ことになっている。 

念のためもう一度携帯を確認するが、やはり音夢からの連絡は来ていない。 時刻を見ると午前九時で人の家に出向くには少々早い時間だ。


―――早く行って迷惑じゃないかな?

―――いつでも歓迎するとは、言われているけど。


多少気が引けるも、待つのはもどかしく朝早くに家を出ることにした。 一階へ下りリビングに顔を出す。 洗濯物を干している母と目が合った。


「今日も音夢ちゃんのところへ行くの?」

「あぁ。 今日は一日中、音夢と一緒にいるつもり」


今日のようなことは初めてではない。 母もそれを理解してくれているようだ。


「そう。 お昼はどうする?」

「適当に済ませるからいいよ。 帰りも何時になるのか分からないから」

「音夢ちゃんのお宅に迷惑をかけないようにね」

「分かってる」


迷惑をかけているつもりは毛頭ないが、迷惑はかけられる側基準で考えるべきだと貴章は思う。 自分にとって迷惑ではないことが人にとって迷惑なことなんていくらでもあるものだ。


「あと、音夢ちゃんのお母さんによろしくね。 私の家にもおいでって言っておいて」

「分かった」


それを聞き終えるとドアを閉め玄関へ向かった。


―――音夢の家に行く前に、軽く手土産でも買っておくか。


朝の九時なら開いてる店もチラホラある。 別に結婚の挨拶に行こうというわけではない。 無理のない程度に菓子の詰め合わせを見繕い、その足で音夢の家を目指す。


―――だけどこれも、音夢は食べれないんだよな。


軽く持ち上げてみると、綺麗に包装されたリボンが寂し気に揺れた。 音夢の家へ着きチャイムを鳴らすと中から母親が応対してくれた。


「あら、貴章くん。 いつもありがとうね」

「いえ。 これをどうぞ」


買ってきた手土産を渡す。


「そんな、頻繁にいいのに」

「俺がここにいる間は、色々お世話になっているので」

「本当に丁寧な子ね」

「あと、俺の母さんがよろしくと。 いつでも俺の家に来てください、と言っていました」


その言葉に音夢の母は嬉しそうに笑う。


「行けるようになったら、また四人でご飯にでも行きましょう。 こちらこそいつもありがとうと伝えておいて」

「はい」

「音夢なら部屋にいるわ」

「分かりました。 お邪魔します」


貴章は家の中へと足を踏み入れた。


―――随分と音夢のお母さんと仲よくなったな。

―――元カノの花音(カノン)のお母さんとは、こんなに仲よくはなったりはしなかった。

―――まぁ、この家に頻繁に来るようになったから音夢のお母さんと親しくなっただけだけど。


足音を立てないよう静かに二階の音夢の部屋へと向かう。


「・・・お邪魔します」


静かにドアを開け部屋の中を覗くと音夢はベッドで眠っていた。


「音夢、おはよ。 今日もぐっすりか?」

「・・・」


部屋の中へ入りベッドに近付く。 そして音夢の頭を優しく撫でた。


「何か夢でも見ているのかな。 寝心地は悪くない?」

「・・・」


寝ている音夢が返事をするわけがない。 それでも布団をかけ直しベッドの前に椅子を置いて座ると再度音夢に語りかける。


「そう言えば、今日家を出る前に気付いたんだけどさ。 もうすぐで、俺たちが付き合ってから半年になるんだな」

「・・・」

「その日は一緒に迎えられたらいいんだけど、それまでには起きれそう?」

「・・・」


相変わらず無反応な音夢に思わず視線をそらしてしまう。


―――・・・動揺するなよ、俺。

―――音夢は絶対に起きるんだから。

―――いつかは分からないけど、きっと目を覚ます。


そう自分に言い聞かせた。 だが心とは裏腹に本心が口から出てしまう。


「・・・音夢、いつまで寝ているんだよ。 そろそろ起きろって」

「・・・」

「あと俺はどれだけ待っていればいい? なぁ、教えてくれよ」

「・・・」


音夢の手を強く握ってみる。 手の温もりは生きている証だが、反応はない。 


―――・・・駄目、か。


分かってはいたことだが、実際に触れても駄目と分かると少し落胆してしまう。 そう言えば音夢はくすぐりに弱かったと思ったが、何もせず止めた。 おそらくはそれで反応することはない。 

だがもし音夢が見ている夢が悪夢に変わってしまうなら、そうしたくはなかった。


―――規則正しい寝息が聞こえてくる。

―――それでも音夢は生きていると分かるからまだいい。

―――・・・だけどな、音夢。

―――音夢が眠ってから、もう一週間も経つんだぞ?


「流石に腹が空いているだろ。 何か食べたいものでもあるか? 言ってくれたら買ってくるよ」

「・・・」

「・・・音夢、頼むよ。 そろそろ目を開けてくれ」


音夢は“眠れぬ森の美女症候群”なのだ。



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