はっぴーばーすでー

瀬川

はっぴーばーすでー




 どこからか、私を祝福する歌が聞こえてくる。

 少し調子の外れた、子供か大人か判断出来ない声。

 それは私がいる部屋よりも、ずっと離れたところから歌われているみたいだ。


 私は椅子に座り、目の前にある豪華な食事の数々を見る。

 今日という日のために、少し前から準備をしていたらしいそれは、食欲をそそる香りをさせていて、見た目も美味しそうだった。



 はっぴばーすでーとぅーゆー


 はっぴばーすでーとぅーゆー



 歌は、少しずつ音が大きくなっている。

 たぶん、この部屋に近づいてきているのだろう。いや、絶対にそうだ。

 サプライズだといって、ケーキを作っているのも私は知っていた。

 それぐらい、向こうも今日を楽しみにしていたみたいだ。



 この歌を聞くのも、豪華な食事を食べるのも、ケーキを食べるのも、今日で21回目だ。

 さすがにこれから何をするのかなんて、だいたい予想出来てしまう。


 でも私が微妙な反応をしたら、向こうがしばらく拗ねてしまうのは、前回からよく学んだ。

 サプライズが好きで、人が驚いた顔を見るのが好きなせいで、扱いに困る時がある。

 困るは困るけど、一緒にいるのを止めないのは、大きな恩があるからというのが大きい。


 こうして産まれる前までの私は、本当につまらない人生を送っていた。

 あの人が現れなかったら、つまらない人生で終わっていただろう。


 それを鮮やかな色に染め変えてくれた。

 私を変えた。

 今の私を見て、昔の私も褒めてくれるはずだ。

 こんなにも上手に、生まれ変わることが出来るようになった。



 赤が鮮やかな部屋の中、装飾品はロウソクの明かりで怪しく揺らめく。

 こんな豪華な部屋で祝えるのは、彼のおかげでもあり、私が成長した証だ。

 それがとても誇らしくて、つい口元が緩んでしまう。



 手のひらを見た。

 昔と比べて大きくなった手は、傷だらけになってしまったけど、私は今の方が好きである。

 この手で、何度も自分を変えてきた。


 その感触、音、匂いを思い出すたび、言い表せないぐらいの高揚感が私を包み込む。



 はっぴばーすでーとぅーゆー


 はっぴばーすでーとぅーゆー



 前から思っていたけど、あの人は微妙に歌詞を間違えて覚えている。

 それとも早い段階で歌っているから、尺合わせしているのかもしれない。

 いつまで経っても変わらない歌声は、どんどん部屋に近づいてきていた。


 さて、自分で言うのもなんだけど、今日は今までで一番頑張った。

 あんなにたくさんするのは、初めてだった。

 基本的に手を貸してくれないせいで、予定外の人も相手にすることになった。

 それでも完璧に終わらせられたから、向こうのテンションも高いのだろう。



 はっぴばーすでーでぃあ……



 とうとう扉の前に来た歌声は、そこまで歌うと一旦止まる。

 最初は何かあったのかと心配になったが、これは焦らしているらしい。

 本当に面倒くさい性格をしている。


 ゆっくりと扉が開く。

 廊下から差し込む光が、私以外の人の姿も照らす。

 焦点の合わない目は、私じゃなくどこか遠くを見ていた。

 それでも、私を祝福しているように感じる。



「おめでとう」



 入ってきたその手には、やはりケーキがある。

 私はまるで初めて見たかのように、驚いた顔を作った。





 今日、私は産まれた。

 そして、そう遠くないうちにまた産まれる。

 これは死ぬまできっと、終わることは無い。




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はっぴーばーすでー 瀬川 @segawa08

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