21通目のファンレター

卯野ましろ

21通目のファンレター

 おれは漫画家・はじめ線太郎せんたろう。本名は、はじめ線太郎。幼い頃からの夢が叶ったおれは、ありがたいことに仕事に恵まれている。今、とあるWEB漫画サイトで連載作品を描かせていただいている。

 初めての連載が短期で終了した後、次の連載が月1回のペースで開始した。


「前作は隔週だったのになぁ……」


 ガッカリしながらの、幸先が悪いスタートとなった。

 しかし予想外の展開。やがて連載形式は隔週から毎週へと異常な早さで変更。もちろんページ数も増えた。お色気作品を描いたつもりが、たくさんの読者からキャラクターを愛され、ラブコメを見出だされたことが原因だ。


「えっ、嘘だろ? 全く期待されていなかったのに!」


 前作でストーリーよりもエロさを重視してしまったことを反省し、今作品は物語やキャラの設定をしっかりと考えた。その結果、お色気コメディからラブコメへと早い段階で変更。多くの読者を獲得したのだった。


「おれ、ラブコメの才能があったんだ……」


 思わぬ長所の発見に、おれは驚きと喜びで泣いたことを忘れない。しばらくエッチな絵ばかり求められていたので、やっと新境地を開けたことが嬉しかった。また、単行本は全て重版出来となり、単行本も5巻連続で(紙書籍も電子書籍も)続刊している。漫画家として食べていけるようになり、おれは専業漫画家となった。

仕事は順調で、おれは感謝の気持ちでいっぱいだ。

 だけど……。


「はぁ~っ……」


 最近、ため息が多い。

 理由は忙しさと孤独だ。

 やはり週1連載は忙しい。おれは毎日のように漫画を描いている。それに家にいることが多いので人と会うことも少ない。一応友達はいるが、おれがハブられているだけ……ということはないだろう。おれの漫画を読んでくれているのが証拠だ。

 しかし、そんなおれにも癒しはある。


「おぉ……! また送ってくれたのか!」


 それはファンレターだ。特に、こし恋子れんこさんからの手紙は特別だった。

 越さんは連載開始直後、一番早くファンレターを送ってくれた読者だ。おれの漫画は比較的男性向けだと思われるので、まさかの女性ファンの存在にはビックリした。また、おれが作品の方向性を見直したのは、彼女の感想がきっかけだった。


「彼らのこれからが楽しみです! 二人のラブコメに、期待させていただいてもOKでしょうか……?」


 おれがラブコメ……!

 越さんのメッセージが背中を押してくれた。おれが新しい可能性を見つけられたのは、越さんのおかげだった。

 それからも越さんは、おれに何回も何回もファンレターを書いてくれた。


「21通目か……」


 そして今日で、おれが越さんからのファンレターを受け取るのは21回目。


「すごい……」


 今回も温かい言葉が溢れていた。

 いつもいつも、おれのために……。

 それなのに……おれ、一度も返事を書いていない。

 優しい人だよな本当に……。

 ああ、会いたい。

 越さんに会ってみたい。


「……」




 おれは今、電車の中で後悔している。

 どうしよう。

 これって卑怯だよな……?




 おれは数週間前、越さんにファンレターの返事を書いた。越さんに感謝の気持ちを綴り、お気に入りのキャラクターを描き、そして何と!


「今度、越さんが住んでいるところに用があるので会いませんか?」


 淋しさに負けて、こんな追伸を書いてしまった。連絡先メールアドレスまで付けてしまい、おれは何てことをしたんだろう……と恥ずかしくなったのはポストから手を離した直後だった。

 しかし、返事を送った数日後。


「はじめ先生、こんにちは。この度はステキなお手紙をありがとうございました!」


 越さんから、お礼の言葉をいただいた。しかもメールによる返事だった。さらに、


「私も先生に会いたいです!」


 まさかの面会OKまでされてしまった。

 やったー!

 嫌われていないし、喜んでもらえたし、越さんに会えるぜ!

 おれは大喜びして、すぐに越さんに連絡した。会う日や時間など、色々なことを越さんと決めた。

 そして本日、いよいよ越さんと会うことになったのだが……。


「はあ……」


 目的地が近くなっていくにつれて、おれは罪悪感が増した。

 越さんとの待ち合わせ場所は、越さんの家の最寄り駅だ。駅ビル内のコーヒーショップでお茶をすることになった。上手くいき過ぎだろうが、もう嬉しいというより怖い。

 おれ、やっぱり汚い奴だよな……。

 越さんの住所を知っているし、越さんがファンであるのを利用しているし、ひどい漫画家確定だ。

 もしかしたら、犯罪者扱いされるかもしれない……。


「まもなく……」


 電車内のアナウンスでハッとし、おれは重い腰を上げてドアに向かった。




「今、駅に到着しました!」


 越さんに連絡を済ませ、待ち合わせ場所へと進む。すると、


「おっ」


 コーヒーショップの前で、スマホを見ている女の子を発見した。

 あの子か……よし。


「あ、すみません!」

「は、はい!」


 おれに話しかけられた女の子は、慌ててこっちを向いてくれた。

 やっべ、かわいい!


「あの、越さんですか?」

「あ、はいっ! はじめ先生ですよね!」

「はい、そうです!」

「わあっ……初めまして!」


 こうして、おれは越さんと会えた。本当に会ってくれて、こんなかわいい子がおれを相手にしてくれて感動した。

 でも、やっぱり……。



「今日は会ってくれて、本当にありがとうございます。そして、ごめんなさい」


 店内に入り、おれは着席してからすぐに頭を下げた。そんなおれを見て、越さんは驚いているようだ。


「えっ、どうして?」

「僕は卑怯です。越さんの住所を知っていることや、越さんが僕のファンでいてくださることを利用してしまったからです。仕事がつらかったからって、淋しかったからって……これは漫画家として最低な行為です」

「そんな……! 頭を上げてください、先生!」


 越さんは気遣ってくれたが、それでも顔を向けられない。


「私、本当に嬉しかったんですよ?」

「え……?」


 しかし越さんの優しい声で、パッと顔を上げてしまった。果たして、おれは軽いのかチョロいのか。どっちにしろ、浅はかな野郎に変わりはないが。


「憧れの先生にお会いできて、すごく嬉しいです。それに先生がお元気で安心しました! 最近、先生のSNSの更新も少なくなっていましたし……もしかして忙しくて大変なのでは、と少し心配でした」


 越さんはファンレターを読んで感じたように、やはり優しい女の子だった。


「それでも、お忙しいのに『お手紙ありがとうございます』って、SNSでファンレターが届いたことをお知らせしていただけて……こちらこそありがとうございます!」

「越さん……」

「あと、私も実は……先生と同じ気持ちでした」

「えっ?」


 それって、どういうこと……?


「私、ずるいかもって感じていました。私以外にも読者さんがいらっしゃるのに、私だけ先生と会うって……」

「いや、それは越さんが悪いんじゃなくて僕が……」

「だけど……そんな風に思うの、やめます。私は運が良かったって素直に思います。今、先生にお会いできたことが嬉しいので!」


 越さんの声は明るかった。おれに見せてくれた笑顔も輝いていた。


「……ありがとうございます……」

「せ、先生!」


 おれは人目を気にせず、つい涙を流してしまった。




「今度は、最初から楽しい気持ちでお会いできたら良いですね」


 別れ際に、また越さんは優しい言葉をくれた。そして、次があるということに喜んだ。

 ありがとう。

 本当にありがとう。

 家に帰ったら仕事が待っているが、今のおれは元気に頑張れる。




「はじめ先生、こんにちは!」


 夢のような初対面を果たしても、まだ彼女はファンレターを送ってくれる。出だしを見て、つい笑ってしまった。


「ちょっと! 私がいるときに読まないで!」

「ごめん恋子ちゃん。でも昨日届いたばかりだから、手放せないよ」


 彼女の中では、恋人と読者の線引きは続いている。おれは初のヒット作が連載を終了した今でも、ありがたいことに忙しい。しかし、もう孤独に苦しめられてはいない。

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